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夜明け(モーゲン)の祭り10


 空のポーション瓶が手の中で解けるようにして消えた。

私は錫杖を持たぬ左手で腰につけたポーチの中を確認する。平たい瓶があと一つ、丸い瓶があと二つ。

平たい方が体力回復のポーションで、丸い方が魔力回復だ。

受け取った時にはあの場で飲めと渡されたのも含めて丸い瓶は十本あった。それをこの短時間に殆ど消費してしまっている。ポーション瓶は空になると消えるよう作られているので使ってなくなった分、ポーチに隙間が出来ている。

神樹から吸われてしまう魔力がなくなってはいても、これだけバンバン魔法を使い続けていたらあっという間に魔力は枯渇する。持続的にこの場にいる全員に暗視能力を付加しているのも大きい。わずかずつだが自分の中の魔力がずっと彼らに流れていっている。

 一本飲めば全快するかというとそんなことはなく、しかも短時間に重ね飲めば飲むだけ効果も減っていく。減っていくと分かっていても飲まざるを得ない。

ポーションはもう残り少ないのに、襲い掛かってくる葉は減る様子がない。

近くで同じように支援を行っているエルノもとても辛そうだ。エルノだけじゃない、攻撃を担っているシェリーやロドヴィックも、さっきからポーションを何度も呷っている。


 他の場所の戦況はここからでは分からない。

元々ここは湖の底。すり鉢状の一番深いところだ。浅めのすり鉢型とは言え、それでも一番深い中心のここは教会の尖塔の高さと同じぐらいには高低差がある。

湖は村のほぼ真東にあるから、見上げるほどのこの神樹の影は、きっと村の大半を覆ってしまっているに違いない。おそらく村の広場にいる者たちもここと似たような暗さの中での戦闘を強いられているはずだ。

 一方、村から王都への街道や湖の南や東付近に配置された人たちは、そろそろ日の出はまだでも夜明けの明るく白んだ中での戦闘になっているはずだ。真っ暗闇のここに比べれば精神的にもずっと楽だろう。しかし、あちらから知らせになるような何かは今のところない。援軍も来ていない。それを思うと今もまだ戦闘は続いていることは間違いなさそうだ。


「……矢がそろそろなくなる」


 ぼそりとイーブンが言うのが聞こえた。

いつもより相当多く矢を持ち込んでいると話していた彼だ。それをほとんど打ち尽くしてしまったらしい。明るければ使った矢を回収してまた使うなども出来たのかもしれないが、この暗さで矢の回収は難しい。矢は戦うほど減る一方だ。

 前衛たちは前衛たちで相当苦しそうだ。

イリアスが肩で息をしているのを初めて見た。ずっと四方八方から襲ってくる敵と戦い続けているのだ。力がない分攻撃回数を増やし、防御力がない分を機動性でカバーしている彼女が一番多く動いている。

同じような戦い方でも男性な分だけ少し余裕があるオーガスタは、ずっとなんとかしてリドルフィの負担を減らし、彼が本来の役割が出来るよう足掻いているが、それも敵の数が多過ぎてあまり効果が出ていない。

リドルフィは、その手にある聖斧に反応しているのか、敵に常に囲まれている。ぶん、と、大きく戦斧を振るうたびに何枚もの葉を蹴散らし霧散させているが、それでも群がられる量が多い。

一方、リドルフィが自由に動けない分、カイルは前衛としては一番広い範囲を担当し、後衛たちを守るために剣を振るい続けている。遊撃的に動いているミリエルは、その性質からか動きに疲れは見えないが、全体的に少し小さくなったように感じるのは気のせいだろうか。

このままだと、圧し負ける。多分、この場にいる全員がそう感じていた。


「……なんか、聞こえる」


 体力回復のポーションを飲みに、一度こちらに戻ってきたイリアスが呟いた。


「なんか?」


 私はイリアスの腕に触れ、呪文を唱える。大きな傷こそないが、あちこち引っ掛かれたり噛み付かれたりで傷だらけだ。その傷を少しでも癒しておく。その間に彼女は自分のポーチから体力回復のポーションを出して呷る。音を聞こうとしているのか、長い耳が小さく揺れた。


「……グレンダ、見て。……一度、私とあなたの暗視解いて!」

「え……」

「良いから、早くっ!」


 イリアスは見ろと言ってから、支援魔法が掛かっている今の状態では見えないと思ったらしく言い直した。

意図が分からない私は思わず問い返す。今の状態で暗視を解いたら下手すると致命的なミスに繋がる。だが、イリアスの様子に即座に頷く。

目を閉じ口の中で呪文を唱え、二人分の支援魔法を解く。十人居るうちの二人分。それだけでも継続的な魔法消費が減り、少しだけ楽になった気がする。つい、ふぅと息を吐く。


「見て」


 言われて瞼を上げ……。私は見えた光景を確かめるように、何度も瞬いた。

慌てて振り返る。


「イリー、これ……」

「うん、援軍、だよ」


 村の方から、たくさんの、本当にたくさんの小さな光が飛んできていた。

一つ一つは蛍のようにか細く弱い、本当に小さな光だ。

私が皆に施していた暗視能力の魔法は、真っ暗闇でも自分の目に不可視の光源を置くことで無理矢理見えるようにするものだ。

当然通常明るいところで見えるのとは同じにならないし、逆に見づらくなってしまうものもある。その見えづらくなるものの一つが、今まさに魔法を解除して初めて認識できた淡い光。暗視状態では薄く靄があるようなないような、そんな風にしか認識で来てなかったのだ。


