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夜明け(モーゲン)の祭り6


 立て続けに、いくつものことが起きた。


 聖杯は台座の上で中身をぶちまけて粉々になった。

まるで硝子の器のように破片が飛び散り、消えていく。

聖杯は元々私のもつ魔力で出来ている。そのため、杯の形を保てなくなった時点で安定できずに消えてしまうのだ。残るのは名残のようにほんの僅かの間瞬く、淡い光だけ。


 その残滓のような光が消えるまで見届ける間もなく。

ぶわり、と、突風のような圧が来た。


「光よ! 我らを守れ、守護盾っ!!!!」


 背後からエルノの鋭い声が飛ぶ。

私のギリギリ前方に展開された守護盾のおかげで、圧は多少の緩和はされていたのだろう。だが、全く身構えてなかった上に、この身から神樹を引き剥がしたことで疲弊していた私は、耐えきれずに吹き飛ばされた。


「……グレンダっ!!」


 イリアスが私の名を叫んだ。

成すすべなく吹き飛ばされた私を、イリアスとミリエルが二人がかりで捕まえてくれた。両側から抱きかかえられるようにして私は後方へと下がる。

 二人に保護された状態で地にへたり込んだまま前を見れば、最前列で皆を庇うようにリドルフィが大きな戦斧を構えていた。

いつの間にか他の皆も戦闘陣形を取っている。

リドルフィの斜め後ろに長剣使いのカイルが、その逆側に双剣のオーガスタが、どちらも剣を構えていつでも戦い始められる姿勢で辺りを警戒している。

その少し後方にてイーブンはすでに弓をつがえている。守護盾を展開してくれたエルノはあの美しい石板を片手に抱いて、いつでも次の魔法を使えるように身構えている。

私のすぐ近くで、魔法職の二人もそれぞれに杖を構えて、展開を見守っている。


「……水、が……」


 先ほどまで淡く幻想的に輝いていた湖水が、中央から段々に光を失っていく。

いや、違う。

水が、どんどん減っていっているのだ。まるで中央から干上がっているかのように。

光源を失って私たちの周りはどんどん暗くなっていく。

夜明けに向かい白み始めていたはずの空もまた、なぜか逆に暗くなり始めていた。


「明かりをっ!!!!」


 前方からリドルフィの鋭い声がした。

エルノが、ロドヴィックが、シェリーが、反射的に呪文を唱える。

普段明かりに使うのより大きな光の珠が辺りをしっかりと照らし出す。

……だが、それもほんの一瞬で。

三人が放った、しばらく持続するはずの光源は、台座近くの何かに吸い寄せられて次第に明度を下げ、消えた。


 私は暗くなっていく中、己がやった結果をじっと見つめていた。

台座の上で、『何か』が爆発的な勢いで成長していっている。


 ざわり、と、頭上から音がした。


 私は呼ばれたような気がして、見上げる。


「神樹……」


 そこにあるはずの、夜明け前の空が、なかった。

薄い雲もなく、晴れていたはずなのに瞬いていた星も見えなかった。

あるのは、真っ暗な何かの影。

ゆっくりと視線を地上へと下ろしていく。

ロドヴィックが光源を確保しようと小さな明かりを中央から遠い位置に断続的に出してくれていた。しかし、その全てがそこにある何かに吸い寄せられて次々に消えていく。


 台座のあった場所を丸ごと飲み込み、更にその周りまで大きく根をはい出しているものがあった。

幹は家一軒分ほどにまで至り、その枝ぶりは空を覆い隠すよう。

湖いっぱい分の聖水を飲み干し、辺りの光を吸い寄せながら成長していく、一本の巨大な樹。

神話に謳われるままの姿の神樹が、そこにあった。


 ざわり。


 普通とは違う低く不気味な葉擦れの音に、ぞわり、と背筋が震えた。


「グレンダ、立って!」


 イリアスが私の腕を掴んで引き上げる。ミリエルが最後尾になっている私の後ろへと位置を変えた。

よたよたと立ち上がった私の手に、イリアスが何かを押し付けた。


「飲んで! 今なら大丈夫なはず。……戦うのよ、グレンダ、あなたも!」


 言われて、認識した。渡されたのはポーションの瓶がいくつか入ったポーチだ。

体力回復と、魔力回復の、二種類。

つい先ほどまでの私は、魔力回復のポーションを飲めば一瞬は回復しても、宿していた神樹に吸われる分をその後に回復できずに寿命を縮めてしまう状態だった。

でも、体内から神樹がなくなった今なら、もう魔力が吸われることはない。

以前より回復量が減っていると言っても、以前はそれこそ湯水のレベルで魔力が溢れていたのだ。その頃に比べ減っていると言っても、今でも神樹に吸われる分がなければ十分魔法は使えるはずだ。

