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願い1

お待たせしました。やっとおばちゃん視点に戻ります!


 寝がえりを打とうとしたら、体がぎしりと鳴った。

どこもかしこも反応が悪くて、鈍く、痛い。

瞼を上げるのさえも億劫で、自分にかかっている薄い上掛けすらも重く感じる。

寝ていたはずなのに体が疲れ切っている。なんだかとても理不尽な感覚だ。寝ていたなら疲れも回復してもっと爽快に起きることができても良いのに。

 ふぅぅと長く息を吐きだしてから、私はもう一度瞼を上げる努力をした。

ゆっくりと入ってくる視覚情報は、初めはぼやけていて、次第に輪郭を結ぶ。

瞼というカーテンがなくなった目から入ってきた光景を、いつもよりも何テンポも遅く脳が処理して……。その間は、ただただ、ぼーっと見えるものを眺めることになった。


「……」


 見慣れた自分の部屋ではない天井が広がっていた。

緩慢な動きで視線を動かせば、掛かっている布団もよく知った自分のものではない。

シンプルな深緑色のベッドカバーに、木目がよく分かる天井。それにどこか森を思わせるさっぱりした匂い。

窓が開いているのか、外から風が入ってきている。

時折、カーテンがさわさわと揺れ、外からの光が差し込む量が変わる。

自分の部屋ではないけれど、よく知っている雰囲気の部屋。よく知った気配の残る部屋。

 ぼんやりと目に入ってくるものをただ眺めながら、そうっと自分の呼吸を意識する。

正直、あまりにも体が重くてそれぐらいしかできそうにない。

吸ってー、吐いてー、と何度も繰り返しているうちに、ふと、さっきまではなかった音に気が付いた。

 ぱたぱたと、ちょっと騒がしい足音が近づいてくる。

そして、ぼふっと小さな衝撃が来た。


「おばちゃー、もうなんども、あさ、きたよー、そろそろおきようよー」


 どこか退屈そうな女の子の声。布団に顔でもぐりぐり押し付けているのか、上掛けが少しずれる。

その子の頭を撫でてやりたいのに、動かそうとしても指先が小さく揺れただけだった。

でも、その時に零れた息音で、女の子が顔を上げる。目が合う。至近距離に寄せられた顔。じっと見つめ合うことになって。


「……おばちゃっ、おきてるっ!!!!」


 きゃーー!! と細く高い子ども特有の声。歓声が上がる。

そのまま、ぱたぱたと軽い足音が遠ざかる。

「リンちゃっ! リンちゃっ!! おばちゃんおきた!!!」と興奮気味の声が聞こえてきた。

知った名前が出てきたところで、やっと頭の中が動き出す。今のはリチェだ。


「え、本当っ!? リチェ、リドさん呼んできて! 後、エルノさん!!」

「リドのおっちゃんとエルノさん! わかったっ!」


 一階かららしい、にぎやかな声が聞こえてくる。

ぱたぱたと軽い足音が外に出ていく。リチェが二人を呼びに行ったらしい。

そうか、ここ、あの人の寝室だね。通りでよく知った感じがするわけだ。

でも、なんでここに寝かされているのかはさっぱり思い出せない。

そして、とてもだるい。

体中の力を使い果たしたように重だるく、指一本動かすのもしんどい。

リチェのものとは違う、バタバタした足音が響いて近づいてくる。


「グレンダさんっ!!!!」

「…………」


 リン、と呼ぼうとしたのに、声が出なかった。

上と下の唇が貼り付いたみたいにペタペタして、おまけに喉を音が滑っていかない。

それでも視界に入ってきたリンは、こちらが呼ぼうとしたのが分かったらしく、うんうんと頷く。

何をそんな情けない顔をしているのかね、この子は。潤んだ瞳が揺れている。

大丈夫だよ、と言いたいのに上手く言えなくて、代わりに笑もうとしてみる。顔の筋肉まで鈍っているようで、頬をぎこちなく持ち上げるのが精いっぱいだった。

その様子を見たリンが感極まった表情で迫ってくる。首元に抱きつかれて勢いと重さに、はひゅーと私の喉が情けなく鳴った。


