願い13
翌日。
ダグラスに馬車に乗せてもらって王都に行くつもりだったのに、私はまた馬上の人になっていた。
手綱を握っているのは、言わずと知れた世話焼き壮年マッチョ。
ちょっとした買い物をして来るだけだし、ミリエルもいるから一人でも大丈夫だと言い張ったのだが、リドルフィどころかその場にいた全員からダメと言い切られてしまった。
悲しいことに体力面に関しては、今の私は全く信用がないらしい。
「……忙しいんじゃなかったの?」
「まぁ、それなりにな。でも、お前の買い物に付き合うぐらいの暇はいつだって作れる。代わりに少しだけこっちの用も付き合ってもらうがね」
「それは、もちろんかまわないけれども……」
「ありがとう」
いや、ありがとうと言わなきゃいけないのは、私の方だと思うのだけども。
先に言われてしまって、私はもごもごと「どういたしまして」とか言うしかなくて。こういうところがやっぱり敵わないと思うのだ。
「買いたいのは毛糸だけでいいのか? 他は?」
「ん-、折角だから市場も行きたい。もっと寒くなる前にあの子たちに追加の毛布を買わないと。後はお土産になりそうなのを何か見つけられたら、かしらね」
「少しかかりそうだな。昼はどこかで食べるか」
「そしたらアメリアのところに行こう。久しぶりに会いたいし」
「あぁ、それはいいな」
食堂は、毎度のことながらリンにお願いしてきた。頼り過ぎで申し訳ないって言ったら、「美味しいお菓子買ってきて!」だって。何がいいかな。折角なら村にないものがいいよね。
早めに出てきたかったが、昼や夕食の仕込みをやってから出てきたから、王都についたらお昼ちょっと前ぐらいになってしまいそうだ。
途中まで別行動するかと問えば、壮年マッチョはデートだから最初から最後までエスコートするとか言い出した。単なる買い出しじゃなかったんだろうか。デートは恋人同士でするものだと思うんだけど。
「場所的に、冒険者ギルドにまず行ってから、毛糸を見て、アメリアの店で昼食。市場で毛布見て帰るって感じだな。お嬢さん、デートプランはそれでいいか?」
「……お嬢さんじゃないし、デートじゃないけど、それが妥当かな」
背後から機嫌良さそうな笑い声が返ってくる。
つられて笑っている自分に気が付いて、私は慌てて唇を尖らせた。
気持ちのいい風が吹いていた。
冒険者ギルドでのリドルフィの用事は、あっという間に終わった。
用事はギルド経由での届き物がないかの確認で、結果を言うとイリアスからの手紙が来ていた。
星送りのすぐ後、故郷の森に行ってくると言って旅立ったエルフのイリアスは、その後一度手紙をくれた。元々筆マメなタイプでもないし、何よりエルフと人間では時間に対する考え方が違う。その彼女の割には気にしてくれているということだろう。
「あぁ、お前宛も入っているな」
その場で開封したリドルフィが便箋のうちの一枚を渡してくれた。
私はそこに書かれた文字に思わず渋い顔になる。
「どれどれ。『グレンダへ。もうすぐ帰るから、大人しく待っているように!』……大人しく待ってなかったなぁ」
「……あれは仕方なかったでしょ!」
横から覗き込んだリドルフィが書かれた短い文章を読み上げ、笑っている。
お説教されるかな、と私が言えば、されるな、と、リドルフィが頷く。否定してもらえなかった。
「そっちは何が書いてあるの?」
「んー、込み入った話だから後で話す」
私宛と違い、余白なく文字で埋められている便箋が数枚。少し難しい顔をして読んだリドルフィの言葉に分かった、と私は頷く。
リドルフィは読み終わって少しの間考えていたが、一度息を吐くと気持ちを切り替えたようで私の背を軽く押す。
「よし、デートだ、デート。行くぞ」
「だから、デートじゃないからっ!」
人の言うことを聞かない男は、ごく当たり前のように私の手を握って歩き出した。
顔見知りの職員が笑っているのを見て、握られてない方の手で、ぺちぺちと男を叩きながら冒険者ギルドの建物から逃げ出した。
冒険者ギルドのある広場から一本横に入った道を、のんびりした歩調でいく。
馬車や人が多く行き交う大通りに比べると、こちらは空いている。
小さな個人商店が多いその道を急かされないのを良いことにあちこち覗き、美味しそうなキャンディの入った瓶を見つけたので購入する。色鮮やかで見た目も楽しいそのお菓子は色ごとに味が違うそうだ。飴なら畑仕事の途中に舐めることもできるだろうし、何より長持ちもする。
折角だからリンだけじゃなくエマとリチェにも買ってあげようと個数を増やしたら、さりげなくもう一個横から追加された。
「誰の分?」
「お前のだな」
