願い4
それから数日はやっぱり布団から出られなくて、おまけに熱まで出し、私は寝込み続けた。
寝込んでいる間もエマやリチェ、リンを始め、村の皆が私に声をかけにきてくれた。心配したとか無茶し過ぎだとか好き勝手に言いながら、そのついでのようにそれぞれのやり方で祈っていく。
そうやって皆が分けてくれたほんの僅かずつの魔力が、私を少しずつ元気にしてくれた。
エルノが村の皆に教えてくれた、神聖魔法以外でも微量なら魔力を分け与えられることは、私も知っていた。ただ、その量は本当に少なく、司祭が治癒の魔法等の時に渡せる魔力を千だとしたら、一とか二とかでしかない。
普段ならあってもなくても変わらない本当に誤差の範囲だ。それにより起きる影響も全くと言っていいほどない。
ただ、今の私のように完全に魔力が付きかけていて回復量も落ち、しかも少しずつ自己回復している分すらも神樹に常時吸われているような有様では、皆から分け与えられる魔力は本当にありがたかった。
一人では一や二でも、村の皆が何人もふらりと来ては渡していく。ほんの僅かが積もり積もって三十や四十になる。エルノ自身が分けてくれる分も合わせ、空っぽになっていた私を少しずつ満たしていく。
魔力回復ポーションは使わないのか、って?
あれは、ちゃんと自己回復できる人が一時的に少し後の魔力を前借するための薬だからね。
今の私みたいなのが使うと、飲んだ直後に一時的に元気になっても翌日冷たくなっているなんてことになりかねない。
そんなわけで、今の私は、文字通りみんなの祈りに支えられて生きている。
ジョイスとリリスの新婚夫妻がやってきたのは、私の熱が下がった翌日だった。
私が目を覚ました後も、村の人たちは毎日のように都合のつく時間にやってきていた。しかし、ジョイスたちや他にも何人か、一度も顔を見ていない者もいる。
聞けば、こちらが寝ている時間を狙ってきていた者が居たり、ちょうど秋の収穫時期で忙し過ぎて時間がとれてなかったり、だったのようだ。
ただ、ジョイスに関しては、リンと同様、真っ先に駆け込んできそうだと思っていたので、ここまで会えなかったのはちょっと意外だった。
「おばちゃん、起きてる? お邪魔して平気?」
「あぁ、起きてるよ。どうぞ」
昼過ぎ、ひょっこり顔を覗かせた二人に、私は顔を上げる。
なんとか自分一人でも体を起こしていられるようになったので、ちまちまと編み物をしていたのだ。
目が分からなくなってしまうから、ちょっと待ってねと言って、キリの良いところまで編んでしまう。
その様子をリリスが興味深げに見守っていた。ジョイスの方はというとそんなリリスと自分用に椅子を用意していた。
「待たせたね。来てくれてありがとう」
「ううん。顔色よくなってきたね、本当に良かった」
「うん、本当に」
良かった、と、リリスが何度も頷く。ジョイスも笑顔だ。そんな二人の顔を見ていて、ことが起きたのが二人の結婚式の直後だったことを、私は今更のように思い出した。
皆に祝ってもらった直後、その参列客の一人が魔人化して村がめちゃくちゃになりそうになり、おまけにその後ずっと寝込んでいる者までいる。彼らの視点からするとそういうことになる。カイルが魔人化したのはジョイスたちのせいではないし、うまく対処できなかったのは私だ。せっかく結婚したと言うのにあの後は片づけも大変だっただろう。
「……なんだか、すまなかっ」
「ストーーップ!」
謝ろうとしたら、言葉の途中でジョイスに遮られた。
「ほら、やっぱりこうなっただろ?」
「本当だ……」
そして、リリスと顔を見合わせて苦笑している。
「おばちゃん! おばちゃんが謝ることなんもないって!」
「そうそう、あの場にグレンダさんいなかったら村がどうなってたか、わからないんだし」
「そうは言っても……」
「カイルだって好き好んであぁなったわけじゃないし、おばちゃんだってあの場で出来ることをしただけなんだから、誰も謝らなくていい。わかった? ごめん禁止」
