願い3
次の目覚めは、元気のいい足音と声によって齎された。
「おばちゃっ! あさだよ! ごはんだよー!」
ばーんと派手な音をさせて、リチェがドアを開く。
「そんなに乱暴にしたら、ドア、壊れちゃうよ!」
「あ、ごめんなさいっ」
ドアを開ける前のぱたぱた騒がしい足音で目が覚めてはいたけど、起き抜けに大きな音はちょっといただけない。私の心臓もドアも壊れてしまうじゃないか。
余談だけど、リチェの「ごめんなさい」は「ごめんんさい」と聞こえる。舌足らずの所為かと思っていたけれど性格的なものかもしれない。私のことも「おばちゃん」って全部言い切らずに「おばちゃっ」になっているからねぇ。
「おはよう、リチェ」
「おばちゃっ、おはよ!」
布団の中からゆっくり上半身を起こす。ちょっと動く度にあちこちがぎしぎし軋む。筋肉も落ちているし、間接も固まっている。傷んでいるというより錆びついているとかそんな感じ。体を起こすだけで疲れてふぅぅと息を吐く。
私が返事をすることに嬉しそうなリチェは、ベッドにばふりと突っ込んだ姿勢のまま足だけぴょんぴょん跳ねている。
それに合わせてベッドやその上の布団、私まで小さく揺らされる。
前ならベッドが壊れちゃうよとかお小言を言っただろうけれど、今はそんな風に喜びをあらわにする様子すら愛おしくて注意するタイミングを逃した。……ま、次の時には言おうかね。
「グレンダさん、おはよう」
リチェがはしゃいでいる向こうに、エマがやってきた。
お盆にスープ皿。リチェの言うごはんはこれだね。リチェに構われながら笑っている私を見て、エマも笑う。ほっとしたといった感じの笑顔。そうだね、たくさん心配をかけてしまったね。
「おはよう、エマ」
エマを見て、リチェが昨日みたいにベッドの逆側に移動していった。やっぱり布団の上から私にぴっとりくっついている。その状態で足をぱたんぱたんとしているのを、エマが窘める。リチェは「うん、わかったー」と、いい返事はするけれどほんのちょっとするとまた再開している。
エマは持ってきたお盆をサイドテーブルに置くと、枕の位置を直して私が寄りかかりやすいようにしてくれた。さりげなく慣れているその仕草に、あぁこの子は亡くなったお母さんにも幼いなりに世話をしようと頑張っていたのだな、と改めて感じる。もっと体力が戻ったらこの子たちのお母さんについてもたくさん話を聞こう。私は、心の中のメモに書きつけた。
「ありがとう」
「リンさんがスープ作ってくれたの。上澄みだけでも飲んでって」
私の姿勢が整ったのを見てから、お盆を前に持ってくる。エマがベッドの縁に座ってごく自然にスプーンを持ち食べさせてくれようとすることに、私はちょっと慌てた。流石にこんな小さな子に食べさせてもらうのはなんだか申し訳ない。ごにょごにょと自分で食べると主張すれば、ぴしゃりとエマに叱られた。
「ダメ、リドさんから、まだグレンダさんコップも自分で持てないぐらいだから食べさせてやってってお願いされました!」
「されましたっ!」
「……そうは言っても」
「さぁ、食べましょう!」
「たべましょう!」
あーん、とスプーンを差し出される。
そうか。エマってこんな面もある子だったのね。リチェが追い打ちをかけてくる。なんだろう、この状態は。ありがたいのだけど、居た堪れない。
それに、こうやって食べさせてもらうのは最近もあったような気がする。自業自得、と、どこかのエルフに囁かれた気がした。
私は諦めて口を開ける。エマがそうっと深いスプーンでスープを口に運んでくれる。初めは様子見という風で、本当に上澄みを少しずつだけ。どうやら飲むことができるらしいと判断してからは量が少し増え、私の顔を見ながら細かく切られた野菜もスプーンの中身に混ざった。ゆっくりゆっくり半分ぐらい食べたところで私の方がギブアップした。
「……ありがとう。ご馳走様。リンにもお礼を伝えておくれ」
「どういたしまして。うん、わかった」
エマが丁寧に私の口元をハンカチで拭いてくれる。ちょっと恥ずかしい。
食べている途中で自分もやってみたいとか言い始めたリチェを、「今日はダメ!」と黙らせていたけれど、明日とかはリチェが私に食べさせるのだろうか。自分で食べる時すらこぼして汚れるリチェでは、布団が大変なことになりそうなのだけども。
スープ皿などのお盆をサイドテーブルに移した後、エマがまた枕の位置を直してくれた。私はそこに横になる。致せり尽くせりだ。
寄りかかって食べさせてもらっていただけなのに、今もそれだけで疲れてしまった私は、横になれたことで思わずふぅぅと息を吐く。体のどこも重力に逆らわずにいるのはやはり楽だね。どこまで自分が弱ってしまっているのか考えると困惑する。
「リチェ、いつものやるよー」
「わかった!」
私が寝た状態で布団の乱れも直してくれたエマが、リチェを自分の方へと呼び寄せる。
そして、私の手だけ出して二人で握った。
何をするのだろう、と私が見ていると、姉妹は私の手を握りながら祈るポーズになる。
「早くグレンダさんが元気になりますように」
「なりますように!」
さっき、エマは「いつもの」と言った。リチェも説明されずにエマと同じようにしている。
びっくりした私に、立ち上がったエマが教えてくれた。
「エルノさんが教えてくれたの。司祭様みたいに怪我を治すとかは無理でも、お祈りは意味があるんだよ、魔力もちょっとなら分けることができるんだよ、って」
「リチェもまだまほうつかえないけど、まりょくあるんだって!」
「グレンダさんが倒れたのは魔力がたらないからだって教えて貰ったの。だから、みんなで毎日祈ろうって。少しずつ今までグレンダさんがくれてた分を今返そうってね。村の人たちも時間がある時に来て祈ってたんだよ」
「え……」
「リチェ、まいにち、あさとおひると、ねるまえに、おいのりした!」
リチェがまたベッド横で跳ねながら教えてくれた。
今までの……日々のちょっとした治癒とかのことだろうか、それとももしかして、毎日出していた食事にこめていた祈りのことだろうか。あれは本当にまじない程度でそれで味が良くなるわけでも食べて活力が増すとかそんな代物でもなかったのに。
そういえば昨日会った中には、私が目覚めたことを知らずに来て、私が起きていることにびっくりしていた人も少なからずいた。
「……ありがとう」
私はそれ以上の言葉を見つけられなくて。ぽそりと言えば、布団に埋もれる。
「エマ、リチェ、ありがとうね。リンにもご馳走様って伝えておくれ」
さっきも言った言葉をなんとか紡ぎ、「そろそろ寝るよ」と告げる。
部屋を出ていく姉妹を見送ってから、私はようやく止めていた息を吐きだす。
それと一緒にじわりと目から違うものも出てきた。
ありがたさから滲んだ涙はいつまでも止まらなくて、なんとか二人がいる間に泣かなかった自分を、こっそりと私は褒め称えた。
食べる人を想って作る食事は、祈りに似てるななんて常から思っていたりします。
魔法のある世界で、しかも息をするように魔法を使っているグレンダの作った食事なら、溢れた魔力がひっそりと食べた人を守っていたりするのかな、なんて。