言って、リドルフィが当たり前のように会計を済ませてしまった。これぐらい自分で買うのに。
お菓子の袋を受け取れば、それも横からひょいと取られる。
「自分で持つのに」
「いいから持たせとけ」
そんないい顔で言われたら断れない。
微笑ましいものを見たような表情の店主に見送られ、気が付いたらまた手を繋がれていた。
上機嫌のリドルフィが行き過ぎそうになるのを引っ張って止め、いつか来た小さな手芸屋の扉を開ける。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
こじんまりとした可愛らしいお店は、前に来た時と同じように、店内いたるところに布地や毛糸がこまごまと飾られていた。壮年マッチョはその辺の物をひっかけないように入り口で待つことにしたようだ。
「おや、前にも来てくれた方だね。今度は何をお探しかしら」
小さな角がクリーム色の髪の隙間からちまっと見えている。可愛らしいおばあちゃん店主に言われて、私はちょっと嬉しくなる。
「あの時はありがとうございました。今日は帽子とか編もうと思って毛糸を探しに来たのだけども」
「これから寒くなるものねぇ。こっち側に毛糸いっぱいあるわ。どんなのを編みたいの?」
「女の子二人の分とあの人の分を。たくさん時間はかけられそうにないから簡単に編めると嬉しい」
視線でリドルフィを示せば、まぁまぁと嬉しそうにころころ笑う。
「家族の分なのね。んー、そしたらこの辺はどう? 太目の糸だからざくざく編めるし、色もいっぱい揃えてあるわ」
おいでおいでと手招きに呼ばれてそちらにいくと、籠にこんもり毛糸が入っていた。
おばあちゃん店主の言う通り、様々な色がある。なんだかその籠を覗くだけでもワクワクしてしまう。
「あぁ、とても素敵……!」
「好みの色はありそうかい? 出してみて良いからね」
「んー……」
本当にたくさんの色が揃っている。私は言葉に甘えて籠の前でしゃがみあれこれ手に取ってみる。ふんわり柔らかい毛糸だ。これで編んだらとても触り心地の良い帽子ができそうだ。
二人の分は雪の中でも目立つ色がいいね。元気なリチェは、たんぽぽみたいな黄色が可愛くてよいかな。エマの方は、もうちょっと落ち着いていて……あぁ、蜜柑色が見た目も暖かそうでいいかもしれない。
二つ選んだのを見て、横から覗いていた店主のおばあちゃんがうんうんと頷く。
「いいねぇ、柔らかくて可愛い色だね。旦那さんにはどうする? もうちょっと落ち着いた色が良いならこっちにもあるよ」
旦那じゃないと言おうとして止める。ちょっと困ったように入り口の方を向けば、笑顔のリドルフィがこっちを見ていた。なんだか照れくさい気分になって私は慌てて勧められた籠の方へ視線を逃がす。
その籠の中、目にとまった濃い目のオリーブ色とたまたまその隣にあった杏子色。こちらの視線を辿ったらしい店主が、この組み合わせいいわねぇと二つ出して差し出してくる。
「どうせなら自分のも編みなさいな。それぞれの帽子の縁に家族の色も一段ずつ入れるといいわぁ」
言われて思い浮かべる。それぞれの色の帽子の縁に三色のライン。被って笑っているリチェとエマを容易に想像できて私は頷いた。
「……そしたら、それぞれ二玉……ううん、五玉ずつ下さい。編めたら揃いのマフラーも頑張ってみるわ」
「うんうん、いいねぇ。ちょっと待っていてね、包むからね」
「はい、お願いします」
紙袋に入れてくれている間、私は入り口のリドルフィの方に戻る。
「いい色を選べたんじゃないか?」
「うん。付き合ってくれてありがとうね」
なにも、と、彼は軽く肩を竦めて見せる。
やがて、ガサゴソ音を立てながら大きめの袋を抱えて出てきたおばあちゃん店主に支払いをしようとしたら、またリドルフィに支払われた。……私もお財布を持ってきているのだけども。
「おまけも入れておいたからね、良かったら使ってね」
またおいで、と、わざわざ店の扉まで来て見送ってくれた店主に、お礼を言って歩き出す。
気が付けば毛糸の紙袋も当然のようにリドルフィが持っている。荷物持ちになってしまっている男を見て、ぽそっと「過保護だ……」と呟けば、なんだかとても優しい顔で微笑まれた。微妙に居心地が悪い。
そろそろお昼だ。アメリアは今日、店にいてくれるといいのだけども……。
結婚すると週末のスーパーの買い出しが夫婦のお出掛けになってたりしますよね。それをデートと言うか微妙ではあるけど、まぁ楽しいからいいか、みたいな。
なんとなくリドルフィはこういうの好きそうだなぁと思っていたり。
グレンダは頑なに夫婦でも恋人でもない!と主張しそうですが……。




