祭りの準備14
食後。身支度を整えたところでリドルフィが戻ってきて寝室から連れ出してくれた。
歩けるって言っているのに子どもみたいに片腕で抱き上げられた。その状態で階段を降りる。彼の世話焼き気質は昔からだけど、先日寝込んでからは更に輪をかけて過保護になった。倒れているんだから多少は仕方ないと思うけど心配し過ぎだと主張したら、エマにもリンにも、その他、そんなことはないと言う。その場にいた全員から首を横に振られた。みんなリドルフィの味方らしい。なんだか悔しい。これに関して私の味方はいないようだ。
何はともあれ、食堂まで連れて行ってもらえば少しほっとした。リドルフィの部屋も落ち着くには落ち着くけど、やっぱり私の場所はここだからね。
無理は絶対しないこと、出来るだけ座っていること、少しでも調子が悪くなったらベッドに戻ること……と、あれこれお約束を言い渡されてしまったが、まぁいい。出来るだけ長く居座れるように頑張ろう。
「リンちゃん、持ってきたけどどこ入れたらいいー?」
「あ、はーい、こっちー!」
食堂の扉を開けて農家のイワンがやってきた。厨房の中からリンが返事をする。
カウンター近くのテーブル席で芋の皮むきをしていた私は、顔を上げる。
「あれ、イワン、どうしたの?」
「やぁ、グレンダ。やっぱ、グレンダがここに居るとホッとするなぁ。……リドさんに言われて湖の水を持ってきたんだ。今日明日は食事に使う水、こっちにしろって」
そうなの? と厨房で料理をしているリンを見れば、彼女はこくこくと頷いた。
「予防になるかもだから、浄化されている湖の水を皆の食事作るのに使えって言われたの」
「そう。イワンご苦労様だよ、ありがとうね」
「お安い御用だよ」
にぱーっと農夫の青年が人懐っこい顔で笑う。リンに案内されて、丸く球状にして持ってきた水を厨房の甕に注ぎ込んだ。
私もついて行って甕いっぱいに入った水を見る。
「……んー、折角だから……」
横から覗きこんでいた私はその甕に手をかざす。唱えるのは神聖魔法使いとしては基礎中の基礎みたいな呪文だ。
「って、おばちゃん、だめっ!!」
呪文を唱え終わる前にイワンがかざしていた私の手を捕まえ、リンが私の口を塞いだ。
途中で中断させられた魔法に、私は目を何度もぱちぱちする。目の前のリンを見れば怖い顔をしていて、イワンの方は止まった呪文にほっとした顔になっている。
「魔法禁止!」
「……これぐらいは大丈夫だよ」
「これぐらいも何も、全部ダメっ!!」
リドルフィに一晩魔力を分けて貰ったおかげで、今日はここ数日の中では体調もいいし、自分の中に魔力があるのも感じる。これぐらいなら大丈夫そうと思ったから使おうとしたのだけども、リンに怒られてしまった。
「リドおじさんや他の司祭様からも太鼓判貰うまでは魔法禁止って言い渡されてるでしょ。回復してるって思っても、ダメ、絶対!また倒れたらリチェやエマが泣くよ!」
リンに言われて私は眉尻を下げる。二人の名を出されるとぐうの音も出ない。
「そうそう。やりたくなるのは分かるけどさ」
手を離してくれたイワンが、ぽんぽんと私の肩を叩く。
「神聖魔法の浄化は俺じゃ無理だけど、俺の水魔法で飲み水にできるように綺麗にはしてあるからさ。それで我慢しといて」
「そうそう、それにこれ、そもそも聖杯で浄化されてるんでしょ?」
「うん……」
苦笑するイワンに、まだ怒った顔をしているリン、二人に言われて私は頷く。
「ごめん」
ぽそっと小声で謝れば、リンが分かりやすく笑顔になった。両手で私をぎゅぅと抱きしめる。
「リチェじゃないけど、私もグレンダさん倒れた時泣きそうだったからさ。我慢させてごめん」
「ううん」
「それじゃ、私はこの水使って料理の続きするから、グレンダさんは椅子に戻って!」
リンはぱっと手を離せば、ほら、行って行ってと私を厨房から押し出す。私に続いてイワンも厨房から出てきたところを見ると、もしかして倒れそうになったら助けてくれるつもりだったのかもしれない。
……みんな、リドルフィの過保護がうつっている。
私が元の席に戻ったのを確認してイワンが、また何時ごろに持ってくるなんて手を振り食堂を出て行った。
「それにしても湖の水……みんな、抵抗はないのかねぇ」
あの湖は底にある聖杯のせいで魚も居ないけれど、普段は井戸の水や魔法で出した水を使って料理することを考えると、直に触れられる湖の水では気にならないのだろうか。
「大丈夫だよ~。村の皆、あそこの水が特別なモノだって知っているしさ」
厨房の中からリンが問題ないないと苦笑する。
「それどころか、ちびっ子たちなんか、前の光る雨で使った水をごはんに使うんだよって説明したらめちゃくちゃ楽しみにしてるよ。自分も光る? だって」
トゥーレの双子の妹たちやリチェ辺りが言いそうだ。目をキラキラさせてリンに聞いた様子が容易に想像できて思わず私も笑っていた。
「それ、なんて答えたんだい?」
「いい子にしてたら光るかも? って言っておいた」
「それはさぞかし、皆、いい子でいそうだね」
「あと、その水で作ったごはん食べたら、悪いものが寄ってこなくなるんだよって言っておいたよ」
「そう、ありがとう」
目に映るすべてのものがキラキラして見える年頃の子どもたち。リンはその年頃に合わせて上手く説明してくれたらしい。きっと今夜の夕食を子どもたちはたくさん食べてくれるだろう。そんなこともいつかあの子たちの大事な思い出になったりするのかな、なんてふと思った。
「あぁ、そうそう、家畜たちにも湖の水飲ませるって言ってたよ。ノトスさんがトゥーレに手伝って貰って、みんな湖に連れて行くって話だから、……そろそろ広場通ったりしてない?」
言われて、私は窓の方を見る。
見慣れた窓の向こう、広場をちょうどぞろぞろと動物たちが横切るところだった。
先頭に酪農家のノトスと一緒にトゥーレとリチェが歩いている。その後ろに一緒にヤギや羊、鶏やアヒル等がにぎやかについて行っている。一番後ろで大きな銀色の狼が牧羊犬みたいに目を光らせていた。
牛や馬などが混ざってないのは、多分何度かに分けて連れて行くからだろう。
「……なんだい、あれ、絵本みたいなことになってるよ」
「あ、今いる? 私も見たい!」
思わず吹き出した私の言葉にリンが、厨房から出てきた。一緒に見ようと食堂の外まで出たら、目ざといリチェが気づいたようで飛び跳ねながら両手を振ってくれた。
「うわー、実際に見るとすごいね、これ。なんかかわいい!」
「あぁ、本当だね」
トゥーレとノトスも手を振ってくれた。三人も動物たちも、なんだかとても楽しそうだ。
そこにこれが戦いの準備であるという悲壮感や緊張とかはまったくない。長閑でちょっとおかしな優しい光景。
「グレンダおばちゃん、残りも作っちゃおう。今夜ぐらいから外の人も来始めるらしいし」
促すリンに頷いて、私は食堂の中に戻った。
ちょっとハイジを思い出したりしていました。
ちびっ子二人と負けないぐらい子ヤギや子羊たちも跳ねてたりするのかなと考えたのですが、ヤギや羊の繁殖時期は春らしいので、晩秋では育ってしまってそうですね。残念。




