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夜明け(モーゲン)の祭り1


 そうして、その日がきた。

予定していたより早めに目が覚めたのは私だけじゃなかったようで、目を開けたら、向き合って横になっていたエマと目が合った。


「おはよう」

「おはよう」

「おはよう。……リチェ、起きよっか。支度するよ」

「うー……」


 どうやら私の背を抱くようにしていたリドルフィも起きていたらしい、後ろから低い声も返ってきた。

リチェはまだ眠そうで、うにゅうにゅと聞き取れない何かを言っている。けれど、次の瞬間、ぱちりと目を開ければ、勢いよく体を起こした。あまりに唐突だったので、私はぶつかりそうになった。


「おきた! おはよー!!」


 まだ夜明け前で部屋の中は暗いのに元気な声で言う。その様子がおかしくて、私たちは笑い合った。ベッドサイドの小さなベッドに座っていたミリエルが小さく首を傾げて、その様子を見ていた。



 みんなで寝巻のままで昨晩のうちに用意しておいた軽い食事をとった。簡単にパンと温め直したスープを並んで食べた。

そして、それぞれに身支度し始める。


 私が纏うのは法衣。

聖衣の上に聖女にのみ許された意匠のオーバースカートと上着を合わせ、今日はその上に羽織るローブも白だ。聖女として宣誓をした時と同じ。頭には夜空の星を散らしたかのような髪飾り。耳には同じ石でできた小さなピアス。手には華奢なデザインのブレスレッド。アクセサリーの石は全て結界石の一種だ。いざとなったら法具として使える他、僅かな間ではあるが身につけた者のダメージを肩代わりもしてくれる。言ってみれば、とっておき、というやつだ。

これからあの戦いの日々の決着をつける。泣いても笑ってもこれが最後だ。今使わなくてどうする。

私は、持っている法具の全てを身に着けた。

そうして、最後に待っていてくれた精霊のミリエルを肩に乗せた。


 身支度が終わって居間に行けば他の三人もちょうど来たところだった。

リドルフィは、聖騎士の騎士服に見慣れない銀の大きな戦斧を持っている。あれが話していた聖斧なのだろう。

エマとリチェは村の祭りでいつも着る衣装の上に厚手の外套を着ていた。その頭には作ってあげた毛糸の帽子。ちょっとちぐはぐな格好になっているけれど、たくさん考えた結果選んだらしいその恰好が、私は愛おしかった。その上から昨日最後の仕上げをしたお揃いのマフラーをかけてやる。もふもふと温かそうな二人が出来上がって、四人で笑い合う。


「おじちゃんとおばちゃんのぼうしもかして! リチェあずかっててあげる!」

「おう、それいいな! よし、ちょっと待ってろ」


 リドルフィが二階に上がって行って彼と私の分の毛糸の帽子も持ってきた。

それをリチェに渡せば、リチェは大事そうに二つの帽子を抱えた。


「エマは何を持っているの?」

「レシピ書いたノートとか、昨日リンさんたちと焼いたクッキーとか」


 肩掛けのかばんを揺らしてみせながらエマが笑う。ノートを宝物なのだという様子に私はちょっと照れくさい気分になる。クッキーは、リチェや他のちびっ子たちのためなのだろう。「そっか、ありがとう」と言えば、エマもちょっと照れたような顔になっていた。

 こんな時なのにとも思うけど、こんな時だからこそちゃんと目を合わせて小さな会話をした。

もしかしたらもうこれが最後かもしれない。もし、そうだったとしても悔いずに済むように。

この子たちの記憶に残るのが一緒に笑っていた楽しい時間であるように。


「よし、行こうか」


 リドルフィがリチェを抱き上げる。たかいたかい! とリチェが大喜びしている。

歩けるか? と目で問われて私は頷く。エマが私の腕をとった。絡んできた細い腕に、視線をそちらに向ければ、少女がにっこり笑う。

四人で家を出る。まだ辺りは暗い。リドルフィが魔法で小さな明かりを出してくれた。吐く息が白い。よりそうようにして歩く。

 小道を通り、食堂の前に出た。そこで私は一度足を止めた。

二十年過ごした私の大事な家。穏やかな日々をくれた優しくて温かい場所。

今は明かりの消えている食堂をほんの僅かの間だけど見つめ、私は一度、目を伏せる。

そんな私に合わせてくれたエマへ、「待っていてくれてありがとう」と礼をいって広場へと視線を向けた。

広場の真ん中には、リドルフィが出したのと同じような小さな魔法の明かりがいくつも灯っていて、村の皆が集まり始めているのが見て取れた。

私たちに気が付いた何人かが手を振っている。

リチェがリドルフィに抱っこされたまま両手を振っている。……帽子を落とさないかと少し心配になったが、ちゃんとリドルフィが預かってやっていた。


 まだ、夜明けまでしばらく時間がある。

真っ暗な広場に、村の皆や、村に来ていた冒険者たちが集まった。

ダグラスがリストをもって全員きているかのチェックをしていた。……もし間違って寝坊して自宅に残ってしまっている者がいたら大変だからね。

ジョイスがリリスと一緒に、冒険者たちや、村でも戦える元騎士や元冒険者たちの真ん中で最後の配置確認を行っている。

そこに混ざらない位置で、リンが教会に避難する非戦闘員な村人たちをまとめている。

この村で一番初めに育った子どもたち二人が、この場を取り仕切っている姿は見ていて頼もしく、なんだか嬉しくて誇らしかった。

 私たちは、挨拶をしながらリンの方へと歩いていく。エマとリチェは教会に避難だからね。

挨拶を交わすついでに、私の肩を叩いたり手を握ったりして、多くの人たちがまた魔力を少しずつ分けてくれた。司祭たちに至っては、自分たちは魔力回復ポーションを飲むからと言って、大規模戦闘の直前なのに、かなりの量の魔力を私へと流してくれた。

