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夜明け(モーゲン)の祭り7


 ざん、と、風を切る音がして、ぼとぼと、と何かが落ちる音が続く。

リドルフィの背中が遠い。

大きな聖斧を、誰よりも前で振るい続けている。

まるで、あの頃のように。

祭壇があった場所よりかなり村側へと下がらされた私たちは、歪な円形に陣を組み、戦い続けていた。

一番幹に近いところに、リドルフィが。

その右には、やや下がった位置でカイルがシェリーに援護されながら、葉を仕留めている。

左ではロドヴィックと組んだオーガスタが風のように走り抜け、襲い掛かる葉たちを散らしていく。


「………光よ、我らを守れ、守護盾っ!!!!」


 私は、守護盾を展開する。

ぱち、と小さな音をして髪のどこかにつけていた結界石がまた一つ弾けた。

ポーションで無理矢理回復させてはいるが、それでも本来の魔力量が戻っているわけではない。

荒くなった息で肩が何度も上下する。前衛たちに守られて直には襲い掛かられない位置にはいるが、それでも消耗は激しい。戦っている全員の様子を把握しようと気を張り詰めているため、魔力の消費もあってどんどん疲弊していく。地に突き立て杖扱いしてる錫杖が無ければ、その場にへたりこんでいたかもしれない。私の負担を肩代わりした髪飾りや耳飾りの結界石は、もうすでにほとんどが砕け散った後だ。


 私が展開した守護盾に激突した神樹の葉を、矢が射抜いた。

しかし射抜かれた葉は地に縫い留められているだけで今も蠢いている。無理やり抜け出して再び襲い掛かってくるのも時間の問題だろう。


「……やりづらいっ! こいつらの急所はどこだっ!」


 イーブンが舌打ちする。普通の獣や獣が魔素に汚染された魔物と違い、葉は形をとっているだけで動物とは全く違う構造になっているようだった。

そもそも生きているかすら怪しい。

聖斧で戦うリドルフィと、聖属性を自分の剣に付与できるカイルはいいが、物理攻撃のみで戦うオーガスタとイーブンは相当きつそうだ。

オーガスタの方はロドヴィックと組むことで、魔導士を守る代わりにトドメを刺してもらっている。しかし、私の横で矢を放ち続けているイーブンは敵の足止めしかできていない。


「イリー、時間稼ぎお願い!」

「わかったっ!」

「イーブン、来てっ!!」


 最前線でリドルフィが大きく聖斧を振るう。

ぶん、と空気を切り裂く音と共に、こちらへと駆け寄ろうとしていた葉がいくつもまとめて叩き落とされた。地に伏せ、そのまま霧散する。

リドルフィは戦斧の長い柄と、大振りな刃の重さを使って回転するようにしながら戦っている。

大剣を使っていた時に似ているが、それ以上に遠心力を使った攻撃が多い。一撃ごとに重めの音が響く。軌跡に光の残滓が残るのは聖斧ならではだろう。

だがしかし、聖斧を持っている彼もまた焦っているはずだ。本来彼がすべきなのは神樹を切り倒すこと。なのに、襲い掛かってくる葉があまりに多くて、その対応をせざるを得ない。


「グレンダ、なんだ!?」

「弓貸して!」


 即座に走ってきたイーブンに言えば、彼は理由も聞かずに私に自分の弓を差し出した。

私は錫杖の上部についている輪の一つを強く引っ張って、無理矢理外した。聖水か聖杯の欠片でも残っていれば良かったのだが、今はこれぐらいしか媒体に出来そうなものが手元にない。

外した輪をイーブンの弓にあてがい、一度、体全体で息を吸い込むと魔力と力をこめて、ぎゅーっと押し付ける。

銀色の輪は光になって実体を失い、弓に吸い込まれて行く。

かなり乱暴なやり方だが、これでイーブンの放つ矢には聖属性が乗るはずだ。


「使ってっ!」

「助かる」


 何の説明もないが、見ただけで察したのだろう。差し出した弓を受け取ったイーブンはすぐにまた戦い始める。彼が弓に矢を番えると、その矢が淡く光を帯びた。試すようにやや離れたところの葉を狙い、撃つ。さきほどまでとは違い、矢が触れた瞬間に神樹の葉は小さな光を散らして霧散した。イーブンが小さく、よし! という風に拳を握ったのが見えた。


「イリー、ありがとっ! 復帰するよ!」

「はいよ」


 エルフ剣士は闇の中、いつものように体重を感じさせない身軽さで走り回り、風魔法を駆使しながら神樹の葉を一つずつ無力化させている。彼女は後衛たちの護衛役だ。陣の中に落ちてきた葉を誰よりも早く見つけ、魔力を込めた細剣で切り刻んでいく。

 そんな彼女の向こう側、見えた炎に私は目を細める。

私と同じサイズに戻っている精霊が、全員の後方を守って、多彩な魔法を使い分けながら舞うように戦っていた。

魔王の一人であるシルバーが、己の魔力と神樹の葉を合わせて作ったミリエルのベースは魔族だ。あの時シルバーが食べた神樹の葉は、魔族では行動を制限される結界内などの聖域でも私の護衛役を務められるよう、魔族の制約を解くために使われている。

魔族はより人型に近く美しいものほど強い傾向がある。シルバーと並んでも見劣りしない容姿をもったミリエルなら……とは思っていたが、案の定、かなりの戦闘能力を持っていたようだ。


「……」


 私たちは、どれぐらいここで戦い続ければいいのだろう。

神樹の葉がなくなるまで?

果たして、なくなる時は来るのだろうか。


 私は頭上を仰ぐ。

自分にも暗視能力を付与はしたが、視力は強化していない。ここから見えるのは、まるで空を覆い隠すかのような神樹の枝ぶり。向こうにあるはずの夜明けの空は何枚にも重なった葉で全く見えない。ここはまるで深夜のような暗さだ。それも分厚く曇り、星も月もない、そんな闇夜、だ。


 遠く、湖畔の騎士団や冒険者が配置されていた場所と思われる辺りでも、時々魔法による閃光や炎らしきものが瞬くように現れては消えている。

村の方も広場よりこちら側……教会と湖の間の辺りだろうか、そこでも戦っているらしい光が時折見える。

 気が付けば湖水は遠くまで干上がっていて……おそらく、もう一滴も残っていないのだろう。光源がなくなったことで見渡す限りどこも暗い。

闇は、精神的な焦りや疲労から時間の感覚も狂わせる。

光源を出しても神樹に吸収されてしまうのならと、皆に暗視能力を付与したけれど、もしかしたら失敗だったかもしれない。

そんな風に私は考え始めていた。




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