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願い18


 その朝は、リチェが起こしに来るまで、私は起きられなかった。

体が重く、あまりの怠さに、まるでベッドにずぶずぶと沈み込んでいく錯覚すらする。


「グレンダさん、大丈夫?」

「んー、ちょっと疲れてる感じがする。悪いんだけど今朝のごはんは、エマ、頑張れるかい?」

「うん。やってみるね」


 ベッドでなんとか体を起こした私を、エマが心配そうに見ている。


「リチェもてつだうよ!」

「そうしたら、リチェには違うことを頼もうかな」


 勢い込んで言うおチビさんに、私は笑って言う。なになに? とリチェが食いついた。

エマしかいない状態の厨房に、リチェまで入り込んだら大変なことになりそうだからね。


「ちょっと隣に行って、リドを呼んできてくれるかい?」

「わかったっ!」

「あぁ、寝巻から着替えてから行くんだよ……!」

「はーい!」


 返事はしたけど、着替えもせずにそのままパタパタと階段を降りていく音がした。大丈夫かな。外は寒いからせめて上着は着ていってくれるといいんだけども。


「グレンダさんはそのまま休んでいてね。ごはんも持ってくるから」

「ごめんね。ありがとう。ミリ、行ってエマを助けてあげて」


 チェストの上にちょこんと座っていた精霊が、こくりと頷いた。エマがその小さな体を掬いあげ、自分の肩に乗せる。

エマが部屋を出ていくのを見送ってから、私は、のそのそとベッドから這い出た。

額に手をやってみたが熱はなさそうだ。ただ、体が重い。倦怠感と鈍い体全体への痛み。

この感覚を、私は知っている。

今日着るものを出して、とりあえず靴下を履く。着替えるのはもうちょっと後だ。

やがて、どすどす重めの足音が聞こえてきた。


「グレンダ、入るぞ」

「どうぞ。呼びつけてごめんね」


 どうやらリチェは、自分で着替えた後、姉の手伝いをしに行ったらしい。

本当に子どもはあっという間に大きくなっていくね。少し前のリチェだったら、間違いなくリドルフィの足元にちょろちょろしていただろうに。

大股で部屋に入ってきた男は、ベッドに座って待っていた私のところまで来ると、まずはその大きな手を私の額に当てた。逆の手は自分の額に当てている。


「熱はなさそうだな。症状は?」

「体全体が怠く重いのと、熱がある時に似た背中とかの痛みが少し、喉とか鼻は大丈夫そうだから風邪ではないと思う」


 言いながら私は寝巻の袖をまくり上げていく。その様子をリドルフィがじっと待っている。

やがて肘の少し上まで出てくれば、私は腕を彼が見やすいように持ち上げた。

私自身からは上手く見えない場所にある神樹の葉。それを見つめて彼は目を細める。

少しの間、じっと見つめた後、彼は私の頭に手を置いた。


「わかった」


 低く、意識して静かに発音された言葉。

そのままゆっくりと私の頭を、自分の胸に抱き込む。私を包む彼の体が、呼吸に合わせてゆっくりゆっくりと揺れている。色々考えながら落ち着くために、わざとゆっくり呼吸しているのだと分かる、そんな動きだった。


「……まだ、あそこまでの色にはなっていない。まだ、もう少しは時間はある」

「そう……。見てくれてありがとう」


 彼の体温以外にもじんわりと温もりに似たものを感じるのは、きっと今この瞬間も彼が自分の魔力を私に少しでも分け与えようとしているからだろう。


「……色々準備は進めている。イリアスももう今日明日には帰って来るはずだ。大丈夫だ」

「うん」

「他のことも……」


 珍しく途切れた言葉に、私は顔を上げる。

彼は窓の向こうの湖を見つめながら何か真剣な顔で考えていた。


「リド?」

「……大丈夫だ」


 まるで自分自身に言い聞かせるかのように、もう一度、低い声で彼は言う。

それから視線を下ろし私を見ると、いつもの優しい目に戻った。


「……グレンダ、祭りをしよう。収穫祭だ。体がきついかもしれないが、頑張れるか?」


 気が付けば随分と秋も深まっていた。収穫も終わりに近づいてきている。

収穫祭は、毎年秋の終わりにやっている。

年間行事だから開催するのは決まっているけれど、開催日は収穫の進み具合にあわせて多少ずれる。

毎年リドルフィは村長として、祭りの日付を宣言する。ある意味その日までに収穫を終わらせてしまおうという宣言でもあるわけだ。


「えぇ。周りにかなり手伝ってもらわないと無理かもだけども」

「皆、喜んで手を貸すさ」


 収穫祭は、本格的な冬が来る前の最後の祭りだ。祭りが終われば静かな冬が来る。

彼がなぜこのタイミングで祭りの話をし始めたのかはわからないけれど、私が最期にやることとしてはいいかもしれない。


 私は一人にしてもらって着替えると、扉の前で待っていたリドルフィに一階まで降りるのを手伝ってもらった。

厨房で頑張っていたエマが心配そうにこちらを見ている。私は微笑んで、いつもの席に腰を下ろす。椅子に深く座った私に、リドルフィがストールとひざ掛けをかけてくれた。

エマとリチェ、それにリドルフィまで手伝って朝食の準備が進んでいくのを、少し申し訳ないような、でも、頼もしくも思う気持ちで座ったまま見守る。

四人で食べ始め、しばらくするとダグラスなど村の人たちも食堂に集まってきた。

彼らは私が座っている様子を見てちょっと目を丸くもしたけど、気配で何か察したらしい。特に何も聞かず挨拶ついでに、はい、と、少しずつ魔力を分けてくれた。


 その日、村長のリドルフィは朝食の席で収穫祭の開催を宣言した。

例年だと五日ほど先の日付を言うのだが、今年はたった三日後だ。何か考えがあるのかもしれない。


 リドルフィの言葉に応じて、さっそく話し合いを始める人たちを、私は少し遠く感じながら見つめていた。



今日、なんとなく読み返しをした後に家事をしていたら、ぶわぁっと唐突に色んなシーンが降りてきまして。

料理をしながら一人泣きそうになってる怪しい人に成り下がっていました。(汗)

他の作家さんもこうなのかな。本当唐突に何か降りてくるんです。

この先のまだ私自身がよく分かってなかったところとかも、まるっと全部回収した内容が降りてきて、あれ、全部わかってて私伏線はったっけ?みたいな。

なんなんでしょうね、この現象。


そろそろ最終話です。残り僅か、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。

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