夜明け(モーゲン)の祭り9
今回の戦場で最も東側。
湖の森側を請け負った冒険者の一人が、ふと振り返った。
「……もうすぐ夜明けがくる」
戦いの音が響く中、呟く。
その言葉を聞いた何人かの頬に、僅かに笑みが浮かぶ。
山の端から零れ始めた朝の気配は、この場で戦う者たちに勇気をくれた。
でも、おそらくは、この光はあの湖の向こうにまだ届いていない。
湖のこちら側にいる自分たちや魔導士たち、騎士たちはともかく、大きく空を覆う神樹に遮られ、村の辺りはまだ真っ暗なままだろう。
「この光が、あちらに届けば……」
祈るような声は、戦いの音に紛れた。
◆◇◆◇◆
湖の岸辺。
もっとも広くひらけた場所では、王宮魔導士たちが呪文を唱えていた。
炎や氷、雷といった魔法が向かう先は、暗く影になった湖。
そこから這い出るようにして辺りへと散っていこうとする、見たこともない魔物たち。
それを、魔導士たちの容赦ない魔法が散らしていた。
「……ここで、こんなじゃ、中央は……」
一人の魔導士が肩で息をし、腰のポーチに手をやる。支給された魔力回復ポーションを煽った。
視線の先は、闇。
幸いにして神樹の陰に入らなかったここは視界を確保できているが、あの影の中で戦っている者たちがいるのだと思うと、ぞっとする。自分がそこに配置されなくてよかったと切に思った。
「誰だよ、魔法打ち放題の祭りだとか言ったバカは!」
近くにいた若い魔導士が文句を言った。
その言葉に、ポーションを飲み終わった中年の魔導士はため息をつく。
「文句言っていないで、一匹でも多く倒せ! 絶対撃ち漏らすなよ! あんなのが王都にいったらひどいことになる……!」
「分かってますっ! 分かってるけど多過ぎだろっ まったく、どれだけいるんだ……っ!」
その攻撃の特性を活かして、最も広い範囲を受け持つことになった魔導士たちは、補給として配られたポーションを片手に戦い続ける。
◆◇◆◇◆
広場で戦っていたジョイスは、ふと、違和感を覚えて教会の方を見た。
背中合わせで互いに守り合っていたリリスが、一瞬動きを止めたジョイスに振り返る。
「何?」
戦闘中なのでどうしても鋭く短い言葉になる。それでもこちらを案じる言葉なのだと分かるのは、出会ってから今まで何度も命を預け合ってきたからだ。
「教会の人たちが何かやってる」
「何かって、何?」
返事をしながらジョイスはまた矢をつがえる。
自分たちが戦っている、このよく分からない魔物は獣由来の魔物と違い物理攻撃だけでは倒しきれない。属性魔法の一つでも使えれば良かったのだが、残念ながらジョイスが受けた祝福は身体強化系だ。地面に縫い留めるようにして魔物を射ち、動きを止め、リリスが風魔法でトドメを刺す間に他の魔物と対峙する。
「わからん!」
辺りは暗い。本当なら湖の向こう辺りからそろそろ明るくなり始める頃合いなのに、湖中央に現れた神樹らしきものの影に村の大半は覆われてしまった。
完全な暗がりでは多少は腕に覚えのある者でもやりづらい。自然、皆それぞれに魔法で明かりを出したり、松明を灯したりしてなんとか光源を確保しながら戦っている。それでも消えてしまうことは度々で、非常にやりづらい。皆、何人か班ごとで戦っているが、敵も味方も全て視覚に頼らず判断しなければならない。今はまだ大きな怪我人も出ていないが、長引けば皆疲弊していく。ミスも増えていく。
せめて明るければもっと戦いやすいのに、と思っているのはジョイスだけではないはずだ。
「ジョイスっ! そっち行ったっ!!」
「うっす!」
少し離れたところから呼ばれて急ぎそちらを向く。何かが走ってくるのが音で分かるがまだ視認はできない。目を凝らすけど相手が黒いので余計に見えないのだ。しかたなくジョイスは弓から短剣に持ち替える。ギリギリまで引き付けてカウンターで対応するしかない。
「リリス離れてて!! ……こっちは見えないのに、あっちは見えるって、本当ずっこいと思うんだよなっ!!」
見えないと分かっていても思わず目を凝らしてしまう。この短い時間で自分がどれだけ視覚に頼っていたかを思い知らされた。なのに、そう自覚しても視認しようとしてしまう。
いっそ遮断しようと目をぎゅっと閉じて耳を澄まし……ふっと、瞼の向こうが明るくなった気がして目を開けた。
間近に迫っていた羊ほどの魔物をジョイスはギリギリで交わしながら、その横腹に短剣を叩きこむ。その瞬間から短剣を持った手にかかった力に、ジョイスは歯を食いしばって耐えた。上手い位置に攻撃が入ったらしく、魔物は走ってきた勢いを殺しきれぬまま切り裂かれて、どうと倒れる。ジョイスはふぅと息を吐く。リリスが間髪入れずに魔法でトドメを刺してくれた。