「グレンダさん、本当に起きてる……っ! 本当に、起きてるっ!!」


 涙交じりの声に、もしかして自分はとんでもない時間眠りこけていたのかと思い当たった。

色々言いたい言葉はあるのに、掠れた声すらまともに出ない。それどころか唇を動かすのすら難しい。これは困った、とリンに抱きつかれたまま途方に暮れていたら、また、バタバタドスドスと今度は複数人の足音が近づいてきた。

こうやって改めて聞くと人の足音っていうのは意外と個性が出るものだね。

寝たままで振動がそのまま耳に入るからか、意識して何日か聞いていたら足音で誰か聞き分けられるようになりそうだ。


「失礼します。」

「グレンダさん!!!」

「おばちゃっ」


 また、ぼすんとベッドの衝撃がきた。リチェだね。

ちょっと遅れてもう少し重めの何かもきた。


「本当に起きてる……っ」

「おばちゃーー……」


 あぁあぁ、リチェが泣きだした。

その横でぐずりと鼻をすすっているのは、もしかしなくてもエマかな。心配かけてすまなかったね。

声をかけたいのに、口を開けてもひゅひゅと不規則な息音にしかならない。


「ごめんね、ちょっと退いてもらってもいいかい。診るからね。」


 やっとリンが退いた。今の体にはちょっと重かったから助かった。そんな風に思ってごめん、とも思うのだけれども。エマらしき重みも退いて……リチェはベッドの逆側に移動したらしい。泣いている状態で布団の上から、ぴとっとくっついている。抱きしめて安心させてやりたいけど、首すらまともに動かない有様じゃできる訳もない。


「グレンダさん、エルノです。これから少し診ますね」


 視界に入ったエルノが言う。私は瞬きで頷いてみせた。それを確認して、私を安心させるように笑むエルノは、私が治癒魔法も使えなかった子どもの頃に見た司祭そっくりの笑顔だった。

失礼します、との言葉の後に上掛けが少しめくられ、左手が出される。

その手をエルノの両手が包む。じわり暖かい何かが伝って全身に細い細い糸を巡らせていく。

目を閉じて診ていたエルノはしばらくそうしてあちこちを確認していて。

やがてゆっくりと目を開けると、こちらに頷いてみせた。


「外傷はなし、私でわかるのは魔力欠乏と後は長期眠り続けたことによる体の衰えですね。当分は安静に。……あぁ、でも、話せないと不便ですよね、ちょっと失礼します」


 そう言うと、手を私の喉へと翳す。

喉を温かな何かが包んで、ゆっくりと解されて行く。つっかえていたものが退かされ、正しい状態に戻されて行く。その心地よさに目を瞑っていたら、「これで大丈夫です」と、エルノの声が聞こえた。


「……あー……」


 確かめるようにそうと声を出してみる。その様子を周りがじっと見ている。……こんな状態だけどなんだか、照れるね。いや、それだけ心配させてしまったってことなんだろうけれども。


「……ありがとう」

「……グレンダさんっ」


 まだぎこちなく掠れているけれど、自分の声が耳から入ってきた。

って、リンの涙腺が決壊している。相変わらずリチェは腰の辺りでぐずぐず泣いているし、エマも声もなく泣いている。どうしようと困った視線を向けた先でエルノまで目元を拭っている。


「おかえり」


 視界の外から、低い声がした。

よく耳に馴染んだ声。

エルノが喉を治してくれたおかげで少し動かせるようになった首を動かし、そちらを見る。

ドアのところに背を預けこちらを見ている男と目が合った。


「……ただいま」


 優しい目が、静かに頷いた。




少しの間、多分エンディングまでで最後の小休止の話になります。

カイルがどうなったとかおばちゃんどうなるのとか、その辺もゆっくり出てきますのでお付き合いください。


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