光の色4
ここまで懐古シーンです。
そうして、異例の話合いが始まった。
と言っても、主に発言していたのは魔族とエルフ、それに聖騎士。そこに時々、老魔導師と学者が口を挟むぐらいだ。
騎士二名と弓師は念のため周囲を見張り、上級司祭は白い顔のまま押し黙っていた。
得た情報をまとめてみると、神殿上層部はどの程度までかは不明だが神樹とここの奇妙な現象についての関係をある程度分かった上で、聖女をここに派遣していることが分かった。それも聖女の力をわざと削いだ状態で、だ。
神話と同じであるなら神樹は人の願いを叶える。その神樹を扱えるのは聖女のみ。
聖女を守る聖騎士たちを排除することで、聖女が神殿のいうことを聞くしかない状況を作り上げ、しかも聖女の存在を極力表舞台からは外している。
それが意味するところなど、政治に疎い者でもちょっと考えれば分かる。
一方、魔族はというと、現在の状況をある程度把握している者もいるらしい。
魔族には寿命という概念がない。力がなくなれば消え、逆に力があれば何年だろうと存在し続ける。
シルバーは、そんな魔族の中でもそれなりに長く存在し続けている者のようだった。
現在、魔族の国に存在している王と呼ばれる実力者は数人。彼自身の言葉を信じるならシルバーは王たちの次ぐ力の保持者だと言う。
そんな彼がなぜここに居たかと言えば、神樹が原因と知らぬ下っ端魔族たちが暴れているのを見ることに飽きたのと、ごく単純に美しいものを愛でたかったから、だそうだ。
この場合の美しいものとは、神樹の新芽と聖女である。
聞けば新芽が具現化する前から予兆を感じて現れそうなところを巡回して待ちわび、実際に具現した数日前から、ずっとここで飽きもせず眺めていたという。何日でも何カ月でも何年でも見ていられますね、などと笑う様子は筋金入りである。その言葉にエルフ剣士は心底嫌そうな顔で魔族を見、聖女を少しでも魔族の視界から隠そうとした。
話題の渦中にある聖女はというと、エルフに肩を抱かれたまま、ただただ神樹の若芽を見つめていた。
いつもなら彼女の保護者役をしている聖騎士が今も怒りを静かに燻らせているので、見かねたエルフが聖女を保護している感じだ。
「こちらは大体そんな感じですね。そんなわけでそろそろ戦争を終わらせましょう。馬鹿な雑魚たちが騒いでいるのを見るのにも飽きましたし、このままだと美しいモノに影響が出ます」
シルバーは、それはいただけない、と憂い顔で首を横に振る。
言っている内容にツッコミどころは多いが、一応は本心で言っているようだ。どうやら彼にとっては戦乱も娯楽に過ぎず、それよりも優先順位が高い神樹が出てきたからもう要らないということなのだろう。
「あぁ、戦いを終わらせることには全面的に賛成する。しかし、そちらは可能なのか?」
「えぇ、麗しの聖女に手伝って貰えばすぐにでも。降伏するつもりがありませんが、対等な条件であれば停戦協定云々面倒なこともそちらの要望に応じますよ」
「ふむ。言っていることが本当ならありがたい話ではあるのぉ」
「そうね、非常に胡散臭くはあるけれども。――、こちら側の調整はつけられるの?」
「少し準備は必要だが可能だ」
「なら、乗ってしまう方が良さそうに思えるわね」
エルフが頷く。
現状グラーシア王国側には、魔族の国を制圧するような力など残っていない。
対等な条件下での停戦はこちらからしたら破格の申し出だ。
「それで、必要だと言う――――の手伝いとは、どんなものだ」
「主に二つですね。一つは手伝いというより、やって頂かないと話が進まないこと、ですが」
にこりと笑んで魔族が言う。聖騎士が目で続けろと促した。
「まずは聖女にこの神樹を引き取ってもらうこと。このまま置いておくと我々とは関係ない魔物もどきも増え続けますからね、停戦しても濡れ衣を着せられそうな状況を残しておくのはよくありません。……それに神樹をそのまま置いておくと碌なことになりませんからねぇ。辺り一帯を狂わせ、この世界の力を吸い上げてしまう。そういうえげつないところも非常に美しいですが」
下手するとこの世界が滅びます、なんて物騒なことをさらりと言う。
「もう一つは?」
眉を顰めたまま聖騎士が更に続きを促す。
魔族は嬉しそうに聖女を見つめて続ける。
「聖女、あなたの一部を私にください」
「っ!!」
「あぁ、この言い方では人は誤解しますね。聖女の力の一部を私に分けて頂きたいのですよ。おとぎ話のように目や心臓を寄越せとかそういう話ではありません」
そんなことをしたら彼女の美しさが損なわれますからね、なんて言う。
そう言う問題じゃない、とエルフが文句を言った。
「私は、王となるにはほんの僅かばかり力が足りません。王にならないままでは戦いを終わらせるのに少しばかり骨が折れます。今、私に足らない分の力を聖女からもらうことで補いたいのですよ。……なんなら何年か後にお返ししてもいい。その頃には私ももっと力を得ているでしょうから」
「……それは、この老いぼれのではダメなのかの?」
