祭りの準備19
昼過ぎにシエルに魔力を分けて貰った後。私は言われて少し横になっているうちに眠ってしまったらしい。
夕方、日が落ちてからエマが夕食に呼びに来てくれるまでぐっすり眠りこけていた。
「グレンダさん、ごはんだよー。起きられる?」
「……あ、あぁ。エマ、おかえり」
「ただいまです」
気のせいかな、エマの声がちょっと固い。寝ていたことでまた心配をさせてしまったのかもしれない。
私はまずはベッドで体を起こして、大丈夫だよと笑ってみせる。でも、エマの表情は緩まない。じーっと私を見ている。その表情は心配しているというよりも、なんだか……。
「……グレンダさん、私ね、怒ってるからね!」
「え?」
「とりあえず、ごはんに行こう。みんな待ってるから。……歩くのが無理そうならリドおじさん呼んでくるよ。グレンダさん、歩ける?」
「あ、あぁ、歩けると思うけれど……」
怒っていると宣言をしながらも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるエマに、私は困惑しながらも手伝ってもらう。ベッド横に揃えてもらった靴を履き、丈の長いカーディガンを寝巻にしてしまっていたワンピースの上に着て、更にその肩にエマがストールを掛けてくれた。
自分の肩にミリエルを座らせて、魔法の明かりを灯させた状態のエマが私の手を取る。
介助がなくても歩けるよと言ったけれど、ダメと言ってしっかり腕を組まれた。
「あぁ、もう真っ暗だね。秋は夜が来るのが早いね」
「うん。……寒くない?」
屋敷から出て食堂までの短い距離。まだそんなに遅い時間でもないのに、見上げれば星が出ていた。吐く息が白く空へのぼっていく。
怒っていると言いながら気遣ってくれるエマに、大丈夫だよ、と笑いかけ裏口から食堂に入ろうとすると、ちょうどいいタイミングに扉が開いた。
「起きられたな。おはよう、グレンダ」
「この場合おはようは変じゃないの? リド」
「細かいことは気にするな」
見計らったようなタイミングで扉を開けてくれたのは言わずと知れた壮年マッチョで。私についていたエマに一つ頷いて見せれば、付き添い役を交代する。エマはリドルフィに私を任せると厨房の方へと入って行った。配膳の手伝いでもあるのかもしれない。
私はリドルフィに促されるままに食堂の方へと行けば、もうかなりの人数が席についていた。
「おばちゃっ、ここ! ここ!」
リチェがいつもと違う場所に座って、隣の席をぺちぺち叩いている。そこに座れってことだね。
カウンター近くだがいつものカウンター前のテーブルではなく、その隣の大テーブルだ。壁が背になるそこに座ろうとしたら、リドルフィがさっと椅子を引いてくれた。
それにしても今日は人が多い。私がゆっくり移動していた間にも広場側の扉から何人か入ってきている。村の集会場も兼ねてそこそこ大きめに作ってある食堂だけど、最近は村人も増えたので手狭になってきている。今日は村に来ている冒険者なども数人混ざっているのでギリギリに近い人数だ。なんとか席は足りていそうだが、ベンチ席などはいつもより密に人が座っている。
普段はこの時間食堂には来ない宿屋のタニアもニナを抱っこして連れてきているし、ノーラはまだ幼い双子をトゥーレと一緒にあやしている。もしかしなくても村の全員が集まってきているのかも。
「リド?」
「ん」
普段の夕食とは違う光景に名を呼べば、私を座らせた横で立ったままでいた村長が軽く唸るだけの返事をした。その視線を追いかければ、正面の入り口近くにジョイスがいて新しく来た人を順々に席に割り振っているのが見えた。やがてジョイスがリドに合図を送る。どうやら全員揃ったということらしい。
「よし。……リン、エマ、アメリアもちょっと良いか」
集まった人たちの雑談などで賑やかだった食堂が、リドルフィの言葉一つで静かになった。
厨房の中にいた三人も返事をして出てくる。
リドルフィは私が座った椅子の背に片手を置いた状態で辺りを見渡した。私はそれをすぐ下から見上げていた。