 教会に避難するハンナたちがいるところに来れば、リドルフィがリチェを下ろした。預かっていた毛糸の帽子をリチェに渡すと、リチェはそれをすでに被っている自分の帽子の上から二つとも被った。そのまま、私にぶつかるようにして抱きついてくる。


「おばちゃっ!」

「うん」


 私のお腹の辺りに三枚重ねの帽子で大きくなった頭を、ぐりぐり擦り付ける。私はその小さな体を包むように抱きしめる。


「おわったらね、おばちゃんのごはんたべたい! チーズいっぱーいのったグラタン!」

「うん、わかった。ただ終わったらすごーく疲れてまた寝込んじゃうかもしれない。グラタンはその後でも許してくれるかい?」

「いいよー! そのときはね、リチェ、またおばちゃっにまりょくあげる!」

「ありがとう。頼りにしているよ」


 えへへー、と、リチェが笑う。横で聞いていたエマが「私もグラタン食べたい」なんて、ぽそっと呟いた。私は手招きしてエマもリチェと一緒にぎゅーっと抱きしめた。


 ふと顔を上げたら、周りにも私たちみたいに抱き合ったり声をかけあったりしている家族がいっぱいいた。

宿屋のパウロは、小さなニナを抱いたタニアに背を叩かれている。パウロは元騎士だから冒険者たちに混ざって外で戦うのだ。息子のデュアンがその横で真面目な顔で頷いている。

酪農家のノトスは、しゃがみ込んで子どもたちと話していた。ノトスは本来非戦闘員だが、冒険者の何人かと一緒に家畜たちを守りに行く。ノトスの妻や彼のところに住み込みで働いている人たちがその周りで見守っている。

ハンナが、ジョイスに「絶対帰ってらっしゃい!」なんて言っているのも聞こえた。彼女にしてははっきりと強い口調だった。


 やがて、ゆっくりと人々は二つに分かれ始める。

外で戦う者と、教会の中で待つ者。

はじめからここで戦うつもりで、教会にここまで強固な結界を組み込んであったのだと私は気が付いた。リドルフィたちは、もう二十年も前からこの日のために準備してきていたのだ。

戦うことを前提に、ずっと動いて来ていたのだと、本当に今更、私は気が付いた。


「よし、それじゃあ祭りを始めよう」


 村長のリドルフィがゆっくりと皆の顔を確認するように見渡して、宣言する。


「ジョイス、皆を守れ。ここを任せた」

「うっす。……師匠、御武運を」


 現村長と次期村長が向き合い、互いに頷き合う。

私は娘たち二人からそうっと手を離し、リンたちの方へと押して促した。

エマとリチェは、一度私を見上げて笑む。エマの目がちょっと濡れていた。私も似たような顔をしていたのかもしれない。「待っていてね」と囁けば、二人が頷いた。姉妹二人手を繋いでリンの横へと行けば、リンとハンナが娘たちの肩を抱くようにしてこちらを向き、頷いてくれた。

 私は、一度リドルフィに視線をやる。

しっかり頷いて貰ったのを確認し、両手を合わせた。


「光よ、ここに」


 ゆっくりと両の掌を横にずらせば、鈍く光る銀色の錫杖が私の手に具現した。

その錫杖を真直ぐに持ち直し、とん、と地面を突く。


しゃん。


 澄んだ音が広場に響くのを聞きながら、私は目を閉じる。

右手には錫杖、左手は体の前、手のひらを天へと向けた。

古い言葉による呪文の前の句を、朗々と謡うように唱える。

いつものような略式ではなく、正式な韻をふんで。


「正しき者たちに光の加護を。すべての闘う者たちに、そして私たちの明日に、良き風が吹きますように――……」


 そうして、力ある言葉を口にすれば、天へと向けた手のひらの上に淡い光が生まれた。

ふわり、と、清い風が吹く。

球体の形をとった光は、その風を受けて一気に広がり広場を満たす。

光の雨……聖杯の水に打たれた村の大地がその光に呼応する。

ほんの僅かの間、私の魔法を受けて、ふわっと淡く地面が光った。

この村の、愛すべき仲間たちは、その光景をじっと見守っていてくれた。


 ゆっくりと瞼を上げ、私は言う。


「いってきます」


 たくさんの、いってらっしゃいの声に見送られて、私とリドルフィは歩き出した。



あぁ、とうとうこのシーンを書くのかとひっそり泣きそうになってました。

歳をとると涙腺が弱くなってて良くないですね。


長編で物語のクライマックスを書くのは、吹奏楽部で本番の舞台に乗る時みたいだ、なんてふと思いました。

ここまで積み上げてきた全てをかけて挑む集大成。

チキンで直にビビり散らかしてしまう私ですので、今、結構心臓バクバクです。

ここに至れたことが嬉しくて誇らしくてこの後が楽しみで、でも、なんだか切なくて寂しくて怖くもあって。

本番を迎えるってことは、一生懸命積み上げていく時間の終わりでもあるのですよね。それがたまらなく寂しくもあるのです。

なら、また書けばいいよ!と言う人もいるかもですが……うーん、ここまでの熱量で書けるかなぁ。多分この物語は私にとって唯一無二なんだと思います。


ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。

残り、多分10シーンを切りました。(多分とかついてしまうのはここまできても相変わらず私が行き当たりばったりだからです……)

しっかり走り切るので最後まで見守って頂けたら嬉しいです。

エピローグまでどうぞよろしくお願いいたします。

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