「残念ながらあなた様のでは足りませんね。それに頂くならやはり美しいものが良いですから」
老魔導師の提案に、黒き麗人は首を横に振る。
「……あなたに力を分け与えたとして、私はその後でも神樹を扱うことは出来ますか?」
「――――?」
ずっと黙っていた聖女が小さな声で問うた。
エルフと聖騎士が心配げに聖女の方を向き、魔族はその心配は分かります、という風に何度も優しい仕草で頷いて見せる。
「えぇ、できますとも。あなたはこの世界が神樹に対抗するために生み出した存在ですから。逆に言えばあなた以外には今、これをどうにかできる者はいないでしょう」
「そう……」
「ただ、引き受けたら、あなたはゆっくりとその命を、この樹に吸われることになります」
「……っ」
黒き麗人がごく当たり前のことのように言った言葉に、誰かが息を呑んだ。
しかし、言われた聖女は「そう」と、小さく相槌を打つだけだった。
「神樹を大きく育ててはいけない。大地には置いておけない。……昔読んだ本で、本当は大きくなる種の木を小さな植木鉢で植えることで、観賞用に小さく育てる方法があるって書いてあったわ。……私は、その小さな植木鉢になるのね。」
「えぇ、その通りです。とても分かりやすい例えですね」
エルフと共に腰を下ろしていた聖女は、緩慢にも見える動きで立ち上がる。慌ててエルフが一緒に立ち上がり支えた。直ぐにでも歩き出そうとする聖女の肩を抱いて止める。
聖騎士も立ち上がり神樹と聖女の間に入った。魔族の方に鋭い視線を浴びせる。
「――――、待ちなさいっ」
「私以外の者が植木鉢になることはできないのね?」
「えぇ。……中にはほんの僅かの間であれば可能な者もいるでしょうが、力量が足らぬ者であればほんの数日、いや、数時間ももたず神樹は再び大地に根を下ろすでしょう。また、その者の性質に神樹は染まります。光の力を帯びているあなたならともかく、場合によってはそれこそ即座に世が滅びますね」
「……もしかして、さっき言っていた魂の『色』とやら、か?」
「ご明察です。力量は足りていても我々がこれをどうにもできないのは、その所為です」
老魔導師がなるほど、と頷いた。
「……でも、そんなことをしたら――――はどうなってしまうのよ」
エルフの言葉に、魔族は答えなかった。
「……――――、お前一人が犠牲になる必要はない。そこの魔族が言う方法以外にも何か手はあるかもしれないし、国中の光属性の者をかき集めてもいい。お前が一人で背負う必要はない」
「わ、私も光の属性をもっています。私が引き受けられるのはほんの僅かでも、すぐに次の者へ引き継げば……!」
それまで黙っていた上級司祭が悲痛な声で名乗り出た。
「……神樹を宿すってことは、神話のように奇跡も起こせるようになったりするのでしょうか」
「えぇ、出来るでしょう。宿した者の力と引き換えにはなるでしょうが」
聖女がエルフの手をそうっと払い、一歩前へと進む。
「シルバー、あなたに私の力を渡せば、本当に戦いを終わらせられるのね?」
「えぇ、約束しましょう」
もう一歩、前へ。
そこで聖騎士が聖女を抱き留めた。
「待て、――――! それだとお前が死んでしまう」
「でも、すぐではないのでしょう?……それに、もうすでにたくさんの人が亡くなったわ」
「だからと言って……」
「……私は、もう、誰かが死ぬのを見たくないの。何もできずに死なせてしまうなんて嫌なの」
俯いたまま、聖女が囁く。
声は次第に揺れ、嗚咽が混ざった。
「もうこれ以上は無理だ、助けてくれ、殺してくれなんて言う姿を見たくない。誰も死なせたくなんてないのっ ――、あなたが誰かを殺すところなんて見たくないのよ……っ!!」
「……っ」
小さな体を震わせ、叫ぶ聖女の勢いに。
聖騎士の背中が震えていた。
「お願い、――、どいてちょうだい」
「……」
力を緩めた聖騎士の腕を抜け出して、聖女は神樹の前へと進む。
そして、黒き麗人を見て、言った。
「……私、聖女グレンダがこの神樹を引き受けます。シルバー、戦いを終わらせましょう。」
涙に濡れた瞳は、真直ぐに揺らがなかった。
シルバー、見事に変態枠を獲得。(汗)
物語冒頭部で、さも何も知らないようにおばちゃんは語っていますが、あれは表向きの話。
このシーンの後にリドルフィ達がシルバーと手を組んで頑張った結果の停戦だと知ってはいるのですが、その時の紆余曲折は、彼女自身が神樹を受け止めた負荷で眠り続けていた間の出来事である為に詳細を知りません。
そろそろ懐古シーンで名を伏せてる必要もなくなってきたので明かすと、
聖騎士=リドルフィ、聖女=グレンダ、エルフ=イリアス、老魔導士=ケレスティヌス、弓師=イーブン、騎士の一人=ラムザ、でした。他は既出外キャラ。
ケレスティヌスは第3話で出てきた魔導士ロドヴィックの師匠。
ついでに明かすと第3話の遠き日の1で初めに戦ってた二人のうち片方は亡くなった聖騎士の一人、もう片方はのちの騎士団長ランドルフ。その他聖騎士の養成校で一緒だった少年たちのほとんどは戦乱期に亡くなっています。
次より元の時間軸に戻ります。