「暗視を解除するよ! 準備できた人から、言って!」


 完全な闇ではなくなったとは言え、急に視界が切り替わったら事故が起きかねない。


「いける!」

「お願いします!」


 即座に反応したのは後衛陣で。聞こえた声の順に一人ずつ解除していく。

解除されたことで周りの様子に気が付いた何人かから、感嘆の声が零れた。

最後まで反応できなかったリドルフィのところには、イリアスとミリアム、オーガスタが三人がかりでフォローに周りなんとか全員分の支援魔法を解除することが出来た。十人分の継続消費がなくなったおかげで魔力にかなり余裕が生まれた私は、思わず、ふぅぅと大きく息を吐く。

 改めて辺りを見渡す。

淡く柔らかな光が私たちの周りをふわふわと頼りなさげに飛んでいる。いくつか、光属性の魔法らしい少しだけ強めの光も混ざっている。幻想的ともいえる景色がそこに広がっていた。

星送りの時にやったことを参考にしたのだろう、明確にどこへいつまでと指定しきれていない明かりの魔法は不安定で、ふっと気まぐれに消えてしまう。でも、一つ二つ減ったぐらいでは全く問題にならないほどに数が多い。どんどん村の方から飛んでくる。


「……鐘の音だ」

「あぁ」


 先ほどまで余裕が無さ過ぎて気づけなかった音。

ぽそりと零れた私の呟きを、リドルフィが拾った。


「早く終わらせて帰らないとな」


 周りに散らばって戦い続けている仲間たちから、頷きや賛同の声が返ってきた。


「リド、いける?」

「あぁ、いつでも」


 明かりの中でも相変わらず敵に群がれ、戦い続けながら、こちらに向けた背が力強く頷くのを見て、私も頷く。


「……ロド! 出せるだけでいいの、鏡を出して、私に。あの時のように!」

「わかりました。師匠より多く出してみせましょう!」

「ケレス爺が嫉妬しそうね」

「きっと今頃、空の上で地団駄踏んでいますね」


 イリアスが笑っている。

イリアスはあの頃、何かとケレスティヌスと一緒にいることが多かったものね。


「俺らは時間稼ぎだな」

「少しは矢も回収できたから任せとけ」


 オーガスタが敵を倒すついでにいくつか拾ってきたらしい。イーブンの近くにバラバラっと数本落とし、また走って行く。その勢いのまま数枚の葉を切り裂き、そこにシェリーが魔法を打ち込んで無力化した。


「援護します!」


 凛とした声が言う。シェリーだってかなりきついはずだ。それでも微笑むのが見えた。


「カイル!」


 私はポーチから最後の体力回復ポーションをカイルに投げた。ぱしっと良い音をさせて受け取るとカイルは一瞬だけだけどいい笑顔で、受け取った瓶を掲げて見せた。


「ミリー!」


 呼べば一番遠くで戦っていた精霊がこちらを向く。「こっちに来て」と手招きすれば風のような速度で走ってきた。イリアスと同じか、下手するとそれより早いかもしれない。

私の前でぴたりと止まると、何?という風に首を傾げる。

その華奢で繊細な体を私はふわりと抱きしめた。やはり戦い始めた時に比べかなり小さくなっている。私より若干背が高いぐらいだったのに、今は肩ほどまでしかない。


「たくさん頑張ってくれてありがとう。もうすぐ終わらせるからね。だから、絶対に消えてしまってはダメだよ。ミリも一緒じゃないとうちの子たちが悲しむからね」


 大人しく私に抱かれていたミリエルは最後まで聞いてから、こくりと頷いた。どことなくエマに似た仕草にやっぱりこの子にも帽子を作って良かった、なんてこんな時なのに私は思う。

激しい戦闘を繰り返しているはずなのに、あげた帽子は今もミリエルの頭の上にちょこんと乗っている。

その体を離して、そうっと背を押せば、精霊はまた最前線へ走って行く。


 私は残っていた魔力回復ポーションを二瓶ともポーチから出し、呷った。

手の中で消えていくポーション瓶に一度視線をやってから、神樹の幹を真直ぐ見据える。


「ロド、いける?」

「えぇ、いつでも」


 反射鏡の邪魔にならないように気にしてのことだろう、私の周りには空間が出来ていた。

皆が、私に場所を確保した状態で戦っている。

辺りには村から飛んできたたくさんの明かりが漂っている。

力強く、教会の鐘の音が鳴り響いている。

……村の教会以外の、どこか、もっと遠いところからも、似た音が聞こえた気がした。


「……そろそろ、あの子たちのところへ帰らないと、ねぇ」


 私は一度大きく息を吸いこむ。

しっかりと足で大地を感じながら立ち、神樹と対峙する。

帰るのだ、あの私たちの場所に。


 しゃん!


 錫杖が、鳴った。



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