私は小さな瓶を開けて、二種類まとめて呷る。

翌日分の魔力や体力を前借させてくれるそれらの液体が、喉を滑り落ちていく。

飲み干して息を吐き出す。なんだか懐かしくすら感じる、満ちた魔力を自分の中に感じた。


「身構えろっ!」


 リドルフィが吠えた。

頭上で、ざわり、ざわりと、不吉な音がした。


「光よ、ここにっ!」


 私は、虚脱感や先ほどの痛みの余韻を無視して詠唱する。両手を合わせ、錫杖を再び具現化させる。


 ぼと、と、何かが上から落ちてきた。

一番近くにいたオーガスタが飛びのいて、それと距離を離す。

慌ててロドヴィックがそちら側に明かりを出す。


「ひっ」


 照らし出されたそれの姿に、シェリーが息を呑んだ。

一抱えほどの大きな葉の形をしている。その表面がざわざわと細い管状の蟲か何かがびっしり張り付いているように蠢いている。

それは見ている間に解け、形を変えていく。グロテスクな表面の形状はそのままに、まるで皮を剥がれた獣のような姿へと変貌し……。


 明かりの魔法を使い続けていたロドヴィック目掛けて、飛び掛かってくる……!!


「ロドっ!!」


 私が叫ぶのと、オーガスタが間に割り込むのが同時だった。

二本の剣を交差させるようにして、魔導士の前で飛び掛かってきたそれを受け止め、斬り捨てる。

ロドヴィックが半拍遅れて息を吐き出し、双剣使いが斬ったそれを見つめる。

動かなくなっているそれを、火球を出して燃やした。


「……」

「魔力……いや、光に寄ってきた……?」

「どうだろう、でも、今はそう見えた」


 ざわり、ざわ、と、頭上の不気味な音は止まらない。

少し離れた位置に、また何かが落ちた。

誰かが息を呑む音がした。

ぼとり、ぼと、ぼと、と、何かが落ちてくる音が次第に早くなっている。


「後衛を囲むように位置取れっ! 来るっ!!!!」


 イリアスが私を守る位置に立った。私は錫杖を構えたまま、じりりとシェリーたちと前衛の間に移動する。


 しゃんっ!


 私は錫杖を鳴らす。


「光よ、我が光よ、仲間たちに光を。闇を見通す内なる光を……!」


 呪文に呼応して、ふわりと私の周りに光が舞い、それが次の瞬間にはこの場にいる全員へと散っていく。

司祭にのみ許された、眩くとも目を射ることのない聖光が周囲に凝り、各自の目元にぶつかった。

私は杖をぎゅっと握った姿勢で何度か呼吸する。自分の魔力を暗視の力に変えて皆へと配ったため、ずるりと減った体内の魔力に眩暈がした。


「ロド、これで明かりは必要なくなるはず、殲滅を」

「分かりました」

「……この子は、またそういう無茶をしてっ!!」

「ポーション全部使えって意味で丸ごと渡したでしょ!」

「それは、そうだけども!」


 ロドヴィックが先に出していた明かりの最後の一つが神樹の幹に吸い込まれて消えるのと同時に、私たちを遠巻きに囲んだ何かが一斉に動き出す……!


 さっき渡されたポーチから魔力回復ポーションの一つを出し、中身を呷る。じわりと己の中で何かが満たされた。この分だと終わったら確実にまた寝込むだろう。リチェにグラタンを作ってやるのが遅れそうだ。


「……それでも、約束は守るからね」


 私は意識して笑みを作る。常に戦場にいたあの頃と同じように。




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