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夜明け(モーゲン)の祭り3


 皆が見守る中、シェリーが暗い湖の水際へと前に出る。

水の祝福を強く受けている彼女が使うのは、氷や水属性の魔法。

昨日久しぶりに会った際に、先のカイルの件で無理させてしまったことを謝れば、その整った顔をふんわりと綻ばせ、逆に良い経験になったとお礼を言われてしまった。自分の限界を試すことが出来た、と。あの後さらに鍛錬と研究を重ね、今まで使えなかった魔法を使えるようになった、なんて嬉しそうに語っていた。華奢で儚げな見かけなのにとてもタフな心の持ち主みたいだ。冒険者ではなく魔法学校の研究員という立場も、その探求心の強さからなのかもしれない。


「水よ

 全てを包み、慈しむ水よ

 魔法使いシェリーが告げる

 このモーゲンを見守り続けた湖の水よ

 聖杯の主のために道を開けなさい!」


 呼びかけ、従える、魔法使い特有の命令口調で紡がれる呪文を、シェリーは謡うように優しく唱える。

ほんの一瞬の沈黙の後。

水面を風が渡る時のものにも聞こえる、ざーーっという音は次第にその強さを増し、水面が粗く波が泡立っていく。

小さく灯された明かりの下、湖の水が不自然に左右へと分かれていく。


 やがて、湖に一本の道が出来上がった。

湖の真ん中、聖杯のある祭壇まで続く細い道。幅としては二人並んで歩けるぐらいか。

振り返ったシェリーが微笑む。


「もう大丈夫ですよ。どうぞ」

「シェリー、ありがとう」


 礼を言った後、私は一度隣にいるリドルフィを見上げる。リドルフィはその視線を受けてゆっくりと頷いた。私はゆっくりとシェリーの隣まで行き、シェリーも頷いてみせるのを確認して、その先へと踏み出す。そこから真直ぐには進まず、壁のようになった左右の水の右側へと近づけば、そうっと手を伸ばした。

私の指先が触れた場所から、聖水が私の存在に反応して淡い光を放ち始める。

その光は次第に湖全体へと水を伝わっていった。夜明け前のまだ薄暗い世界に、ふんわりと淡く柔らかな光が広がっていく。

背後で誰かの小さく息を吐く音がした。私自身も、ほんの僅かの間ではあったけど我を忘れてその様子を見つめていた。それぐらい幻想的な光景だった。


「行こう」


 いつの間にか隣まで来ていたリドルフィが、私の肩に手を置く。

私は彼を見上げて一つ目で頷き、それから後ろを振り返る。こちらを向いていた他の面々にも頷いてみせた。

リドルフィが先頭を行き、その後斜め後ろに私が続く。さらにその後ろを仲間たちがついてくる。


 まだ暗い空の下、淡く明るい通路を一歩ずつ歩いていく。

誰も喋ることもなく、足音と水面を風が撫でていく音だけがする。

湖と言っても大きくはない。ほんの数分でその中央へと辿り着けた。


「……」


 およそ二十年ぶりに見る祭壇は、あの頃見たそのままの姿でそこにあった。

造る時に水底になることが分かっていたので屋根はない。

木漏れ日のような優しい乳白色の石を削り、組み立てて作られた土台の上に、聖杯の大きさに合わせた小さな台があるだけの、小さな祭壇。

シェリーが調整してくれたようで、祭壇の周りに丸く余裕をもって皆で居られるだけの場所が確保されていた。


「これがグレンダさんの、聖杯……」


 エルノが感嘆のため息をついた。

乳白色のその器は、見る角度によって柔らかく光を跳ね返し、薄い翠色にも見えた。

私の持つ錫杖やリドルフィの聖斧と同じ、人では作り得ない精密なレリーフが器の外側に施されている。

内側はつるりとしていて、鏡のように一点の曇りすらない。ゴブレットのように一本足のある器は、その見た目だけでも美術品として価値があるだろう。

遠目には王都大神殿の奥の聖堂にあったものと形は酷似しているが、もっている気配が全く違う。

エルノは大神殿のレプリカを見たことがあるからこそ、この反応なのだろう。


「ここに来るのは作った時以来だな」

「そうね」


 イーブンの呟きにイリアスが頷いた。二人はこの湖を作る時に立ち会った数少ないメンバーだ。


「ケレスも居られたらよかったのにね」

「師匠ならきっと空から見ていますよ」


 そんな言葉を返したのは、老魔導士ケレスティヌスの二つ名を継いだロドヴィックだ。

イリアスが、あー、と声を漏らして苦笑する。


「確かに彼ならそれぐらいやりそうね。鏡を繋いで勝手に見ていそうだわ」

「えぇ、こんな面白そうなのを見物しないとかありえんだろ、とか言ってね」


 ロドヴィックの口調が老魔導士にそっくりで、こんな時なのについ私まで笑ってしまう。緊張感がないと言われそうだけど、多分、イリアスもロドヴィックもわざとそんな話題を出したのだろう。

必要以上に力んでいては成せることも成せなくなってしまう。

村側の湖畔から続く、水の間の道を振り返る。

湖が光ってしまっているため、あちら側の明かりはあまりよく分からない。


「ロド、お願い」

「はい」


 私が言うと王宮魔導士は頷き、短い呪文を唱える。

杖を振り、その先端を空へと向けた。

ひゅるりと強めの光が空へと昇る。その光は、上空でぱぁっと一度明るくなって、消えた。

光弾の余韻が消えた頃、湖の周りから、同じように五つの光が打ち上がった。


「北、村の広場、それに牧場からの光弾を確認」

「東と南も確認できた」


 イーブンが報告し、それにオーガスタが続けた。

リドルフィがゆっくりと頷く。

それを確認して、ロドヴィックがもう一度同じように光弾を空へと打ち上げた。


「……エルノ、皆をお願いね。私はこの後どういう状態になるか分からないから」

「承りました」


 司祭の返事に、「ありがとう」と、私は微笑む。

皆に見守られながら、私は聖杯の前までゆっくりと歩いていく。

なんとなく杖のように地面を付いた錫杖が、一歩ごとに、しゃん、と、鳴った。まるで浄化を行う時のように、その音は私を鼓舞してくれた。

手を伸ばせば聖杯に触れられる位置までくれば私は一度手を合わせて、錫杖をしまい、振り返った。


「みんな、ありがとう。この後のことをお願いします」

「うん、任された」

「はい」

「承知しました」

「了解」


 それぞれにかけてくれた言葉に、私はもう一度ありがとうと礼を言う。

そして視線をずらし、私の一番近くにいる男を見つめた。


「リド、信じてる」

「あぁ」


 いつも通り揺るがない真直ぐな目。その輝きの強さを記憶に焼き付けて。

私は一度目を伏せ……ゆっくりと瞼を上げる。


「では、いきます……っ!」


 私は、皆に背を向けると、聖杯に手を伸ばした――……。




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