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祭りの準備8


 騎士団長と分かれた男は、王宮の更に奥へと進んでいく。

この先は、最奥に用がある者しか来ることはない。

やがて白い廊下が終わり、大きな部屋へと男は辿り着く。

小規模な舞踏会なら開けてしまいそうな広さだ。しかし、王城の大広間というよりは神殿の聖堂と言った方がしっくりくる装飾を施されている。

 男が通った入口の真正面にあるのは、高さ十メルテはありそうな大きな両開きの扉。

遠目には金属にも見えなくはない白銀色の扉は、近寄ってみると大理石か何かのようにも感じるし、白く塗られた木材にも見えなくもない。そんな、よく分からない素材でできている。柔らかに光を跳ね返す光沢のあるその扉は不思議と温かさすら感じる。複雑な幾何学模様が刻み込まれた、美しく不可思議で、他に類を見ないような、扉だ。


 男はゆっくりとその前まで来れば、一度大きな扉を見上げた。しばらく考えるように扉を見ていた後、その手前に置かれた机と一人掛けのソファの前へと戻る。

これだけ広い部屋なのに、置いてある家具はその二つだけだ。

 男は、そこで身に着けていたものを一つずつ脱ぎ始める。

初めに宵闇色の長いマントを外し、大きな机にばさりと置いた。腰に佩いた長剣もベルトごと外しマントの横に並べる。薄鈍色の上着を脱ぎ、首に巻いた白いスカーフを無造作に外す。黒いブーツを脱ぎ、中に履いていた靴下も脱いでまとめておく。

男はそれらを簡単にだが、ぴしりと畳んでまとめる。やりながらこの辺の癖は養成校での寄宿舎暮らしでついたものだなと小さく笑った。今では思い出すことも減った遠く懐かしい日々は、確かに自分の基礎を作ってくれていた。

 鉄紺色のシャツを脱げば、黒い体にぴったりと沿うアンダーウェアが露わになる。

鍛え続けていた体は、若かった頃に近いラインを、五十歳を過ぎた今なお保っている。まるで男神の彫像のような、美しささえ感じる肉体。それも、来る日のためにひたすら鍛錬を欠かさなかった結果だ。

残る黒いズボンとアンダーウェアは聖衣なので脱ぐ必要はない。

聖女が白い聖衣のワンピース姿で扉と向き合ったように、男は黒い聖衣の上下で扉の向こうへと臨む。


 素足で踏む大理石の冷たさを感じながら、男は再び大扉の前に立つ。

聖女はこの先に行く時、毎回このタイミングで男の手を握りたがった。

いざ自分がその立場になってみると、確かにその気持ちが分かるような気がした。

この先にあるのは人のモノではない世界。熱源はあっても温もりはない世界。魔素溜まりとその性質は真逆なのに、同じような恐怖を本能的に感じるのだ。


「あいつは、いつもこれを耐えていたんだな」


 ぽつり、呟く。

二人でここに来た時、男が女を見れば、彼女は大丈夫だという風に必ず笑ってみせてくれた。

彼女なりの気遣いで、強がった結果の笑顔。その顔を思い浮かべ、男は目を細める。


「……」


 男は、改めて大扉を見つめる。

この先にあるのは、神樹の森。

まだ幼かった頃に一度だけ入ったことがある。

当時国王だった祖父に手を引かれてのことだった。

王家の血を引く者は皆、幼少期にその資質を確かめるべく森に入れるかを試す。実際に入れるのは十人に一人いるかどうか。けして多くはない。

王家以外の者として、司祭でも特に強い光の祝福を得たものが聖水の管理人として一世代に一人ほど、森に入れるようになっていることが多い。その時代の聖女か、あるいは高位司祭の中でも特に強い光の祝福を授かった者。

現在、森に入れるのは聖女の他、現国王、そして腹違いの王弟である男の三人。

今は、割と多く、この扉を越える資質を持った者が揃った世代と言ってもいいだろう。

聖女は、国王の他にもう一人神樹の森に入れることを知っていたが、それがまさかよく知ったこの男だったとは思いもしていなかっただろう。

男もまた、聖女にそれを明かすつもりはなかった。明かせば自分の身分を伝えねばならず、伝えればきっと生真面目な聖女は身分差とやらに悩むだろうから。


 神樹の森へは基本一人ずつしか入らない。入れない訳ではなく、慣習だ。

入る資格がある者が極端に少ない故に、まとめて入った結果誰一人入れなくなるなんてことにならないように大昔からそうなっていたらしい。

 例外は、二つだけ。

一つは、王家の子どもたちが試練として保護者となる資格者に付き添われる場合。

こちらは扉に拒まれずに通過できるかどうかの確認のみなので、入ったと言ってもすぐに出てくることになる。

そして、もう一つは、中に入った者が一定時間を過ぎても出てこなかった場合。

聖女も言っていた『命綱』として他の資格者が先に入った者を探しに行く。

聖女が森に行く時は、有資格者を呼びに行く役割をしているフリをして、しれっと男自身がその命綱役をやっていた。しかし、今回は命綱を渡せる相手は兄である国王しかいない。

さっき分かれた騎士団長が、男が神樹の森に入ることを国王に知らせてはいるはずだが、その背に背負っているものを考えると、その手は煩わせたくはない。


「……ランドの言う通り、万全の状態でさっさと自分で出てくるのが一番だな」


 一度ぐいと体を伸ばし、片肩ずつぐるりと回してから男は肺にたまった空気を吐き出す。

そうしながら、気持ちを落ち着けていく。


「よし、行くか」


 誰に聞かせるでもなく言って、男は大扉にその手を伸ばす。

大扉は触れられた場所を中心に淡い光を発し、男を呑み込んでいった――……。




リドがやたら財力あったのはこんな理由。

その割に知ってるランドルフとかも口調が砕けてますが。多分若い頃にリドの方が駄々をこねたんだろうなぁ。

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― 新着の感想 ―
リドさん、マジ驚愕でした。曰く付きであろうと思ってはいました、いましたが、まさかの、そんなご身分だったとは⁉︎
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