祭りの準備2
食堂の大テーブルでは地図が広げられ、話し合いが始まっていた。
次期村長とされている青年が場を取り仕切り、雑貨屋店主がメモを取っている。
集まった面々の顔は真剣だ。明らかに農村の長閑な祭りの準備ではない。
その様子は、収穫祭のための話し合いというより戦略会議を思わせるもの。
村全域に、さらに周辺まで詳細に描かれた地図には、普段から打ち込まれている結界石の場所の他、先日光の雨が降った範囲も、しっかりと書き込まれている。その横には、ずらりと箇条書きされた項目に担当者の名が埋められたリストが並んでいる。
「待たせた。どこまで話が進んでいる?」
裏の入り口から帰ってきた大柄な男が訊く。その声に集まっていた面々が振り返った。
「師匠おかえり。前日までの準備については大体確認し終わったところ」
「あとは当日の配置とかですね。こればかりは王都から誰が来るか確定してからかと」
まず答えたのはこの場を任されていた青年で、それに補足を入れたのが雑貨屋だ。
どちらも小さな村の世話役というより、そこそこ大きな組織のまとめ役のような雰囲気を出している。
それもそのはずだ。青年の方はこの村育ちだが師に連れまわされて冒険者ギルドや騎士団の会議にも多数出席し場数を踏まされてきたし、雑貨屋の方に至っては村に来るまで商業ギルド本部の次席に腰を据えていた男だ。
状況把握した、と、師匠と呼ばれた男が頷く。
祭り、とは言っているが、準備している内容は毎年している収穫祭とは明らかに違う。
そもそも予定していた収穫は数日前に終わっている。本来ならすでにやっていたはずの収穫祭をまだやっていないのは、村全体でやらねばならないことがあるからだ。
「ノトス、念のため村の家畜たち全部に湖の水を飲ませておいてくれ。気休めにはなるだろう」
「承知しました。……セアン、トゥーレ坊借りていいかい? あの子がいれば鶏たちもすんなりいうことをきいてくれる」
「いいですよ。本人も任されたって喜びます」
村長に名を呼ばれた酪農家の男が返事をし、少し前に心の祝福と呼ばれる特殊な能力を授かった少年の名前を出す。話し合いに混ざっていた少年の父親は話を聞いて頷いた。
「リン、今後祭りまでの間の食事には井戸や魔法ではなく湖の水をろ過して使うように」
「はーい。みんなに飲ませろってことね?」
「そうだ」
この村のすぐ隣にある湖の水は、まるごと聖女の聖杯によって浄化された水だ。
先日の光の雨の件があった後、村に住む者たちには改めてそのことが説明された。
あの時のように聖女による神聖魔法がなくても、その水は浄化の力を持っている。すでに黒化してしまった者についての治療は難しくとも、抵抗力を上げるぐらいの効果はあるだろう。
「それなら食堂用の水を運ぶのは俺がやろう」
農家の一人、水の祝福を得ている者が名乗り出る。店主が居ない間食堂を預かることになった娘は、ありがとう、と笑顔で礼を言った。祭りの準備期間中、村人たちは皆、食堂で作った物を食べることになる。そう考えると使う水はかなりの量だ。生活魔法でも多少なら運べるとは言え、水の祝福を得ている者が手伝ってくれるのなら心強い。
「イワン、それが終わったら王都への街道、橋の向こう一つ目の分かれ道の辺りまでも、湖の水を撒いておいてくれ」
「承知した。ついでに川と山道の方もやっとく」
「助かる」
水運びに名乗り出た農夫に、追加で男は指示を出す。意図を理解した農夫はにっと笑って請け合った。
知らぬ者からは意味の分からない指示ばかりだが、この村の者たちは皆、心得ているとばかりに男の指示に従う。
王都より北にある小さな村、モーゲン。
ここに移り住んだ者たちは皆、元は戦乱期やその後の混沌の時代に第一線で活躍していた者と、その家族だ。
全員が、有事には率先して動くことが出来る者だ。モーゲンの村長を名乗る男が自らスカウトし、もしくは志願者を面接して受け入れを決めた。まだ幼い子どもたちはともかく、それ以外の者たちはこの計画的に作られた村の秘密を知り、納得した上でここで生活をしてきた。
それは、全て、来る日のため、に。
「……しかしさ。教えてやればもう少し安心しただろうに」