「……」
「禁止」
ジョイスが有無言わさずに言い切り、リリスも横でうんうんと頷いている。
なんかこの強引に話を進めるやり方は、ますますリドルフィに似てきてないだろうか。
禁止、とわざとらしく少し怖い顔で言ってから、ジョイスは、ははっと笑った。
「それにさ、あの時で良かったんだよ。いつもと違ってほとんどみんな広場の辺りに居たからすぐ避難できたんだし。リリスの仲間が式に来てくれてたおかげで、戦えるやつもたくさん居た」
「そうそう。シェリーが居てくれたからあの光ってた雨もできたんでしょ? すごかったよねぇ」
「死人は出てないし、怪我もみんな治る範囲だった。被害はちょっとあちこち水浸しになったことぐらい。……それに、式が終わった後に起きたから、俺らの結婚はちゃんと祝ってもらったわけだしさ」
「何の問題が?」とジョイスが言う。横でリリスも頷いている。
台詞を用意してきたんだろうかというぐらいに、スムーズにあれこれ言い切られれば、私はそれ以上何も言えなくて、うん、と頷くしかなかった。
「きっと俺らに会ったらあれこれ考え始めるだろうから、少し元気になるまで来るの待ってたんだ。……中々顔出さなくてごめんな」
リリスが私の手を取る。両手でぎゅーと包むように握る。
「本当は、もっと早く来たかったんだけどジョイスがこう言うから、グレンダさんが良くなるまで待っていたの。私の魔力もちょっとでも受け取って」
「俺のも持ってって。食堂におばちゃん居ないとみんな調子でないからさ。早く元気になってよ」
そう言って、リリスの手の上からジョイスも手を重ねた。
私はというと、本当、なんて返せばいいんだろうね。エマたちの時はなんとか耐えたのに今度は無理だった。鼻の奥がつんと痛くなって俯く。
そんな私を、ジョイスとリリスが二人で慰めるみたいに抱きしめてくれた。
「……カイルは、どうしてるの?」
なんとか涙がおさまってから、さっき出てきた名前を出す。
実は、今の今まで彼の話を聞けていなかったんだ。
私が名を出せば、「あ、しまった」という風にジョイスが肩を竦める。やっぱり皆で示し合わせて話に出さなかったんだね。多分、私が元気になるまで示し合わせて黙っていたのだろう。
「元気にしてるよ。怪我とかも一切残ってない。後遺症も今のところ出てない。一応様子見ってことで、もうしばらく村に居てもらうことになっているけど」
「そう、良かった……」
「私と一緒に慣れない畑仕事したりしてるよ。リンちゃんの代理が今五人もいる状態」
五人、リリスとカイル、それにリドルフィが臨時で雇ったって話の駆け出し三人組かな。
「リリスはもう代理じゃないでしょ」
「そう言えば、そうだった」
指摘したら彼女はぺろりと舌を出す。前にもましてそんなお茶目な仕草がちょっと可愛く見えるのは、それだけ今幸せだからなんだろうね。
「おばちゃんがカイルに会えるのはもうちょっと先だけど、そのうち会えるから気長に待ってて。……あ、ついでだから訊かれそうなところを先に答えると、シェリーも無事だよ。当日はふらふらしてたけど翌日には回復して王都に帰っていった」
「グレンダさんが起きたら知らせてって言われてたから、手紙を送ってあるよ。近いうちに顔見に来るはず」
「そう……」
あの時、村全体に雨を降らせて、なんて、かなり無茶をさせてしまったから気になっていたのだ。シェリーのことも教えて貰えば、少しほっとした。
その後も少し二人はお喋りをしていって、最後に「もう一度来てなかった日の分も祈っとく!」なんて言って私の手を握ってから帰って行った。
一人残った私は少し思いを巡らせる。
その日は、それ以上編み物は進まなかった。
一度寝込んでしまうともどかしいぐらいに時間がかかりますよね。
そうなるまえに休むのは本当に大事だと思います。えぇ、とっても身に染みて……(汗)




