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願い7


 『魔族』。

魔という言葉が付いている所為で魔物の仲間と誤解されそうだが、族とついている通り種族の一つだ。

魔物よりも、そして獣などよりも、ずっと人に近い。

普通に会話もできるし、姿形も人に近いものが多い。

『人』に分類される種族に比べ、著しく魔力や腕力に秀でているため、『人』とは別物と扱われている。

魔族内は純粋な力関係で立場の上下が決まる。婚姻という概念が存在せず、子もなさない。既存の魔族が気に入った魔物などに力を与えることで新たな魔族が生まれる。魔族に気に入られた結果、魔族から力を与えられ、『人』から魔族になった者も過去にはいたようだ。

 外部から力を与えられることにより生まれ落ちるところは、魔族も魔物と同じだが、一つ決定的な違いがある。

魔物はベースとなったものがなんであれ意思の疎通はできないが、魔族とは会話することが出来る。状況次第では交渉も可能だし、友となった例もある。


 そんな魔族の中には、稀に桁外れの魔力を持つ者がいる。

それが『王』。

『王』と呼ばれているが、どこかを統治しているわけではなく、単なる階級のようなものなのだそうだ。

ただ、その力は絶大であり、結果として彼らはある程度の発言権を持っている。

時に、迷走していた十年にもわたる戦いを終わらせることができるほど、に。


「久しぶりだな、シルバー。変わらぬようで何よりだ」

「そちらは随分と老いましたね、リドルフィ」

「あれから二十年経ったからな」


 リドルフィにシルバーと呼ばれたこの魔族も、『王』の一人だ。

人に近い姿を好んでする。顔立ちもそのスタイルも、絶世の美男と言って差し支えない。男性のかたちをとっているが性別はない。そちらの方が彼の好みだったというだけだ。

ちなみにシルバーという呼び名も本名ではなく、その容姿からとった仮称だ。

美しいものが好きだと言い切り、好んだものはコレクションしたがる。逆に一度でも醜いと感じたものには興味がなくなる。生き物に関して言えば、その判断基準が容姿など目に見えるものではなく、彼がいうところの魂の色にあるところは幸いか。見た目でそんなジャッジを下されては全く救いがない。


「しかし、元々いた番犬以外に更に増やしたとは。守護者とはまた懐かしいものを飼いならしていますね、グレンダ」


 さりげなくリドルフィを番犬扱いし、蒼き風に対しても似たような言い方をして魔族の王は、にーっと笑う。心底面白がっている顔だ。

応接室の入り口から、ゆったりと魅せるような歩き方で近づいてくる。

蒼き風がシルバーを警戒してじっと見つめている。耳がピンと立ち、腹ばいに伏せていてもいつでも飛び掛かれそうな、そんな気配を滲ませている。それでも唸り声を出したりしないのは、彼がリドルフィの客人だと分かっているからなのだろう。


「どちらにも対しても失礼だから番犬呼ばわりは訂正してちょうだい。お久しぶりね、シルバー。……私はこんな状態だから、このままで挨拶するのを許して」

「えぇ、かまいませんとも」


 正直なところ、最後に会った時に再会を約束したが、まさかこんな形で再び会うことになるとは思ってもいなかった。

こちらのいるソファのところまで来ると、魔族の王はゆっくりと膝を折る。

私の前で跪き、芝居がかった仕草で顔を上げる。私の結んでいない髪を一房掬い取りそれを口元に近づける。髪先に口付けた。


「我が愛しき聖女が呼んでくれるのであれば、どんな姿、どんな態度だろうと、私はかまいませんとも」

「……お前のじゃない」


 その様子を見ていたリドルフィが嫌そうに言い切った。


「貴殿のものにもなっていないでしょう?」


 口付けたその姿勢のままで魔族が言う。

なんだか見えない火花でも散ってそうな気配に、ぼふりと大きな尻尾が二人の絡んだ視線を切った。なぜそこで火花散らすのか分からない。こんな巨大みのむし状態のおばちゃん相手の取り合いなんぞしても楽しくないと思うのだ。私の代わりにツッコミを入れてくれたような狼に、ありがとうの意を込めて私は自分の膝の上に戻ってきたふかふか尻尾を撫でた。……この狼は私の精神安定のためについて来てくれたのかもしれない。


