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祭りの準備5

ハンナとエマの話。


 祭りの打ち合わせで集まっていた村人たちがそれぞれの仕事をしに出て行って、しばらくした頃。


「……あれ、そういえばエマってもうあっちに戻っていったっけ?」


 また店主不在になってしまった厨房を預かって、とりあえずは今日の夕食の準備をしている農家の娘がカウンター越しに問うた。


「いや、まだだと思うけれど」


 返事をしたのは雑貨屋店主。どうやら準備で必要な品のリストアップをしているらしい。明日調達するためのメモを作っているようだ。

食堂の大テーブルには地図が広げられたままになっていて、そこにまだ数人残っている。

その場にいた他の者たちも、少女は二階から降りてきてないはずだ、と、首を横に振る。


「だよねぇ。何か見つからなくて困ってるのかな」


 娘は料理の手を止めて、手拭きで手を拭く。もし困っているなら助けてやらないと、と厨房を出ようとしたところで、娘は母親に止められた。


「リンはそのまま料理してて。私が見てくるわ」

「……あ、母さん、ありがと!」


 「まだ料理全然終わってないでしょ? そっち優先」と言われて、分かったと娘は素直に頷いた。

娘の代わりに農婦は勝手知ったる様子で食堂横の扉を開けて、二階へと続く階段を上がっていく。娘の方は、母が上がっていく様子をしばらく目で追って、また料理を始めた。




「エマ?」


 農婦は二階へ上がると、扉が半分開いている食堂店主の私室をひょこりと覗き込む。

奥のベッドの近くにいた少女は、びくりと体を震わせた。


「あぁ、いたいた」


 農婦は主不在の部屋にのんびりした歩調で入っていく。

よく知った部屋だ。力の代償で寝込むことも多かった親友の介抱は、この村では農婦やその娘の役割だった。

意識のない状態の彼女の世話を焼いていたことも何度もあるし、そして、それよりももっとたくさん、起きている彼女とこの部屋で過ごした想い出もある。


「エマ」


 背を向けたまま俯いている少女の名前を呼び、後ろからそうっと覗き込んだ。


「……ハンナ、さん」

「はーい。……やっぱり泣いちゃっていたのね」


 なんとなくそんな気がしたの、と、農婦はいつもと同じのんびりした口調で言いつつ、少女の前に回るとまだ小柄な体をふんわり抱きしめた。

初めて会った時に比べたら随分ふっくらとしたが、それでも同じ年ごろの子に比べたら小さいし細い。いい子いい子、と農婦は少女の頭を撫でる。

少女は両手を目に当てて、何度もこすりながらひっくひくとしゃくり上げていた。


「私、頼りない、のかな……」

「ん?」

「グレンダさん、すごく、辛そうだったのに、頼ってくれなかった……」

「うん……」

「昨日もね、何度も、何度も、ぶつけたりふらってなったりしてたのに、大丈夫だよ、って笑ってて……」


 少女の言葉に、農婦はその様子を思い浮かべ、苦笑する。彼女らしいなと思う。


「……グレンダは色々できるのに、無駄で真面目で不器用だからねぇ」

「でも……」

「きっとね、エマに笑っていて欲しくて頑張っちゃったのよ。エマが頼りないわけじゃないの」


 そうなの? と問う少女に、「あの子本当、誰に対しても頼ったり甘えたりが下手なのよ」と、農婦は困ったように笑う。

農婦自身も、彼女から中々頼っては貰えなかった。

この村を作り始めて初期から居た大人の女性は四人。自分と宿屋のタニアはグレンダと年が近いこともあって一緒にいることも多かった。

村で暮らし始めたばかりの頃の彼女は、いつも必死でどこか痛々しかった。慣れぬ農村での仕事を少しでもしようと空回りしてみたり、かと思えば聖女としての仕事に駆り出されてふらふらになって帰ってきてみたり。よく無理をして倒れるのに、彼女を連れてきたリドルフィ以外に頼ろうとしなかった。

