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祭りの準備6


 秋の日中は短い。

日が傾きかけた街道を、馬が走っていく。

艶のある漆黒の毛を持った馬は、飛ぶような早さで男を乗せて王都へと向かっていた。

素人でもわかるような立派な軍馬に、馬に負けないぐらい見栄えする偉丈夫が騎士服姿で宵闇色マントをなびかせている。

日が暮れる前にと王都へ向かっている馬車は、その様子に声をかけられる前に道を開けていた。

通常の半分以下の時間で王都の城門まで辿り着けば、検問で並んでいた商隊がその姿を見て、そっと順番を譲った。


「すまない。助かる」


 男は、同性でも惚れ惚れするような太い声で礼を言う。

検問の衛兵は、その顔を見ると、男の身分証を確認する代わりにぴしりと敬礼した。

男はそれに頷きを返して確認なしで門をくぐる。

城門から続く大通りを通り、王城近くまで騎乗したまま行けば騎士団営舎の前で降りる。

入り口近くにいた騎士団職員に手綱を預け、男は大股に歩を進め騎士団長室へと直接向かった。

慌てた若い騎士が止めようとしたが、年配の騎士がその腕を掴み止め、首を横に振る。

団長室前で控えていた騎士が男に気が付き、敬礼した。普段なら軽口や小突くような気安い挨拶を交わすのだが、男の表情を見て反射的にしていたのは省略なしの最敬礼だった。

男が何か言う前に木製の両開きの扉を開き、中へと案内する。

開けられた扉を潜り、男は騎士団長室へと入っていく。


 騎士団長室の応接セットに男ばかり三名が腰かけていた。それ以外にも室内に数人補佐官や秘書などが忙しそうに何かしている。

揃っている面々を見て、部屋に今入ってきた男は目を細めた。


「会議中か?」

「あぁ、そろそろだと思って雁首並べて待っていたぞ!」


 そう答えたのはこの部屋の主、騎士団長ランドルフ。

今、部屋に入ってきたばかりの聖騎士と負けず劣らずの鍛え上げられた体を包む団長服は、右肩から先に厚みがない。先の戦いで己の利き腕と引き換えに部下一個小隊の命を救った男は、「合っていただろう? 」と笑ってみせた。


「おう、やっと来たか」


 ソファに座ったまま片手を上げたのは王都冒険者ギルド本部のギルドマスター、ウォルター。

ランドルフと同年代のこの男も、未だ戦える体を維持している。今は本部の執務室で椅子を温めていることの方が多くなったが、それでも年に何度かは腕利きの現役剣士として戦場に立つ。


「……随分ゆっくりのお越しで」


 愛想のない硬い声で言うのは王都大神殿の上位司祭にして幹部、セドリック。

戦乱期の後の大粛清では、当時の幹部の多くが処罰対象として処刑された。その後、一度は解体すべしとされた神殿を残し、極端に上層部が薄くなってしまった司祭たちをまとめ、今日まで神殿という組織の崩壊を防いだ男だ。上位司祭でありながら魔力は多くなく、まともに治癒魔法すらも使えないが、政に疎い司祭たちを統率し守り続けている手腕は確かだ。まとめる者として大司祭の地位も手に入れることが出来るのに、頑なにそれを拒み、上級司祭のままでいる男。


「魔導師長ももうすぐ来る。……リド、お前がその恰好で来たということは、刻が来たということで合っているな?」

「あぁ。その通りだ。……三日後に『祭り』を行う」


 聖女が光の雨を降らせてから以降、密に連絡を取り状況を知らせてはいたが、ここまでぴったりのタイミングに合わせてくるとは思っていなかった。

いざ、ことが始まったら村にある人員だけでは足らなくなる。それはここに居る全員一致の見解だった。それ故に、可能な限り早くから準備も念入りに行い、男に先回りするようにして連携をとってきた。今も現に先に話し合いを始めていたのだろう、地図が広げられ駒がいくつも置かれている。

男が来る前に求められたものだろう資料を、秘書官の一人が騎士団長に手渡した。それを確認して頷き、二、三指示を出して秘書官を退室させた騎士団長が立ち上がる。受け取った資料をそのまま正面にいた冒険者ギルドのマスターへと手渡す。

ギルドマスターと上位司祭が顔を上げた。


「……聖騎士リドルフィ殿、早く聖女の元に戻りたいのでしょう? ここは私たちに任せてさっさと行ってください」

「リド、お前にしかできないことをしに来たんだろう? ここにあるのは俺らでできること、だ」


 男は二人の顔をじっと見る。二人の表情を確かめるだけの間が空いて、やがて目元を僅かに緩めると、頷いた。


「すまん」


 頭を下げた男に、良いから行け、と、ギルドマスターが笑う。


「後日美味い酒でも驕ってください。それで許しましょう」

「リド、行こう。奥の前までついていく。……悪い、少し席を立つ」

「おう、ランド。お前はこっちに仕事がたんまりあるからさっさと戻れよ」

「分かってるって」


 先に行っていた騎士団長が、自ら扉を開けて聖騎士を待つ。

気安い言葉を掛け合っているが、彼らがやろうとしているのは、騎士団全体やこの王都周辺で活動する全ての冒険者、魔導士、司祭たちを相手に指揮し、これから起こることにより影響が出るだろう全域を守るという大仕事。王都どころか、周辺……下手すると王国内全域を巻き込むような大災害を相手にするのだ。並大抵の者に務まる任務ではない。

それでも笑っているのは、踏んだ場数と、自分たちがやるしかないという覚悟からのことだろう。

男は礼の言葉を言いかけて、留まる。多分、今言うべきはその言葉ではない。


「頼んだ」

「あぁ、任された」


 ソファに残る二人と、その秘書官たちに見送られながら、男は騎士団長室を後にした。



おじさん達の渋い場面を書きたいと思いつつ、書いてみたらあっという間にリドルフィのおじさんは追い出されてしまうことに。あれ、どうしてそうなった。(汗)

3話で嫌われ役だったセドリックさん、ちゃんと理由があってやってたのをほんのり出そうと試みたり。

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