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願い11


 ゆっくりゆっくりと、日々は過ぎていく。

寝込んでいた間に随分と秋が深まってきていたようで、風が冷たい。


 カイルはあの翌日、一都へと帰って行った。

「また来ます」と言っていた表情はちょっと吹っ切れたようで、少し寂しそうだけどスッキリもしていそうだった。

「まさかあんなイケメンに慕われていたなんて、私も捨てたもんじゃないね」なんて言ったらリドルフィには大笑いされた。その笑いっぷりが酷かったので、遠慮なく脛を蹴飛ばしておいた。本当に失礼極まりないよね。


 リチェは、栗拾いをするとかでリンのところに遊びに行ってしまった。トゥーレや他の村のちびっ子たちと一緒にするのだろう。

エマは、学校が休みの日なので料理の手伝いをしてくれている。

今夜のメインは、根菜とカボチャをどっさり入れたクリームシチューだ。

先に処理してしっかり叩き挽肉にした鶏肉を、二人で一緒に丸めて肉団子にする。

自宅で調理する世帯も増えたとはいえ、村人の半分ぐらいは今も食堂で夕食を食べている。宿に泊まっている人が居れば、その人たちもここで食べることになる。

挽肉に塩コショウしてみじん切りのハーブと玉葱、小麦粉を混ぜたものを丸めているのだが、全員分となると結構な量だ。


「エマ、手が冷えたら遠慮なくお湯で手を軽く洗うんだよ」

「はーい」

「後でクリームも塗ろうね」

「ふふ、タニアさんがくれたクリーム、とてもいい香りだから好きなの。グレンダさんにも塗ってあげるね」

「そうかい、ありがとう」


 この手の作業は手の油も持っていかれてしまう。放っておくと肌荒れにつながってしまうからね。

夏場などはともかく、寒い時期になるとひび割れてしまったりして痛い。治癒魔法でも治せるのだが、私はもう魔法を使うわけにいかなくなってしまった。いい機会だし、本来はそう簡単に治癒魔法で治せるものでもないから、ごく普通の方法での手入れの方法をエマに教えてみたりしている。


「そういえば、エマ。あの時うちの見習いにって言ってしまったけれど、本当は他になりたいものとかやりたいことがあったりしないのかい?」

「……え」


 ふと、こんな風に話すタイミングももう多くないのかもしれないと思いついた私は声をかけた。

するとエマは驚いたように私を見てから、しばらく考えていた。その間もちゃんと手は動いている辺り、えらいなと思う。


「もし、あるんだったら遠慮なく言って良いんだよ。だからってうちから追い出すとかないからね」

「そんな風には思ってないから大丈夫だよ、グレンダさん」


 ころころと手のひらで肉団子を丸めながらエマが言う。


「……ここで過ごして、色々やらせてもらって、学校も行かせてもらっているけど……。私、グレンダさんが寝込んじゃっていた時にね、たくさんリンさんと話をしてね。やっぱり自分がこの食堂を継ぎたいって思ったの。フォーストンが懐かしくないって言ったらウソになっちゃうけど、でも、モーゲンが好き」


 最後の一個を丸め終わって、はい、出来上がり!と少女が笑う。ありがとう、と言って私はそれを用意していた鍋に丁寧に入れていく。大きな鍋の中にぽとぽと落ちていく肉団子。さっきの手つきからすると、エマもきっと私と同じように一つずつ美味しくなぁれ、なんて思いながら丸めていたのかもしれない。そこは特に教えなかったのに、ね。


「……リドさんから聞いたの。今はグレンダさん元気になって戻ってきてくれたけど、また倒れちゃう日が来るって」

「うん……」


 言われなくても少女はしっかり手をお湯で洗ってから、根菜を煮ている鍋をゆっくりゆっくりかき混ぜ始める。ちゃんと次に何をしなきゃなのか考えて動いてくれている。


「私は子どもだから、まだ一人でここの仕事全部は出来ないけど。たくさんリンさんとかハンナおばさんとかに手伝ってもらわなきゃだけど。グレンダさんのこの食堂は、私が継ぐよ。継ぎたい。それが、私がやりたいこと。……言われてモーゲンにきたけど、ここの見習いになったけど、ここでいっぱい色んなことを教わって、いっぱい知って、私もグレンダさんみたいにみんなにごはん作って待ってる人になりたいって、自分で決めたの。だから……だから……ね……っ」


 お鍋の方を向いていたエマが私の方を向いたと思ったら、ぎゅぅっと抱きついてきた。


「え、エマ、厨房でそんな急に動いたら……」

「グレンダさん、いなくなったらやだぁ…… 私、もっといっぱいお料理教わりたいし、グレンダさんがお料理できなくなった後は私の作ったごはんを食べてもらいたい。この先の冬も、春も、夏も、秋も、一緒に何が美味しい時期だね、何を作ろうって、たくさん話したいのに、いなくなっちゃったらできなくなっちゃう……」


 胸元に抱きついたまま、ぐず、っと鼻にかかる声でエマが言う。

私はどうしていいか一瞬迷って、とりあえず鍋の火を一度消してから、泣いている少女を抱きしめる。

本当、どうしようね。気休めでもいなくならないって言えたらいいのに。でも、確実に来る未来だと知っている以上嘘は言えない。この子を置いていくのが分かっているのに、ずっと一緒にいるよ、なんて言う方が不誠実だ。

 気が付いたら私の方まで視界が揺れていて、慌ててぱちぱちと瞬きをする。鼻の奥が詰まるような感覚に意識してゆっくり呼吸を繰り返す。その呼吸に合わせて、ぽん、ぽん、ぽん、ぽん、と静かに少女の背中を叩く。


「……エマ、自分の意思で継ぐんだって言ってくれて、ありがとう。この食堂はこの先も安泰だね」


 腕の中で身じろぎする子に申し訳なくて、そしてそれ以上に愛おしくて。

私はわざと明るい声でゆっくり言い聞かせるように話す。


「そうしたら、この先は出来る限り毎日違うメニューを作ろう。ノートを用意してさ。毎日一緒に作ったメニューのレシピを書いて行こう。私も忘れているメニューとかいっぱいあるから、自分のメモをひっくり返して確認しなきゃだね」

「グレンダさん?」


 顔を上げたエマに、私は微笑む。上手く笑えているといいのだけども。


「ほら、それじゃあ早速今日のから書いてみよう。ダグラスのところに行ってノートを貰っておいで。必要ならペンもね」


 行っておいで、と、少女の背中を押し出す。

泣いた顔の少女は私をじっと見てから、笑顔になってうんと頷いた。


「わかった。せっかくだから料理の絵も描けるように色鉛筆も用意してもらっていい?」

「あぁ、もちろん」


 やったー、とリチェみたいに無邪気に言って、少女が雑貨屋へ行く。それを見送って、私は上を向く。

……玉葱は切ってなかったはずなんだけど、困ったね。

誰も見てないから、もうちょっとだけこうさせておいてもらおうか。



料理の絵は何気に描こうとするととても難しいのですよ……

私は手書きしようとして諦めてミニプリンタを導入しました。文明の利器って偉大。

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