祭り前夜
翌日。私はほとんど眠って過ごした。
食事の時は起きて自分で食堂に行き少し手伝いはしたし、シリルとルカが魔力を分けに来てくれた時は起きていたけれど、それ以外はひたすら魔力と体力の回復に努めた。
そんなに眠っていられるものかとも思ったのだけど、私の体は自覚よりはるかに限界に近かったようでベッドで横になると数分で意識が飛んだ。
眠っていたというより、気絶していたという方が表現として正しいのかもしれない。
神樹は成長をやめても、私の魔力を今なお吸い上げていく。
リドルフィやシエル、ルカ、それに村のみんなが少しずつ分けてくれた分を容赦なく奪っていく。
以前の私なら普段何もせずとも神樹の吸収分も賄い、それ以外にも魔法を使えるほどの回復力があったが、度重なる負荷や疲労の蓄積で今は元の一割も自己回復できなくなってしまっている。
それでも一般的な司祭クラスの回復量はあるらしいのだが、神樹が奪っていく量がそれよりも上回ってしまっている。
リドルフィは、私に、もう一度一緒に戦ってくれるかと訊いた。
多分、私と同じかそれ以上に彼は私の魔力の枯渇についても分かった上で、それでもそう言ったのだ。
なら、私が今すべきは自分でも出来る限り休んで、一回でもいいから魔法を使えるような状態に己を回復することだろう。
もちろんみんながそれぞれに明日に向けて準備をしている大切な時に、自分一人寝ていていいのかという疑問はあったし、罪悪感を覚えもした。でも、今の私が出来るのは回復に努めることだけで、しかも周りもみんな私を休ませようと動いている。……そうしたら、もうこれが今の私の役目なんだと割り切るしかないじゃないか。
そんなわけで、私は一日中眠り続けた。
夕方、リドルフィが夕食のために起こしに来た。
「起きられるか?」訊かれて頷けば、衣服を整える間少し待った後いつものように私を抱き上げる。
歩けると主張しても、自分がこうしたいんだと笑っていた。
ふとその受け答えで、この人も私って存在に理由や救いを求めたりしていたのかもしれない、なんて今更のように気づいた。
人は誰しも一人では生きていけない。どんなに強く見えるこの人も心の拠り所はきっと必要で……リドルフィの場合そのうちの一つは、私を守り抜くという使命だったのかもしれない。
二十年前までの、あの戦いで私たちは本当に多くの仲間と大切なものを失くした。
彼も確かに傷ついていて……。それでも、しゃがみ込む暇すらなく戦い続けた。その拠り所が私だったのだとしたら、その腕に抱かれることを恥ずかしがるよりも、安心する、ありがとうと伝える方が良かったのかもしれない。
「……リド」
「ん?」
……そんな想いでいざ言おうと声をかけたら近い距離で目が合ってしまって……私は思わず怯んだ。
「……なんでもない」
うん、こういうのは色々終わってから言うのがいいね。今、変に気が緩んでも良くない。そう言うことにしておこう。
言いかけたのを止めたのに、彼は何かを察したらしくて、にやにや笑っている。本当、笑うんじゃないよ! ちょっとでもとか思うんじゃなかった。まったく。
……あぁ、でも。
もしかしたら今を逃したら、言えなくなってしまうかもしれないのか。
「……いつも、ありがとう」
彼が扉を開く音に紛れさせるようにぽそりと言ったら聞こえてしまったらしく、彼は立ち止まった。
こちらを向いた彼があまりに柔らかく笑むものだから、私はなんだか居た堪れなくて、ふいと横を向く。
「こちらこそ、ありがとう」
低くどこか甘い声はひどく優しくて……私は切なくなって、その頭にしがみつくようにして白髪が混ざった髪に顔をうずめた。
食堂で席につけば、昨日と同じように村のみんなが集まっていた。誰一人欠けていない。それどころか顔馴染みの冒険者などで何人も増えている。
明日の早朝には大きな戦いが控えているというのに、みんな笑顔で食事前の会話を楽しんでいる。
「よし、みんな揃ったな。では、頂こう」
厨房の三人も出てきて、みんなで食事前の祈りを捧げる。その様子はまるで村を作ったばかりの頃に戻ったようで懐かしくて……私は数度瞬く。どうにも感傷的になってしまっていてよくない。