指示や確認の合間に、誰かがぽそっと呟いた。それに反応して何人かが苦笑する。
「いや、教えたらダメでしょう。グレンダ、申し訳ないとか言って逃げちゃうわよ」
「そうそう」
「うちの村長は過保護だからなぁ」
「リドさんも格好つけたいんだろうから、それは言ってやるなよ」
「……なんていうか拗らせてるよなぁ」
くすくす笑いと共に囁かれた言葉に、男は渋面になる。五十を過ぎているのに、思春期の少年みたいな言われようだ。
「誰が拗らせているって?」
「師匠、ほら、すごまない!……全然効いてないから」
男が好き勝手言っていた村人たちを睨んでみせれば、横にいた弟子に止められた。
ここに居るのは長い年月苦楽を共にした仲間だ。強面の男が睨んだところで笑って受け流すぐらいはしてみせる。
「イリアスの姐さんは今夜辺りにつくんだったか?」
「その予定だ」
宿屋のパウロが訊いた。
彼は元騎士だ。それも最前線で戦っていた数少ない生き残りの一人だ。戦乱期が明け、騎士団寄宿舎のメイドだったタニアと一緒になる際にリドルフィにスカウトされた。新しい村で警備をしながら宿をやらないか、と。普段は穏やかな宿の店主をやりながら、有事には体を張って家族や村の仲間を守る騎士に。その誘いに先に頷いたのは、パウロではなく妻のタニアの方だった。
「終わったらご馳走にしないと収穫祭じゃないって文句言われそうですね」
そう笑ったのは、酪農家のノトス。
ノトスは、元は騎士団の軍馬を専門に診ていた獣医だ。実家は大きな牧場で、馬に限らず他の動物の飼育も慣れたものだった。本当なら牧場の跡取り息子だった彼は、継ぐ予定だった牧場を戦乱期になくした。その境遇を知った男は、優秀な獣医を村の住人としてスカウトした。
「収穫は終わってるけど、お祭りをやった後にご馳走作るのかー、中々大変そうだよ……」
「大丈夫よー、みんなで作ればきっと楽しいわ」
「泣き言を言うんじゃないよ。いざとなれば酒さえあればなんとかなるさ」
グレンダの代わりに食堂を預かるリンが、うはぁとため息をつけば、その母親のハンナが笑う。しっかりせいと孫の背を叩いたのは祖母のミリムだ。
ミリムは戦乱期前にあった元々のモーゲンの村に住んでいた村人の一人だ。一人娘のハンナは元冒険者ギルドの職員。どちらの夫も現役時代は名を馳せた腕利きの冒険者だった。本当はハンナの夫、リンの父も一緒にこの村に来る予定だったが、戦乱期最後のごたごたに巻き込まれて亡くなっている。それでもリドルフィから乞われて、ミリムたちはこの村に戻ることを決めた。
他の者も、前職は元騎士だったり冒険者だったり。前線で戦っていた者もいれば、それを支える立場だった者だった者もいる。今の仕事とは関りはあっても、違う職についていた者たちだ。
この村を作ると計画したリドルフィ他数名から要請を受け、ある者は元の仕事の後継者を育て、ある者は村で必要になる技術を学び、それぞれに準備してからこの村に移り住んだ。
全ては、ここに聖女を匿うために。
人には為しえない、時間を操作し死をも覆す力を持つ聖女。
ただでさえ多くが亡くなり、失われた戦乱期の直後だ。
聖女の存在が知れたなら奇跡を願う人が押し寄せるだろう。
そしてお人好しの彼女は、人々に涙ながらに訴えられたなら、きっと己の命を削ってでも人々を救おうとしてしまう。視界に助ける必要がある者がいたなら誰であろうと手を差し伸べてしまう、それが聖女なのだ。
そんな彼女を守るなら、それこそ人の目から隠し、平和で穏やかな地で守られていると自覚させずに過ごさせるしかない。
「俺は、王城へ行ってくる。ジョイス、留守中の指揮は委ねる」
「了解です」
全て知っている仲間がいる。
男はそのありがたさに一度目を伏せ、それから皆の顔を見渡すと、一つ頷いて見せた。
「では、動こう。よろしく頼む」
集まっていた村人たちはそれぞれに返事をし、『最後の祭り』のために動き出した。
……最終話までリド視点では書けなかった理由がこの先もボロボロと出てきます。
そしておばちゃんに対してとてもとても過保護なのは……もう、何も言わないで(汗)




