食堂のおばちゃん1
今朝は快晴。
夏というにはまだ早い。
しかし昼になれば暑くなるのだろう空を窓越しに見上げ、私は小さく息を吐く。
どうやら今日もまた忙しくなりそうだ。
村の名前はモーゲン。
古い言葉で「朝」「夜明け」を意味するらしいが、東から北にかけて緑豊かな山脈があるおかげでこのあたりでは一番朝が来るのが遅い。
村名を付けたやつはよっぽどの皮肉屋か、ひねくれ者だったのだろう。
王都から大人の徒歩で三時間ほど。
馬などを使えば一時間かそこらの距離は、街道から若干離れはしているが旅する者たちの休憩場にちょうどいいらしく、それなりに人の出入りはある。
あわせて二十世帯ほどの小さな村の中央には、広場を囲む形に小さな教会に集会場の他、雑貨屋や宿屋、そして食堂があり、行商人や旅人、冒険者などが滞在している。
村の周りは山と森、ぽっかり丸い湖。後は農地や牧草地と長閑なものだ。
そんな、どこにでもありそうな村。それがこのモーゲンだ。
「おばちゃん、治癒魔法使えるって本当っ!? ちと、こいつどうにかして……!」
店の扉が乱雑に開き、まだ年若い剣士が仲間を一人担いでやってきた。
その様子を見て眉を顰める。
そんな開け方をしたら扉が傷むじゃないか。
「何やったんだい? というか、扉は丁寧に開けてちょうだい」
料理の仕込みをしていた手を止め、水魔法を使って軽く手を洗えば前掛けでそれを拭く。
厨房から食堂へと顔を出せば、ここ二週間ほど村に滞在している若者たちだった。
駆け出しの冒険者たち。
村の裏側の森を少し行ったところにある沼にこの時期やたらと湧く大ガエルの討伐依頼できてもらっている。
「えらく泥だらけだね。いったいどう……って、目回してるじゃないか」
少年に聞きながら、その背に背負われたもう一人を覗き込む。
どちらも少年からやっと青年に片足つっこんだぐらいの若造だ。
まだ冒険者というより、悪ガキって行った方がしっくりくる、そんな年頃。
「いやぁ、アレフのバカが、どしゃーっとカエル斬った時にさぁ」
「……すみません、グレンダさんっ!! 僕が説明します!!」
もう一度扉が開いて、今度は二人よりやや小柄な少年が飛び込んでくる。
こっちは泥だらけではないが、無理やり走ってきたのかかなり息が上がっている。
近くまでくればはぁはぁと息を切らせながら腰を折って膝に手をつき中々苦しそうだ。
説明役が到着したことに、私はほっとする。
だって、どしゃーとか言ってる様子からしてまともな説明が貰えると思っていなかったからね。
「お、クリス、早かったじゃん!」
「早かったじゃん、じゃないよ……! グレンダさん、イエローフロッグの沼に青い斑点のあるカエルが混ざっていて、アレフはそのカエルを倒した後暫くして気を失いました。外傷は左腕のひっかき傷と後はかすり傷のみ。その場で止血済みです。出血はほとんどないんで毒か何かだと……」
息を切らしながらもきっちり必要事項をまとめての説明に、一つずつ相槌を打ちながら聞いて。
こっそり心の中ではクリスに、よくできました、なんてねぎらいの言葉を一つ。
「そうそう、だから、ちょちょいと怪我の治療と解毒をしてもらいたいなぁーっと」
「とりあえず、そこの椅子に座らせていいから診せてちょうだい。……やれやれ、床が泥だらけじゃないか」
「後でバーンが掃除します!」
後からきた少年がペコペコ謝りながら、先に来た若者の名を出し言い切った。
バーンと呼ばれた青年はしょうがないなーとか言いながら気絶している仲間をベンチに座らせ、そのまま支える。
私はと言うと気絶してる少年の脈を簡単に計り、患部を確認し……。
いや、やらなくても説明的にもう結論は出てたのだけどね。
「ん。ダグラスの店に行って、朝露草とルコの実の薬を買って飲ませな。そしたら自然と目を覚ますから」
「え、おばちゃんが治してくれるんじゃないのかよ」
「バーンっ!」
「おばちゃんは店の仕込みで忙しいんだよ。というか、これぐらいで魔法に頼るんじゃないの。青の斑点ってことはハイフロッグだろ。事前の説明で時々アレもいるって聞いてたんじゃないかい?」
事前勉強が足りてない、と、かがんだ姿勢で仲間を支えていたバーンの方にゲンコツをおとした。
どうせ、この分だと、前衛二人がちゃんと話を聞かずにつっこんでしまって、後衛のクリスが一人でフォローしきれずにこうなったのだろう。
すみません、すみませんと何度も謝ってるクリスに、苦労するねと労ってから、バーンに気絶している少年アレフをそのままベンチに寝かすよう指示を出す。早速アレフを寝かしたバーンは自分も一度座ろうとしたが、容赦なく雑貨屋へと急き立てた。
バーンが不満たらたらに扉から出ていくのを見送って、今もまだアレフの横で不安そうな顔をしているクリスに座るように促す。
「クリスはそこでちょっと待ってて」
そう言って厨房へと向かえば、コップにはちみつ漬けのレモンを水で割ったものと小瓶の中身を注ぎ、小さく呪文を唱えてから出してやる。
「飲んでおきなさい。魔力切れ寸前じゃないか」
「……ははは」
小柄な少年が、ばれてますね、と苦笑する様子に、私は労いを込めてぽんぽんとその肩を軽く叩いてやった。
世話焼きおばちゃんは口が悪いイメージがあるのは私だけでしょうか。
まだ手探り状態での見切り発車なので文章が暫く定まらないかもです。ご容赦を。