顔を上げれば、ハンナと目が合った。彼女がいつものふんわりした笑みで頷くから、私はまた居た堪れない気持ちになる。あぁ、そうか、私は彼女たちにも守ってもらっていたんだね。
「……」
「グレンダ?」
隣で食事をしていたリドルフィが、私の様子に気が付いて名を呼んだ。
私はそれに上手く返事が出来ずにふるふると頭を横に振って……うつむいたまま、立ち上がる。椅子で、がたっと思いの外大きな音を立ててしまって、気が付いたら食堂の中が静かになっていた。
みんなこちらを向いているのが顔を上げなくても分かった。
立ち上がってしまったけれど、すぐに言葉が出てこなくて、唇が上手く動かない。
「あ……」
さっきと同じだ。明日を越えた後には言えないかもしれない。私が生き残れたとしても、このうちの何人も失われてしまうのかもしれない。伝えるなら、今、だ。ここで出し惜しみなんてしたら二度と伝えることが出来なくなるかもしれない。
ここに居るみんなは、私のために命懸けで明日に臨もうとしてくれているのに。
「……」
上手く言えない私を誰も急かさなかった。食堂いっぱいの私の大切な人たちは、ただ静かに私が話し始めるのを待っていてくれていた。
「……その……、ありがとう……」
散々待たせたのに絞り出せたのはたったそれだけで。これだけでは意味不明だと思うのに続けられなくて、すとんと落ちるようにして椅子に座る。その座るのすら私が転ばないようにリドルフィがさりげなくフォローしてくれていた。
「……グレンダさん、そういうのは全部終わってからだよ。まだまだ!」
「そうそう! リン良いこと言った」
「全部終わったらご馳走作ってよ。とびっきり美味いやつ!」
「あ、俺、祭りでいつも出てくるキッシュ食いたい!」
「私は料理教えて貰わなきゃ」
「この先もみんな一緒だよ」
「僕は煮込みが食べたいですね!」
リンの言葉をきっかけに、皆あれこれ言い始めた。
「おばちゃっ、ないてる! ……どっかいたーい!?」
横からリチェが私を覗き込んで、ぺたぺたとその小さな手で私の頬に触れた。……って、なんかべたべたしてるよ、この子の手! リチェの向こうの席に座っていたエマが慌てて私に手拭きを差し出してくる。……ってことは見て分かるぐらいソースか何かが私の顔にもついちゃったってことか。
「……ううん、痛くないよ」
これじゃ泣いている暇もないね。エマから手拭きを借りてまず自分の顔を拭き、その後リチェの小さな手も丁寧に拭く。つい苦笑が零れて……ふと顔を上げたら、周りのみんなも笑っていた。
明日の朝は全員揃って早いから夕食の席も早い時間に解散になった。
片付けもみんなでやればあっという間で、「寝坊するなよ!」とか「ちゃんと寝ろよ!」なんて言葉を掛け合いながら解散になった。
リチェが家族全員一緒に寝るんだと言い張って、今夜はリドルフィの寝室で四人まとまって眠ることになった。一番奥がエマ、その隣にリチェ、私、リドルフィ。
ベッドはかなり大きいけれどそれでも流石に四人だと狭いね。寝返り打つのも一苦労な有様なのにリチェは大喜びで、エマもちょっと恥ずかしそうだけど笑顔だった。
リドルフィが面白がって横に伸ばした手に、三人まとめて腕枕された。体格差のおかげでなんとか届いているが、一番端のエマはギリギリで笑いながらリドルフィの手に頭を置いていた。
温かくて少しくすぐったくて、幸せな気分で私たちは眠った。
血液疾患の私は血が薄いことから、抜歯のために入院&輸血を受けたことがあります。
その時貰ったのは血小板。お医者さんが言うには多くなっても自覚症状はないだろうとのことでしたが……輸血を受けてから数日、自分でもびっくりするぐらい元気になって、今なら登山もできそう!なんて気持ちになっていました。
親知らず抜いた直後なのに、ですよ?(苦笑)
その時、しみじみ感じたのは輸血って生きる力を分けて貰ってるんだな、なんてこと。そして献血してくれた方への深い感謝でした。
作中では輸血ではなく、魔力を貰っている感じですが、その時の経験が元になりました。
さて、いよいよです。頑張ります。