「まぁ、挨拶はこれぐらいにしまして。……私を呼んだのは、返させるためでしょう?」


 私は蒼き風の尻尾を撫でながらリドルフィの方を見る。彼をここに呼んだのは私ではなくリドルフィだからね。リドルフィがゆっくりと頷くのを見て、なるほど、と私は納得する。


「あぁ。……今のお前ならあの分を返したところで問題はないのだろう?」

「えぇ、それはもちろん。それこそ二十年もありましたからね」


 当然です、と、シルバーが頷く。


「しかし、ただ返すだけでは私がつまりません。借りを返す立場ではありますが、多少は面白みがないと」


 それに、と、続ける。先ほどリドルフィをからかっていた時よりも美しく微笑む。あまりに整いすぎていて凄みまで滲ませるその笑みは、獲物を狩る獣のよう。

笑みを向けられた私は、目を細める。


「今のあなた相手なら、借りを踏み倒すことも無理ではなさそうですし」

「……でも、そんなことはしないでしょう、あなたは」


 挑発するように言う魔族の王に、私は手を伸ばす。


「だって、あなたの美学に反するもの。違う?」

「えぇ。その通りですね、我が聖女」


 差し伸べた私の手を、彼は下から掬いあげた。

私はそのままの姿勢で、あの時と同じようにしっかりとシルバーと目を合わせる。感情の分かりづらい瞳のない目に、随分とやつれた自分の姿が映っていた。それでも彼の目には適ったのだろう。

シルバーは己の手に乗せた私の手の甲にごく自然に口付けた。


「聖女グレンダ、あの時あなたに借りた力は返しましょう。……その上で再度提案します」


 私はシルバーが口付けた自分の手を見つめる。

緩い仕草で手を引っ込めれば、ぶかぶかのシャツがその手の甲を隠した。


「こちらに来ませんか。我が花嫁となるのであれば、背のものがいくら育とうとも朽ちさせはしないと私が約束しましょう。それに、あなたの持つ力を人の国で隠すのは容易くない。でも、我ら魔族の中でならいくらでも隠しようがあります。窮屈な思いをせずに好きに生きることも出来ましょう」


 私は小さなため息とともに、大き過ぎるシャツに包まれた手を自分の胸元に戻す。


「あの時も、同じ言葉を貰ったわね。そして私は人の中で生きることを選んだ」

「えぇ」

「今回も同じよ。私は、人だからこの国で生きたい。……それに」

「それに?」

「二十年の間に大切なものがたくさん増えたから、もう、こちらを離れられないわ」


 私が緩く首を横に振ると、魔族の王はしばらく私を見つめてから一歩後ろに引くようにして立ち上がる。


「やはり、あの時に無理にでも攫ってしまえば良かったですね」

「それもあなたの美学には反するでしょ」


 肩を竦めることを返事として、黒き麗人は一度目を閉じる。

人が使うものとは違う呪文を唱え、己の胸へと手を当てる。ゆっくりと自らの中へと指を差しこみ……中から何かを掴み出した。私の前に、それ……黄金に輝く珠を、差し出す。


「さぁ、どうぞ、聖女グレンダ。あの時あなたに頂いた力をお返ししましょう」


 そう言いながら瞼を上げたシルバーの目は、先ほどまでと違い青みがかった銀になっていた。


「ありがとう。」


 受け取ろうとした私を、リドルフィが一度止める。

なんだろうと思い目で問えば、私のシャツの腕をまくり始めた。丁寧に折りたたむようにして肩までを露出させる。来る前にしていたことを思い出し納得する。神樹の様子を確認するためのこの恰好だったらしい。


