祭りの準備15
食堂の椅子に座ったまま、芋の皮むきや生地に具を包む作業なんかをのんびりやっていたらお昼近くになった。
リンがいいタイミングで次これやってーと何かしら持ってきてくれるので、私はほとんど席を立つ必要がない。私の肩に乗っているミリエルが魔法で手を綺麗にしてくれたり、細かな道具を取ってきてくれたりする。リンの手伝いをしているはずなのに、なんだか致せり尽くせりだ。
「あ、ダグラスさん戻ってきたかな。馬車だ」
「……早くない?」
「今日、用事があるから二回行き来するかもって言ってたよ」
「それはご苦労様だねぇ」
ちょうど窓の方を向いていたらしいリンに言われて見れば、確かに馬車が広場に止まっている。
王都とこの村は馬だと一時間ぐらいの距離だ。馬車だとその倍ちょっとぐらい。
比較的平坦だし街道がしっかり整備されていて走りやすい道ではあるけれど、馬車で一日二往復はちょっと大変そうだ。
「今回ので王都から来る人も何人かいるみたいだし、一回じゃ馬車に乗り切らないのかも」
「あぁ、なるほどねぇ。って、そんな大事になってるのを村の皆は知ってたの?」
「あ、ごめん、グレンダさん寝てる間にリドおじさんと兄さんがみんなに説明してたんだ。……グレンダさん、リドさんから聞いてない?」
「……」
碌に聞いてない、と首を横に振ればリンが苦笑する。
「今夜にも説明してくれるよ。きっと、多分……」
「どうだろうね。あの人、時々わざと教えないから」
「あー、うー、わざとでもきっとそれ心配して、だからね?」
「分かっちゃいるけどね」
それでも自分だけ知らないなんてのは嫌なものだよと言えば、まぁまぁと宥められた。
私もね、分かっちゃいるんだよ。少しでも心労が少ないようにとかそういう配慮だって。分かっていても納得するかどうかはまた別だ。
私の顔を伺いつつ、次、これお願い、とリンがパンと具材の乗った皿を私の前に置いた。今日のお昼ごはんはサンドウィッチらしい。そんな気を使わなくてもいいのに。怒ってないよと言えば、リンはそばかすの顔で、えへっと笑った。
「よぅ、助っ人連れてきたぞー」
リンと並んでパンに切り込みを入れ具材を挟む作業をしていたら扉が開いた。
毎度お馴染みのイーブンが扉から入ってきながら、あいさつ代わりにそんなことを言う。
「イーブン、おかえり。……助っ人?」
「そう、助っ人。グレンダ、久し振り!」
「え、アメリア!?」
イーブンの後ろから食堂に入ってきたのは、王都にあるレストランの店主にして私の料理の師匠のアメリアだった。いつもと同じように髪を頭の真上にぽんと塊を置いたようなおだんごにしている。服装の方もエプロンをしてないだけでいつもと同じラフさ加減だ。担いできたらしい大きなリュックをどんと近くの椅子に置く。
「リドの旦那から料理手伝えって言われたから来たわ~。グレンダ、休めって言われてるのに働いちゃうんだって? 相変わらずねぇ」
「アメリアさん、お久しぶりです」
「リンちゃんもお久しぶり。手伝いに来たよー」
緩い口調でリンとアメリアが手を振り合っている。かなり前にリンと一緒に王都に行った時に紹介したことがある。以降リンが王都に行く時には会いに行っていたらしい。以前そんなことをリンが話していた。
「他にも六人ほど連れてきたんだが、昼飯食べられるか?」
「リン、足りそう?」
「うーん、増えるの六人ならギリギリ大丈夫かな。十人とかじゃなければ」
アメリアが腕まくりしながら「早速何か手伝う?」なんて言ってくれたが、先に荷物を置いておいでよと促しておく。お昼に関しては、後はサンドウィッチの具を詰めていくだけだからね。
「もしかして馬車はイーブンが転がしてきたの? ダグは?」
「ダグはまだ王都だ。夕方帰るそうだ。あぁ、その時にエマとデュアンも連れて帰るって伝言を預かっている。多分イリアスも乗ってくるはずだ」
言いながらイーブンも荷物を下ろす。
「宿はいっぱいになりそうだから、俺はラムザのとこかリドのとこに厄介になるかな」
「その方がいいかもね。そういえば、他の六人は?」
「ひよっこ三人組と、司祭の二人。先に宿に行かせた」
ひよっこ三人組ということはバーンたちのことだね。あの三人とはどうもご縁があるようで村で何か起きる時には居合わせていることが多い。ならばと雑用手伝いに今回も呼んだのだろう。司祭二人は、多分私が動けなくてできないことを代わりにやってもらうためじゃないかな。
「もう一人はウルガで……動物の行列についていったが、あれはなんだ?」
イーブンが珍しく困惑したような顔で言う。その様子がおかしくて私とリンは顔を見合わせて笑った。
「湖の水を家畜たちにも飲ませようって話になってね。そう、ウルガ、そっちに行ったのね」
さっき見たノトスとちびっ子二人、それにヤギや羊にガチョウの行列の最後に大きな狼と狼獣人がついてっている様子を思い浮かべれば、悪いと思いつつ笑ってしまう。多分リンも同じなのだろう、笑いながらパンに具を挟んでいる。
「多分、午後も次は牛とか馬とか連れていくはずだから、また見られるよ、イーブンさん」
「なんだか楽しいことになってるな」
「グレンダたちの村は面白いね」
アメリアが感心したように言っているけど、流石にあんな行進が見られるのは今回だけのはずだ。多分。
「リン、夕食の人数さらに増えそうだね、見直しした方がいいかも」
「そうだねぇ。……って、アメリアさんに手伝ってもらうから、グレンダさんはお昼後は休憩だよ!」
「……」
「そんな顔してもダメ。お昼食べたらあっちに帰ってもらうからね!」
さっきやらかしそうになったのもあって、リンの口調が強い。
そっぽを向いた私の肩を、イーブンが諦めろみたいな風にぽんと叩いた。
家畜と意思疎通で来てしまうと、食べるのに困らないかなーとちょっと思っていたり。
その辺は多分上手くご都合主義が発動するといいな、なんて。




