願い8
ここからまた元の時間軸です。
魔族の王シルバーに会った数日後。
私は、リドルフィの屋敷から食堂に戻った。
表向きは、皆が日々分けてくれた魔力で多少なりとも回復したからと説明した。
リンやエマに手伝ってもらいながら、無理のない範囲で料理を再開した。
……実際は、シルバーに返して貰った分で多少の余裕は出来たものの、状況は変わっていない。私の魔力の回復量は、神樹が奪っていく量を下回ったままだ。今は仮初の日常を取り戻せていても、そう遠くないうちにまた動けなくなる。
もう魔法は使えない。日常の細かな生活魔法すらも。使えば、その分残された時間が減ってしまう。
そう分かっていてもシルバーを呼び寄せて魔力を返させたリドルフィには、何か考えがあるのだろう。
情の深い人だとは知っているけれど、ただの延命のためだけに魔族を国内に招いたとは流石に思えない。
そうそう、あの日にシルバーより贈られたメイドなのだけども。
連れて帰るにしても馬に三人は乗れないと言えば、しゅるりと手のひらほどのサイズになってしまった。喋ることは出来ないようだが、こちらの言っていることは分かるし、意図を汲んで行動もしてくれる。私が生活するうえでの必要になる魔法を、替わりに使ってくれるのがとてもありがたい。
彼女を既存の分類に当てはめるなら、シルバーの使い魔ということになるらしい。
ただ、神樹の力を使うことで魔族ではなく精霊に近い存在へと昇華しているようだった。
何故そんな特殊なことをやったかと言えば、先日私が行った光の雨による村全体への浄化が理由だ。
あの時は、ただ村に瘴気が残ることを防ごうとしただけだったのだが、結果、今のモーゲンの村は強固な結界に守られている状態になっている。
つまり、魔族の使い魔ではモーゲンに入ることが出来ないのだ。
……だからと言って、私の生活のためだけに新しい精霊を生み出してしまうのはどうなんだろうね。
シルバーからは、この小さなメイドは、自我は持っていない。道具として扱っていいと言われたが、この見た目だ。
私は、この子にミリエルという名前をつけた。古い言葉で小さな宝石という意味だ。
小さくなってもシルバー同様とても美しい。しかも、この世に他にいないような希少な存在だからね。
呼び名は短くしてミリ、だ。
「あしたからおばちゃんとあさもいっしょ! ミリもいっしょ! おねえちゃんもいっしょ! おっちゃんもいっしょ……?」
「だいたい一緒だな。仕事で村から出掛けている日以外は朝ご飯もくるぞー」
「おっちゃんもあさごはんいっしょ! みんないっしょ!」
きゃー! と、嬉しそうな声が上がった。
さっきからリチェがでたらめな歌を歌っている。
寝間着などの荷物を、リドルフィが運んでくれたのだ。時期的に冬支度もあるから忙しいだろうにね。
「グレンダさん、本当に大丈夫? せめて夕食の仕込みの時間は手伝いにこようか?」
「来てくれたらありがたいけど、長いこと頼ってしまったからね。畑の方も今の時期はやること多いでしょう? 当分はやれる範囲でやってみるから大丈夫だよ」
私が動けない間ずっと食堂を守ってくれていたリンも、自宅に戻るために自分の着替えなどをまとめている。
本当にありがとうと改めて礼を言えば、照れたように笑っていた。本当いい子に育ったなあと、母親でもないのにちょっと誇らしくなる。
「それより、そのミリちゃんすごいねぇ。リドおじさん、ただ者じゃないと思ったけど、本当、そんな子どうやって手に入れてきたのかさっぱり想像がつかないよ」
「……そうだね。まぁ、リドが怪しいのは今に始まったことじゃないから」
流石に魔族から贈られたとは言いづらいので、ミリエルはリドルフィが手に入れてきたことにしてある。贈ってくれたシルバーも了承済みだ。
それにしても、リドの伝手だと言えば大概のことが納得されてしまうのはどうなんだろうね。
楽でいいけど、本当にこれで良いのだろうか。
「よし、それじゃ私は一度家に帰るね。グレンダさん、本当に必要だったら遠慮なく言ってよ?」
「はいはい。わかったよ」
何度も念を押すリンに、私は思わず苦笑する。
「リチェー! おばちゃんが大変そうだったら呼びに来るんだよ! エマは学校でいないこと多いから、リチェの役割だよ!」
「あいあい、りんちゃっ!!」
「くぅぅ、リチェ、やっぱり可愛い」
リンがリチェをぎゅーっと抱きしめている。リチェは大喜びだ。
そう、エマは久しぶりに学校に行っていて、今は村にいないのだ。
随分心配させてしまった上に食堂の手伝いを優先していたそうで、しばらく休ませてしまっていたのだ。今、その分を取り換えずために週三だったところを、週五で王都にある学校に行っている。雪が降り始めたら、また通うのが厳しくなってしまう。その前にまとめて学習している感じだ。王都の外から通っている子どもたちが、収穫時期や積雪のシーズンなどに休むことはままあるので、学校側も慣れているらしい。その辺りは柔軟に対応してくれている。
リチェを思う存分抱きしめて堪能した後、リンが帰って行った。
寂しがるリンに、「午後畑に手伝いに行く!」なんてリチェが約束していた。どうやら私が寝込んでいる間に二人はすごく仲良くなったようだ。
「ということは、午後はここにお前一人だけか。……書類持ってきて、ここで仕事するかな」
「別に一人でも大丈夫だよ? いるならお茶ぐらいは出すけども」
「俺がそうしたいだけだから気にするな」
こっちのマッチョも過保護っぷりが上がってないかね。
まぁともかく、こっちに戻ってくるとちょっとほっとするね。
私はこの食堂が好きだ。ここの穏やかな日常を愛している。
ここにまた戻ってこられたことが素直に嬉しくて……でも、それがほんの仮初でしかなく、次こそは本当に失ってしまう日常なのだと思うと少し切ない。
ただ、悲しんでばかりでは勿体ないからね。
残りどれだけあるか分からないけれど、これまで以上に毎日を大事に過ごして行こうと思う。
「……」
ふっと寄ってきた壮年マッチョが私の顔をじっと見てから、頭を撫でていった。
……今日ぐらいは、この人の好きなものをたくさん作ろうかね。食べた人が健やかに過ごせるようになんて祈りを込めながら。
メイドさん大きいままにしようかと思ったけれど、それだと調理場でお邪魔なのとおばちゃん大好きなリンが拗ねそうかなとこのサイズに。
おばちゃんの肩の上にめちゃくちゃ美形のメイド。結構シュールな光景だけどまあよし。
モーゲンの人たちは何気にかなり柔軟性があるので数日後にはごく当たり前に受け止めてそう。




