光の色1
これより少しの間懐古シーンになります。
揺れが収まったのは、かなり経ってからだった。
いや、あれは揺れというより、ズレとかブレと表現した方が良いのかもしれない。
どちらにせよ、その場にいた者はそれが終わるまで動くことも出来ず、ただ待つより他なかった。
そこは、戦乱の初期に戦いがあった場所。
位置的には王国の北西部。魔族の国との国境に近い。
大魔法を使われた所為で、地面が大きく抉れている。
元は、小さいけれど人の出入りも多く賑やかな宿場町だったそうだ。
ヴェルデアリアと同様、ある日突然魔物が大挙して押し寄せ、そこにいた人々は碌な防戦も出来ぬままに蹂躙された。自警団はあったが襲撃が夜であったことも災いして、ほんの数時間ももたなかったという。
街の名残すらも消してしまうほどの魔法が使われたのは、それからしばらく後のこと。
そこに居ついてしまった魔物の大群を片付けるため、王都より派遣された魔導士の一人が浄化も兼ねてこの地を焼いた。
本来であればもっと違う手段を用いただろう。しかし、王国には余力がない。乱暴なやり方だと理解しつつ、魔法一つで終わらせることを選んだ。
後には、ただ真っ黒な地面だけ。何も残らなかった。
その地に何か奇妙なことが起きている、と知らされたのは戦乱が常になってそろそろ十年が経とうという頃。
知らせが来てすぐは、そこに魔物らしきモノが増えていたことから、新たな魔素溜まりが出来たのだと判断されていた。元戦場や大魔法が使われた場所は魔素溜まりができやすい。ここについてもその類だろう、と。
しかし、調べてみると何か様子がおかしい。
そこに現れるようになった奇妙なモノたちは、人を襲わないのだ。にもかかわらず、どう見ても自然に発生した獣などには見えない。その姿は魔物に酷似している。しかも、その奇妙なモノたちが徘徊する領域は徐々に広がってきているのだ。
その異常さに、神殿はその地の本格的な調査を行うことを決定した。
調査員として抜擢されたのは、聖女とその護衛。
王国内に残っている、現状もっとも力のある者たちがその地へと送りこまれたのだった。
その奇妙な揺れの中、聖女は仲間たちを守っていた。杖を己の前に突き立て即席の結界を張り、耐えている。杖を握る手は真っ白く血の気を失っていた。
ここに徘徊するようになったモノたち同様、奇妙としかいいようのない揺れだった。
地震のようでありながら、もっと異質で、揺れるというよりブレるとか、ズレるとかの言葉の方がしっくりくる。空間を無理矢理ゆがめられているような感覚。本来人が知覚できないはずのものを、無理矢理感じさせられているような違和感と気持ちの悪さ。
聖女自身が知っている中で一番近いのは、王城にある神樹の森から出てくる時の感覚だろうか。
時間感覚すら狂いそうなその感覚が止まったのを確かめて、聖女は唱え続けていた呪文を止める。
術による疲労でずるりと崩れ落ちそうになれば、そのすぐ横にいた聖騎士が慌てて聖女の華奢な体を支えた。
「今のは、いったい……」
「……」
エルフの女剣士が説明を求めるように呟く。
しかし、答えられる者はいなかった。王宮から調査のためについてきた学者も、その知識量から星芒の魔導師と二つ名を持つ魔導士も。神殿を代表してきた上位司祭も、そして、咄嗟に結界を張ることで皆を守った聖女や、その守護者である聖騎士も。
「わからぬ。少なくとも今の王都の魔導宮にはこのような現象についての記録は残っておらん。少なくとも、わしは知らん」
「残念ながら私も分からないです。王立図書館の蔵書にもおそらくないでしょう」
老魔導師が緩く首を横に振り、それに同調するように学者が頷く。
一人、肩で息をしながら聖騎士に支えられている聖女も、無言のまま首を横に振った。
「……私もこんなのは知らない。皆より長く生きているけど、こんなの初めてだよ。ただ、歓迎できない何かが起きているのは確かだろうね。……風が、止まってる」
仲間たちから答を得られなかったエルフは、そう言いながら厳しい顔で辺りを見渡す。
彼女は同族の中ではまだ年若いらしいが、それでもこの中では最年長だ。好き勝手に振る舞っているようでありながら、時に個性の強いメンバーをまとめ導くような発言もする。それは、本人は認めたがらないが年長者ゆえの配慮なのかもしれない。
「あぁ、音も消えているな」
じぃっと辺りを伺っていた弓師が言った。一行の中で最年少の彼は、冒険者ギルドからの派遣だ。
「本当。私たちの声以外に、音がしない……」
やっと息が整ってきた聖女が、ぽそ、と言う。
皆が不安そうな顔で辺りを見渡す中、ふっと、聖騎士は顔を上げた。
聖女をエルフに託し、大きく穿たれた大地の中心部へと視線を走らせる。
「――、結界の用意を!」
聖騎士は、上級司祭を名指しで鋭く言う。
弾かれるようにして上級司祭が詠唱を始める。
若干遅れて弓師が姿勢を一段低くし、聖騎士が見ている方に向かって矢をつがえた。
「何がおる?」
「黒い、影のような何かが」
わしにはまだ何も見えん、と言いながら老魔導師も杖を構える。騎士団より派遣された二人の騎士もそれぞれに剣を構えた。後衛である魔導師や上級司祭などを守る立ち位置に、じりりと立ち位置を変える。
「……おそらく魔族、だろうな」
「こんなところに……」
エルフが顔を嫌そうに顰める。
「我々でなんとか出来る相手なら良いのですが……」
「どうだろうな。どちらにせよ、俺らでどうにかするしかないんだろうが」
魔族と言っても強さはピンキリだ。数人の冒険者で倒せた魔族もいれば、歴史の中には騎士団の精鋭を一軍率いても敵わなかったような魔族もいる。
今のグラーシア王国には、もう大規模な派兵を行えるほどの余力は残っていない。ここに居るメンバーは言ってみれば王国最後の砦であり、現状もっとも解決力を持った集団だ。それを皆重々知っているから、こんなところにいる。
「……待って。何か、様子がおかしいわ」
どう仕掛けるか、どう対処するか、それぞれに考え始めた時、それを制止するように聖女が言った。
件の魔族らしき者からは距離がある。見えているわけではない。
だが、この中で誰よりも魔力の気配に敏いのは聖女だ。
護衛役として横にいたエルフ剣士から離れて、聖女はゆっくりと前へと歩き出す。
「――――?」
名を呼ばれて、聖女は一度振り返る。
「ここに居るモノたちは、まだ私たちを攻撃してきていない。私たちは調査しに来たのであって、ここに居るモノを無差別に滅ぼしにきたのではないわ。……それにね、なぜだか分からないけれど、大丈夫な気がするの」
だから、私を信じて。
彼女は、そう微笑んだ。
聖女=過去のグレンダですが、食堂のおばちゃんになる前なので口調がまだあまり砕けていません。
割と丁寧できれいな娘さん口調です。
おばちゃんが今の口調になったのは、食堂のおばちゃんになると決めたところから。
食堂の店主なるにあたり、子どもの頃に見たどっしりと店に構えてて動じなさそうな肝っ玉母ちゃんキャラを思い浮かべた結果が今のおばちゃん口調です。
なので、リドルフィと二人だけの時などはたまに娘さん口調に戻ります。




