祭りの準備1
この回より最終話となります。どうぞよろしくお願いいたします。
最終話は同じ小タイトルのまま三人称視点とおばちゃんの一人称視点を行き来します。
はじめは三人称視点です。
※公開翌日に検討の結果小タイトルを変更しました。失礼いたしました。
女の小柄な体を己の肩に寄りかからせるようにして片腕に抱き、逆の手には荷物の入った大きめの籠をもって男は階段を降りる。
食堂と店主の私室を分ける扉を開けば、食堂にいた者たちの視線が男に集まった。
「エマ、すまんが手伝ってくれ」
「はい!」
男が声をかければすぐに少女が駆け寄ってきた。察し良く出された少女の手に、男は籠を渡す。多少大きいがそれでも持てる大きさだ。男から籠を受け取った少女は両手でそれを抱えるようにして持つと、次の指示を待つように背の高い相手を見上げた。
「おばちゃん、寝てしまった?」
こちらを向いていた者たちを代表するように、次期村長の青年が訊く。
村長の男は頷きながら、籠を渡したことで空になった手で抱き上げている女の背を改めて抱え直した。
「あぁ。屋敷の方に寝かしてくる。話し合いを進めておいてくれ」
「了解。大丈夫、こっちは任せて」
「あぁ。エマ、行くぞ」
「はい」
心配そうな視線を集めている女は、返事をしない。
男はそんな女を大事そうに抱えたまま、大股で食堂の中をつっきり裏の扉へと向かう。
男の後ろを、籠を預かった少女がついていく。
その背中を『祭り』の打ち合わせをしていた村人たちが見守っていた。
二人が裏口から出ると、外は薄暗い。
少女が見上げた先、重めの雲が覆う空はもうすぐ雪が降り始める暗さだった。まだ積もりはしないだろうが、今夜辺りこのシーズン最初の雪がちらつくかもしれない。
無言のまま男は歩き、食堂の裏手にある自分の家へと入っていく。後ろをついていく少女は男が空けた扉を丁寧に閉めている分だけ遅れた。慌ててパタパタと追いかける。
木製の階段をしっかり踏みしめて男は先に二階へと上がっていく。いくつかある扉のうちの一つを開け、寝室へと入っていく。
「ありがとう。籠はそこのチェストの上に」
「はい!」
追ってきた少女に言って、自分はベッドの上掛けを退かすと抱いて連れてきた女をそこに横たえた。
気を失っている女はくたりとしていて為されるがままだった。
そんな彼女に男は丁寧に上掛けをかけてやり、少し考えてから彼女の頭を支えて上げ、髪を束ねていた髪紐を解いた。枕にふぁさりと広がった長い黒髪には所々白いものが混ざっている。それすらも愛おしそうに見つめてから男は改めて上掛けを掛けてやり、そうっと女の頭を撫でた。少し長くなった前髪が横に流れて綺麗な形の額が出てきた。
「エマ、俺はあっちに戻らねばならん。グレンダについていて貰えるか?」
低い声だが圧はない。少女が何かしなければならないことがあるなら断っても大丈夫そうな口調だ。
でも、少女は断ることもなくしっかりと頷いた。
「分かりました」
「何か用事で離れる時は、ミリエルをここにおいてってくれ。そしたら良いようにするはずだ」
「はい」
朝に託されてから少女の肩に乗っていた小さな精霊も、自分の名が出されたのを聞いて、こくりと頷いた。そのままぴょいと少女の肩から下りて、女の枕元へと移動する。無造作に広がっていた女の髪を小さな体のまま器用にまとめ、空いたところにちょこんと座った。そうしていると、良く出来た精巧な人形のようだった。
「……リドさん……グレンダさんは、また眠り続けるの?」
ベッド横を離れてチェストの方へときた男を見上げ、少女が訊く。
男は運んでもらった籠の一番上から白いストールを取るとまたベッドへと戻り、上掛けの上から眠る女性の胸元にかけてやった。
「……どうだろうな。意外とすぐ目が覚めるかもしれないし、またしばらく眠り続けるかもしれん。うちの眠り姫は気まぐれだからな」
困ったもんだ、と男は苦笑する。そうして戻ってくれば一度しゃがみ、目線を合わせてからその大きな手で少女の頭を撫でた。
「大人は準備で忙しくなる。エマはなるべくグレンダについていてやってくれ。リチェも戻ってきたらこの部屋に入れていいからな。二人が笑っていたら、つられて起きるかもしれん」
「……それ、リチェに言っちゃダメですよ。きっとここに居る間、ずっと騒いじゃう」
「それもまたあり、だ」
男の様子に少女の方が気を使ったのか、笑ってそんなことを言った。その気持ちを汲んだ男も、にやりと笑ってみせる。二人で笑い合ってからベッドに寝ている女をもう一度見る男は優しい目をしていた。
「夕方前には戻る。念のため、籠の中を見て足らなそうなものがあったら取りに行ったり調整してやってくれ。……頼むな」
「はい。頼まれました」
大丈夫です、と頷いて笑顔で頷いて見せる少女に、男は女の子は育つのが早いなと苦笑する。
この村に連れてきたばかりの頃は不安げな子どもの顔をしていたのに、今はもう頼ることのできる女性の顔になっている。それはここに来てからの日々の生活の中でそれだけ成長したということなのだろう。
では、行ってくる、と寝室を後にする男を、少女は笑顔で見送った。
そんなわけで最終話開始です。
途中おばちゃんがいないシーンをいくつも書かねばならない為、最終話については前書きにも書いた通り三人称と一人称の視点を行き来します。
なるべくepごとにどちらかに纏めますが、あまりにも分かり辛かったりなどありましたらすみません。
完結後にもう一度しっかり見直しを掛けるつもりです。
最終話。なんだか感慨深いですし、もうすぐ物語が終わると思うと少し寂しいです。
ここまでお付き合いくださった皆様に改めて感謝を。
残りもう少し、最後までよろしくお願いいたします。