「……それを目にするのも久しぶりですね。あぁ、なるほど。もう枯れかけていたのですね」

「……」

「今、その力をあなたの中に戻しても長くはもたないでしょう」

「えぇ、分かっているわ。……それでもね、待ってろって言う人が何人かいるから。私は待っていないと」


 私もリドルフィも口にしなかった言葉を、魔族の王はさらりと言ってのけた。

私は今度こそ手を伸ばし、黄金色の珠を受け取る。

両手で包むようにして持ち、ゆっくりと胸元にそれを押しあてる。

リドルフィもシルバーも、そして蒼き風も皆、私を見ているのが分かった。

胸の内側に、静かに、静かに温かいものが入っていく。熱くはない。体温より僅かに高いぐらいのそれが体中に溶けていく。息を吐きながらそれをゆっくりと己の中に染み渡らせていく……。


「グレンダ。一つお願いがあるのですが」


 過去の自分がシルバーに渡した力を自分の中に戻しきってしまうと、少しだけ体が楽になったような気がした。


「……何?」

「それを、一枚ください」


 そう言って、シルバーが私の剥き出しになった腕に手を伸ばした。

意図が分からず見ている間に、黒き麗人はまるで花でも手折るようにして私の腕から、一枚の葉を取ってみせる。私の背を中心に実体を持たず肌の模様のようになっている樹から、一枚の葉だけ実体化させていた。


「……そんなことが出来るものだったの?」

「えぇ、私ぐらいの力があれば。ただ、むしったからと言ってあなたへの影響が減るわけではないですよ」

「とる前に言え」

「言ったらくれないでしょう?」

「当たり前だ」


 シルバーは機嫌よさげに葉を見つめる。

色は極淡い薄緑。透明度の高い宝石のように向こうが透けて見える。


「神樹の葉。言い伝えの通りであれば、それで願いを叶えられるのよね?」

「えぇ。なのでこうします」

「……え」


 魔族の王は、無造作にそれを口に運び、舌の上に乗せる。そのまま唇を閉じればごくりと嚥下した。

黒い手を己が首に当て、恍惚とした表情を浮かべる。


「あぁ、いいですね。とても」


 その様子に、リドルフィと蒼き風が警戒を強めるのが分かった。

私は相変わらずリドルフィの膝の上で何もできず、小さく揺れる魔族の王を見つめている。


「……あぁ、別にそんな怖がらなくても良いですよ」


 シルバーはそう言うと、もう数歩こちらから離れる。離れたところでゆっくりと自分から何かを引きはがした。


「……魔族が分身するという話は聞いた覚えがないんだが」

「でしょうね。普通はしませんから」


 シルバーが引きはがしたものが黒い人の形をとる。男性の姿を取っているシルバーに対して、そちらはサイズも小さく女性の姿のように見えた。初めは真っ黒だったその姿が、人と同じ色彩を取る。王都で見たメイドと同じような格好で……顔を上げれば間違いなくシルバーが作ったと分かる美貌だった。


「グレンダ、それを連れて行きなさい。今度は私があなたに貸しを作るので、いつか必ず返しにきてください」

「シルバー?」

「ただ力を返すだけ終わっては、つまらないですからね」


 魔族の王は、ふふっと形の良い唇で笑った。

私は、どうやら魔力を返して貰う代わりに、メイドを押し付けられたらしい……。



蒼き風もですが、シルバーも口調に悩みます。

こういうところに知識差ってでるんだろうなぁと。

昔読んだものとかを参考にと思うのですが、記憶の海のかなたにどんぶらこされてしまっていて、いざ使おうと思うと断片しか出てきません。(涙)完結した後にやれそうだったらある程度勉強した上で、独特な喋りをするキャラたちのセリフを整え直したいところ。


シルバーが魔力を渡す時に、迷った末に上のようになりましたが、実は自分の腕をもいだり目玉を出してグレンダに食べさせるという案もありました。

でもR15指定していないし、そういうぐろいのはきっとこの物語の読者さんは求めてないだろうなぁと。

戦闘シーンや懐古でもですが、基本は流血沙汰等は書かずにいます。死に対しても敢えて淡々と描くことを選びました。

理由は、主人公がリドルフィではなくグレンダだから。彼女はこれでも聖女だから、ね。

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