表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
236/250

夜明け(モーゲン)の祭り2


 久しぶりに使った神聖魔法に、今の自分の魔力量を思い知らされる。

少しふらついた私を、隣にいたリドルフィがごく自然に支えた。

数歩歩いたところで、無言のまま彼は体を屈め、私の膝裏に片手を差し入れるとまるでリチェにするみたいに軽々と抱き上げる。そうされると、すぐそばに彼が背負った聖斧があった。

大きな斧刃には流麗な紋様が刻み込まれ、刺先も複雑に捻じれた模様の入った流線形をしている。黒銀に輝くその全体が、まるで美しい彫刻品のような戦斧だ。

初めてしっかり見たはずなのに、どこか懐かしいような錯覚を覚える。……私は、ふと呼ばれたような気がして、自分の手にある錫杖に視線を落とした。

錫杖の長い柄や輪のついた先端に刻まれている紋様。それは聖斧に刻まれたものにそっくりだった。


「……対になっている……」

「ん?」


 つい零れた私の呟きをリドルフィが拾う。


「あなたの聖斧と、私の錫杖」

「そうか。……まぁ、そもそも俺とお前が対みたいなものだしなぁ」


 リドルフィは私を運びながら、少し嬉しそうに笑う。

確かにそうかもしれない。私たちは、子どもの頃から相手が横にいるのが当たり前であるかのように育った。相手が共にいるのが前提条件のようにして生きてきた。

そう思うとこの聖斧と錫杖も、揃いであるのが当たり前のような気がした。



 村から湖に向かうのは十名だ。

聖騎士のリドルフィと、聖女の私。

それに、王宮魔導士のロドヴィック、司祭エルノ。

冒険者は弓師イーブン、剣士のカイル、双剣使いのオーガスタ、魔法使いのシェリー。

それに、昨日村に戻ってきたイリアス。

私の肩に乗っているミリエルも含めて、十名。

ここからは見えないが、湖の岸辺の他三カ所に、騎士団や王宮魔導士団、冒険者などがそろそろ待機しているはずだ。


 まだ日は昇っていない。

でも、起きた頃に比べると少し空が白んできた。夜明け前の静けさの中を、私たちは歩いていく。

夜明け前のこの時間帯になったのは神殿からの要請だ。

これから切り倒すのは神樹。王国内での信仰のシンボルともいえる存在。

戦乱期の終わりに、その組織内部の腐敗から一度は解体も視野に入れられた神殿だが、信仰は人の心の支えにもなる。そして、神殿で子どもたちに与えられる祝福は、私たちの生活に密着したものであり、間違いなくこの国に不可欠なものだ。今も人々は戦乱期後に行われた粛清については知らない。神殿は、今なお、神樹を奉り、人々の支えとなっている。

 神話の中にのみ存在したとされている、神樹。

それが具現化し、しかも、人の手により切り倒される。

その光景を一般の民に見せれば間違いなく混乱が起きる。そうなった場合、収拾にあたることになるのは騎士団だが、騎士たちは神樹を具現化した際に出没するだろう魔物も相手にしなければならない。

騎士団長ランドルフや冒険者ギルドマスター、ウォルター、魔導士団長や神殿上層部が長く議論した結果、混乱を最小にとどめるためにこの時間帯を決戦の時と決めたのだと、昨晩イリアスから聞かされた。


 何人かが魔法の小さな明かりを出して道を照らしてくれていた。

広場を横切り、リチェたちが避難する教会の横を通ってその向こう側。

ぽっかりと丸い、名前のない湖。

まずは、その真ん中まで行かなければならない。

私はリドルフィに抱き上げられたまま、なんとなく後ろを振り返る。

 私たちを見送ってくれた人々も動き出している。

子どもたちや村の女性たちの多くは教会へ。

ノトスたちは家畜たちの待つ牧場の方へ。

ジョイスや村でも腕に覚えのある者たち、そして村の防衛を引き受けてくれた冒険者たちは、教会近くや広場に。それぞれに灯した小さな明かりが静かに移動していく。

 先日の光の雨と、私が先ほどしたまじない、それに村中に散りばめられた結界石などが少しでも皆を守ってくれると良いと願う。

あのまじないは本来気休め程度でしかないが、それでも村全体に降り注いだ聖水や結界石の効力を引き上げるぐらいの効果はあるはずだ。


 小石敷きの湖畔へと付けば、リドルフィが私を下ろしてくれた。

冬も間近で、しかも夜明け前だ。空気は冷えている。水面を渡ってきた風に私は小さく体を震わせる。

他のメンバーもそれぞれに立ち止まり、何かを想って湖の方を見ていた。

近づいてくる、すらりとした人影に私は顔を上げる。


「グレンダ、手順は大丈夫だね?」

「えぇ。……イリアス、本当にありがとう」


 イリアスが遠い故郷まで行き、グラーシア王国建国よりも前から生きているエルフの長老から聞いてきてくれたのは、神話の裏付け。

そして、一度身に宿した神樹をもう一度体外へと出す方法。

神話の方はもしかしたら彼女の助けがなくても、その真実にたどり着けたかもしれない。

でも、神樹の戻し方は、間違いなく長老の古い記憶がなければ分からなかっただろう。

エルフの剣士は私の前まで来ると、私を静かに抱きしめた。


「……終わったら、たくさんたくさん話すことがあるからね」

「うん……」

「まだ誰も諦めてないんだから、何があっても、あなたも諦めないのよ?」


 わかった? と言い聞かせる口調に、私は頷く。

その仕草を感じ取ったイリアスは、ぱっと私から体を離した。一度近い距離で目を覗くようにして私を見て、彼女も頷く。


「うん、いい顔。……リド、グレンダは私とこの精霊ちゃんでしっかり守るから安心なさい」

「あぁ、頼りにしている」

「ミリエル、お願いできるかい?」


 私が自分の肩に乗っている小さな精霊の方を向けば、精霊は、分かったという風に頷き、私の肩から飛び降りた。

その場でくるりと踊るように回転して……初めに会った時と同じ、イリアスと似たようなサイズに戻る。そうしてメイド服のスカートを優雅に摘まみ、綺麗なお辞儀をした。

その頭には家族四人とお揃いの帽子がちょこんと乗っていた。


「それぞれの役割は予定通り。……何がどれだけ出てくるかはやってみなければわからん。だが、やり遂げられると信じている」

「……シェリー、ロド、カイル、イーブン、ガス、エルノ、ミリ。そして、イリー。心からの感謝を。付き合ってくれて、本当にありがとう」


 リドルフィの言葉に続き、私は一人ずつ目を見て全員の名を呼び、礼を言う。

それぞれに笑んだり頷いたりして、私に応えてくれた。


「では、聖杯の元へ」


 聖騎士の言葉に、その場の皆が頷いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