……そんな彼女との距離を縮めてくれたのは子どもたちだった。


「ねぇ、エマ、いいことを教えてあげる」

「……?」


 思い出した笑顔のまま、農婦は少女に内緒話をするように言う。少女は、涙で濡れた目で見上げた。


「グレンダの夢はね、お母さんになることだったのよ」

「お母さん……?」

「そう、ごく普通の女性みたいに結婚して子供を育てたかったんだって」

「……聖女様、なのに?」

「うん。きっと聖女様だったから、よ」


 少女を緩く抱きしめ、その背中を寝かしつけるみたいにゆっくりと叩きながら、農婦は目を閉じる。


「……むかーしにね、グレンダが教えてくれたの。自分はそうできないけれど、ジョイスやリンと一緒に過ごせるの、少しだけ願いが叶ったみたいでとても嬉しいって。……だからね、エマとリチェがこの村に来て、グレンダやリドさんと段々に家族になっていくのを見て、本当によかったね、夢がかなったねって私は思っていたのよ」

「でも、おばちゃんか、グレンダさんって名前で呼んでねって……」

「多分そこも、あの子が真面目だからでしょうねぇ。きっとエマの本当のお母さんに申し訳ないとか考えたのよ」


 農婦は、「本当、不器用よねぇ、困った人でしょ?」と、同意を求める。

少女はその腕の中で頷いた。


「親って生き物はね、どうしても自分の子の前では頑張ろうとしちゃうの。……グレンダも、エマの前では頑張りたくなっちゃうのだと思うわ」


 そっか、と、少女はまた手の甲で目をこする。その様子を見て、農婦は「こすっちゃダメよ」とポケットから出したハンカチで少女の目元を拭いてやった。


「……ハンナ、さん、グレンダさん、死んじゃうの?」


 農婦は、少女がここに来る前に母親を亡くしているのを思い出し、その髪をゆっくり整えるように撫でながら言葉を選ぶ。


「……どうだろうねぇ。グレンダはきっと覚悟しているのでしょうね」

「……」

「でもね、みんな、そんなのは嫌だってどうにかしようとしている。グレンダは知らないけど、本当にこの村のみーんなが、死なせてたまるかーって思っているのよ」


 ゆっくりゆっくり一つずつ少女に言い聞かせるように、そして自分自身にも言い聞かせるように、農婦は言う。


「物語の終わりは頑張った人はみんな報われて、笑っているハッピーエンドがいいものね。みんなは助かったけれど、頑張ったお姫様は死んじゃいましたじゃ、笑えない。誰も幸せになれない」

「……」

「エマ。……私もエマと同じで戦ったり魔法を使ったりなんてできないけど、でも、お祭りの後、みんなで終わったーって笑ってご馳走食べるためにね、いっぱいお祈りをしようと思うの。グレンダも、他の人たちもみんなみんな無事に帰ってきますように、って」

「……うん」

「エマも、私たちと一緒に祈ってくれる?」

「うん。私も祈る。……妹と一緒に祈らせて」


 こくりと大きく頷いた少女に、農婦は、よし、と少女に微笑みかける。


「そうしたら、まずはあっちに持っていくもの揃えちゃおうか。ミリエルちゃんは居るかもだけど、やっぱり誰かがついていた方がいいし。夜はきっとリドさんが替わるからね。……あ! リンをこっちに泊める準備もしなきゃね。ってことはお料理そろそろ替わってあげなきゃ」


 あら、結構忙しいわ、なんて言って動き始める。

農婦に手伝ってもらって少女が用意した籠は、足りてなかった着替えの他、精霊用の小さなベッドや聖女が大事にしていたストール、机に置かれていた中身がほとんど残っているキャンディの瓶、本棚から適当に選んだ本などでいっぱいになった。

揃えている間に涙も乾いた少女は、それを大事に抱えて聖女の眠る屋敷に持って行った。




リドルフィが寝てるグレンダのところにいた時間のエマのお話。


村の初期からいたグレンダ、ハンナ、タニアの3人は苦労を一緒にした分特別なきずながありそうだなと思っています。

でも、きっと親友なんて言葉を使ってみせるのはハンナだけ。他の二人は照れくさくて親友とは思っていても言わないのかな、なんて。

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