願い5
私がベッドから起き上がれるようになったのは、さらに数日経ってからのことだった。
その日はいつもよりリドルフィの戻りが遅かった。暗くなってからやっと帰ってきたと思ったら、また何か用意をし始めた。
未だ介助なしにまともに歩けない私は出来ることもなくて、何事だろうとベッドでクッションに埋もれたまま、手際よくあれこれ準備するリドルフィを眺めていた。
「グレンダ」
「うん?」
呼ばれて、やっと説明があるのかと思って返事をする。
すると男は私が座っているベッドの方までやってきて、こちらのことを見下ろした。なんだか少し困ったような顔をしている。
「悪いんだが、脱いでくれ」
「うん? 着替えなら自分でするよ。そこに出したの貸して。着替え終わったら呼ぶからちょっと外に出ててちょうだい」
「いや、そうではなく」
緩く首を振る様子に、何? ともう一度問い直す。こんな歯切れの悪い話し方をするのは珍しい。
「背中を見せてくれ」
「……」
言われた言葉に、思わず相手を見てしまう。
相手の表情にやましさの欠片もないのを見て取って、私は小さく肩を竦めた。
「わかった。見せられるようにするからちょっとあっち向いてて」
「あぁ」
私はリドルフィが背を向けて、更には声を掛けられるまで動かないという風に壁側を向いて椅子に座るのまで見届けてから、ベッドの上で座り直し上着のボタンを外し始める。
「イリアスのやつが戻るまで待てたら良かったんだが。すまん」
「ずいぶん遠くまで行ってるみたいだからね」
寝巻の上着を肩から落とせば、中につけていたシャツと下着を外し、それらを簡単に畳んで横に置く。最後に上掛けの薄い毛布を抱くようにして前を隠せば準備が出来た。
「いいよ。見てちょうだい」
「ありがとう」
前に毛布を抱いているので若干猫背になりながら待っていれば、背後で椅子を引く音がした。男が近づいてくる。
私の背にある神樹の全体像でも見ているのだろう、少し離れた場所でじーっとしている。なんだか、少し擽ったいような気になってしまって、居心地が悪い。
「どっちか、腕を上げることは出来るか?」
「はいはい」
言われて左腕を上げる。その手をリドルフィの手が支えて横に水平になるように導かれた。
私はなされるがままに、じーっと待っていて。
「少し触るぞ」という言葉と共に、男の指がゆっくりと私の肘近くから背の方へとなぞっていく。手を下ろしていると影になるところも確認しているようだった。やがて髪に隠れた首の辺りに触れ、背筋を降りていく。
「……」
ふっと私が漏らした笑いに、そんな指の動きが止まった。
「どうした?」
「いや、お互い全く色気も何もないな、って」
まるで介護のようだよね、と言えば、リドルフィも苦笑する。
「俺が色気を出したらお前は逃げるだろう?」
「今は逃げたくても逃げる力すらないけどね。……それに色気を出すも何も、いまさら私相手にそんな気にもならないでしょ」
「さぁな? 試してみたら分かるかもしれないぞ」
「はいはい」
「試したところでないでしょ」とあしらえば、横からぬっと顔を出された。
思わず、わっ!?と声を上げる。そんな私にリドルフィが「がるる」と獣みたいに低く吠えてきた。なんなのさ、もう。
「……脅かすのはやめてちょうだい」
「全く分かってないな、お前は。……それにしても、随分痩せたな」
「ここにきて図らずもダイエットできてしまったわ」
素肌をみせる恥ずかしさを紛らわせるために、敢えて明るい声で言えば、「するな」と即座に言われた。酷い。私がどれだけ体形を気にしているか知っているくせに。
逆も見せろと促されるままに左手を下ろして、右手を上げる。さっきと同じように挙げている方の手を支えてくれた。背から腕へと伸びている神樹の状態を確かめている間、しばらくお互いの息の音だけが聞こえた。
「……樹は、やっぱり育っている?」
「んー、最後にイリアスから報告があった分に比べると腕の方に少し増えたぐらいだな」
「そう。他に変化は?」
少し考えるような間が空いて、返事の代わりにぽんぽんと後ろから頭を撫でられた。
私の右手を支えていた手を離し、リドルフィの手が私の背から離れる。
「……おしまい?」
返事がなくて、どうした?と後ろを向こうとしたら。
背後から強い力で抱きしめられた。
「リド?」
何も言わない。そのまましばらく待ってみても男は何も言わないし、動かない。
それで私は、なんとなく察する。恐ろしくて口にできない、何かを。
仕方ないから、私は男の腕をそっとあやすみたいに叩きはじめた。
「……ねぇ、リド。こんな機会あまりないから、今、もう一度言わせてね」
「……」
「私、それを背負ったことは後悔してない。何度あの時に戻ってもきっと同じ選択をする。それ以外も何一つ後悔はしてない。……もし、色々なことが間に合わなくて、これで私の命が尽きることになるんだとしても、それは変わらないよ」
私は男の腕を叩きながら、ゆっくり言葉を探して紡いでいく。
「私はここでちゃんと幸せだったからね。……だから、覚えていて。私は自分で選んでこう生きたんだって。……リドが居てくれたからそうできた」
ありがとう、と言えば、より一層力を籠められた。
痛い痛いと、ぺちぺちと抗議の意味で男の手を叩く。リドルフィは、そのぺちぺちが痛かったのか、それとも満足したのか、手を離してくれた。
「寝言は寝て言え。……遅い時間に悪いがこれから出るぞ。今から渡すものを着てくれ」
「……え、これから?」
「先方が来られるのが今だけなんだ。本当はここに連れてきたかったんだが、そうもいかなくなっているしな」
私の背から離れていったリドルフィは、そう言って男物……自分のシャツを私に放り投げる。上手く受け取れずに、わたわたしながら私は訊く。
「これ、あなたのに見えるんだけど?」
「そうだな、俺のだ。それを着ろ。理由は後で分かる」
それ以上説明してくれる気がなさそうなので、私は「中にシャツとかは着ていいのよね?」と確認し、ぶかぶかの男物のシャツを着始めた。
色気があっても良かったのにね。
おばちゃんも言ってますがこれだと介護だなって思いながら書いてました……(汗)
初めはリドルフィが微妙に恥ずかしがってるバージョンで書いて、なんか違う、絶対違う、これじゃない!と1000字ぐらい消して書き直しました。
グレンダは恥ずかしがりながら悪態ついたりするけど、リドルフィは恥ずかしがらずに開き直る方がらしいかな、と。
時間使ってしまったけど、違和感が消えたので良し。