「リリス、明かり、ありがとう。助かった……!」
「……私じゃないよ」
広場のあちこちにふわふわと漂い始めた小さな明かりに、リリスはふるふると首を振る。
「え……」
いくつもいくつも漂ってくる明かりは、二人にとって見覚えのある光景に似ていた。
次期村長の青年は振り返る。
教会の入り口で何人もの人たちが祈るように手を組み、星送りの時の要領で明かりを飛ばしている。その中に自分の母がいるのを見つけ、ジョイスは再び奥歯を強く噛みしめた。
カーン、カーーン――……。
教会の鐘がゆっくり揺れて、澄んだ音色を響かせ始めた。
「……こんなん、絶対守り切るしかないじゃないかっ」
「うん、そうだね!」
まるでこの場を清めるかのように村全体に、そして、村の向こうまで響き渡る音に、何人もが一瞬教会を見つめ、また戦い始める。
明かりのおかげで敵がどこにどれぐらいいるのかが把握できるようになり、戦況が変わり始めた。
聞き馴染んだ鐘の音は、戦う者たちを支えた。
◆◇◆◇◆
牧場で待機していたノトスは、何度かぱちぱちと目を瞬いた。
「ジークさん、あれ……」
「えぇ、見えています」
丘の中腹にある牧場は、他に比べると見渡しがきく。二人はここから湖の中心でぐいぐいと成長し空を覆って行った神樹の姿を見ていた。
湖全体を覆うような大きな樹が空の一部を隠してしまっている。その陰になった部分は真っ暗に見える。時折戦いの中で使われている魔法だろう閃光や炎の光などが見えるが、それ以外は全く様子が分からない。あの中にいる人たちはさぞかし不安だろう。戦っている人たちは皆、暗闇の中、苦戦を強いられているに違いない。
一方、村外れのここは、湖近くの人たちが何とか食い止めてくれているらしく、ほとんど魔物は来ていない。数体来ても夜目が利く蒼き風が即座に退治してくれる。家畜たちも静かだ。おそらくはこの地に降った光の雨と聖水も守ってくれているのだろう。
「鐘の、音……ですね……」
酪農家の言葉に、司祭が頷く。
先ほどから、聞き慣れた教会の鐘の音が鳴り続けていた。
村の広場の辺りがゆっくり明るくなり始めている。広場だけではない。湖の方も。
淡く儚い光が、一つ一つは頼りなく小さな光が、教会らしき場所からあちこちへと向かって舞い始めている。
「……トゥーレ、きてごらん」
ノトスは、家畜小屋の中で動物たちと一緒にいる少年に声をかける。
少年は獣人騎士の膝に座らせて貰い、家畜たちに囲まれた状態で振り返った。
保護者役をしてくれている獣人騎士を見上げれば、少年が立ち上がる前に騎士は少年を抱き上げて入口の方へと歩いていく。その後をぞろぞろと動物たちがついてくる。
家畜小屋の中を覗いていた酪農家はその様子に苦笑する。昨日一昨日の湖に聖水を飲ませに行く時の行進同様、まるで絵本みたいな光景だ。
「ノトスさん、どうしたの?」
「見てごらん。……みんなが明かりを送っているんだ」
言われて、トゥーレはウルガに抱き上げられた高い位置から村を見下ろし、ノトスが見たものを視界に入れた。
「ほしおくり、みたい……」
「うん」
「……ぼくも、やってもいい?」
少年は周りの大人たちの顔を順に見た。ここに居るにあたって絶対に大人の言うことを聞くと約束をしていたから。
「……やったら、魔物がこっちに来るのが増えるとかあると思いますか?」
「多分、今と変わらないと思います。……もし来ても私たちが対処します」
「俺も、夜目が利く。絶対守るから、やればいい」
ノトスの言葉に、ジークハルトが大丈夫だと頷く。
トゥーレを抱き上げているウルガも請け合った。
近くに戻ってきていた蒼き風も、賛同するようにゆらりと尻尾を揺らした。
「ウルガ、おろして。みんなもやりたいって」
「みんな?」
「うん、みんな」
少年が視線でついてきた家畜たちを示した。馬も牛も羊も、他の動物たちも、鳥たちも、皆、少年の方を見ている。本当に絵本みたいだと酪農家が苦笑する。こんなでは食べるのに潰す時、困ったことになりそうだ。でも、今はそんなことはどうでもいい。
「そうか。そしたら、みんなの分も私たちで明かりを飛ばそう」
「うん!」
少年を動物たち前に下ろした獣人騎士は、牧場付近に配置されている冒険者たちに知らせるために走って行く。
自分たちが守るという風に、動物たちが静かに少年に寄り添った。
司祭は少年に生活魔法ではなく光魔法としての明かりの出し方を教える。その方がより遠くまで飛ばせるだろうから。
ほどなくして、牧場からも淡い光が戦う人たちを応援するように飛び始めた。