「みんな、よく集まってくれた。子どもたちも待っていてくれてありがとう。食事の前に少しだけ話をさせてもらう」
けして大きくないのによく通る声だ。全員がリドルフィに注目している。
村の皆も、王都から来ている人たちも。大人も、子どもも。
すぐ横に座っていたリチェが、つんと私の服を引く。そちらを見れば少し不安そうな顔をしていた。大丈夫だよと笑ってみせると、こくりと頷いてリチェはわたしの左手にくっついたまま大人しくしている。
「先に知らせた通り、明後日、この村では祭りを行う。例年の収穫祭ではなくこの村の存在理由だった神樹を屠るための祭りだ」
屠る。なんて強い言葉を使うのだろう。私の背で神樹がざわりと反応したような気がした。
私は一度目を閉じてからその強い言葉を使ったリドルフィを見上げる。リドルフィもいつもと違い真顔だった。
「まずは、ここまで尽力してくれた皆に心から礼を。皆が居てくれたからこの時を迎えることが出来た。ありがとう」
相槌を打つようにあちこちで頷いている。小声の返事もあった。リドルフィはそんな言葉を受け取るようにゆっくり一呼吸分目を伏せていた。
やがて顔を上げる。私の肩に手を置いて、口を開く。
「皆が知っている通りこの祭りには危険が伴う。怪我をする者も出るだろう。場合によっては星になる者も多数出るだろう。……祭りの開始は明後日の夜明け前。明日のこの時間にはすべての準備を終え、時を待つことになる」
誰も、何も、言わない。
いつもならあちこちから賑やかに合いの手や茶々が入ったりするのに、今日はみんなも真剣な顔をして聞いている。
「この祭りは命懸けになる。ここに居る者のほとんどは入村時に誓約書を書いて貰ったが、そこから何年も経っている者も多い。今一度よく考え、心が決まった者のみ明日この場に残れ。無理だと思った者は明日ダグラスが馬車を出すので乗るように。繰り返す。この先は命を懸けることになる。厳しいと思う者は遠慮なく退去を選ぶといい」
しんと静まり返った中、そこまで話した村長は小さく息をついた。
「……師匠は本当、真面目だなぁ」
静かな食堂に青年の声が響いた。扉近くの方にいる次期村長が苦笑交じりに言う。
その言葉に、うんうんと何人かが頷いている。「いいぞ、言ってやれ」とか野次飛ばしている者までいる。
「どうせこの後は、おばちゃんも自分ごと枯らせた方がとか言い始めるんだろ?」
「え……」
急にこちらにまで話が飛んできて、私は困ってジョイスの方を見る。目が合った青年はにかっといつもの人懐っこい笑みを浮かべた。
「今、ここには腹くくってるやつしか残ってないって。師匠やおばちゃんたちだけ死なせる気なんて毛頭ないし、そんなで自分だけ生き残りたいやつなんてここに一人もいない」
「そうよー、何年ここで一緒に生きてきたと思ってるの」
「それでも言わなきゃって思っちゃうのがあの二人なんだよ」
ジョイスの言葉に賛同するようにあちこちから声が上がる。
「リドもグレンダも諦めな。みーんな、やる気でここにいるんだから。最後まで自分だけで背負おうとするんじゃないよ」
「そうそう、諦めて全員巻き込んどけー」
「まったく水臭いよねぇ」
「グレンダおばさん、私、王都にはいかないよ! みんなと一緒にここにいる!」
「リチェもずっといっしょ!」
あぁ、怒っているってそのことだったのか。エマの方を向けばわかりやすくふくれっ面をしていた。リチェもそれを真似している。視線をずらしてリンとアメリアの方を向けばうんうんと頷いていた。
二人の言葉に誰が始めたのか拍手が起こって、気が付けば私とリドルフィ以外の全員が笑っていた。
私は、もう一度リドルフィを見上げる。
リドルフィは……しばらく厳めしい顔をしていたけれど、私の視線に気が付けば一度苦笑をにじませてから、ふっと息を吐く。そして、にやりと、いつもみたいに笑う。
「わかった。ありがとう。……それなら、皆まとめて俺がその命預かった! よーし、今夜は前祝だ。飲むぞ!!」
リドルフィが言えば、周りからどっと大きな歓声が上がった。
ジョイス君えらいなーと、書きながら褒めたくなったのでした。




