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万人に訪れるもの


 あの頃は、死が当たり前のように転がっていた。


 ほんの数日前に笑い合った知人の訃報を聞くのもよくあることで、

目の前で零れ落ちていった命の数は、もはや数えることも出来ないほど。

苦しみもがく友を、私たちの手で終わらせたことも何度もあった。

助けてくれと泣く姿も、殺してくれと喘ぐ姿も、網膜に焼き付いて何年も消えてくれなかった。

声が枯れるほど泣いても、何も、報われなかった。

それでも足掻き生き続けるしか、道はなかった。

次第に心は麻痺して、そんな日常が当たり前になった。

誰かが亡くなるたびに泣くのは変わらないのに、

そんな自分を客観的に見つめる自分がいつしか生まれていた。


 自分もいつかあちら側にいくのだと、信じて疑わなかった。

死は、怖くなかった。

むしろ置いていかれることの方がずっと怖かった。

自分一人、生き残ってしまったらどうしようと、いつも怯えていた。

縋ることを許してくれるあの人の体温を確かめずにはいられなかった。

どんどん壊れていく自分が怖かった。

それが当たり前になっていく世界が怖かった。

人の死すら悲しいと泣けなくなる日がくるのを、ずっと怯えていた。


 だから。

自分にできることを見つけた時、私はそれにしがみついた。

まるで自分がまだ生き続けていることの免罪符を見つけたように感じた。

それが、いつか自分の身を引き裂き、死へ追いやるのだとしても、それがどうしたというのだ。


 死は、解放だ。

この恐ろしくて悲しい世界から、解放してくれる救いの手だ。

死は、怖くなかった。


 でも……。

あの人の手を握れなくなることだけは、とても怖かった。


 その時には手を握っていて。

そう願った私に、彼はわかったと頷いた。

それが、どんなに残酷な願いなのか、私にはわかっていなかった。

わかっていなかったから、

必要ならその手で殺して欲しいとさえも言った。

優しい彼は、それさえもわかったと頷いて、安心させるように私を撫でた。




 私がこの身を捧げたことで、戦いは、終わった。


 元より、あれは戦いではなく災害ともいえるようなもので、

それを認識しきれなかった両者が互いに誤解をそのままに道を踏み外した。

両者が元凶を認識し、その元凶がなくなった時、

残ったのは深い悲しみと後悔。

戦う理由は、もうそこにはなかった。

もう、誰も、これ以上の死を望んでなどいなかった。


 ……それでも、私が眠っている間に、また多くの死者が出たと後で聞いた。


 大事な人を失った世界で生きていくのを拒否した者

己のやったことの重さに耐えきれなくなった者

この先の、未来を背負いきれなくなった者……。


 そうして自ら命を絶つ者

懇願し誰かに絶たせた者

断罪されて絶たれた者もたくさんいたと、聞いた。


 冬を越せなかった者

食べるものがなかった者

戦いの傷が元で消えていく者

誰かを守ろうとして命を散らした者

誰かの手にかかった者

混乱の中浪費されてしまった者……。


 誰も、もう死にたくなんてなかったのに、

死なせたくなんてなかったのに

それでも多くの人たちが亡くなっていった。




 死が当たり前のように転がっていなくなったのは、

戦乱の時が終わって、何年も経ってからだった。


 助け合い、支え合い、身を寄せ合い、人々は、生きた。

生き方を、今一度覚え直し始めた。

死は、怖くて悲しくて寂しくて、辛いものだと。


 空を見上げ、いなくなってしまった人たちを想い

人々は、やっと本当の意味で泣くこと、思い出した。




 リドルフィが言った。

「村を作るぞ。グレンダ、お前の聖杯の横に」

作ろう、じゃなくて、作るぞ。

しかも、神殿じゃなくて、村、だ。


 私は初め何を言っているのか分からなくて、何度も聞き直した。

そのたびに彼は楽しげに笑ってみせた。

「なぁに、やってみたら分かるさ」

まだベッドから起き上がれなかった私に

今日は何をやった

今日は誰と会った

今日は何が出来たぞ

毎日毎日、楽しげに報告をしては、彼は私の頭を撫でた。


 彼の馬に乗せられて連れてこられた場所は、昔、小さな村があった場所。

王都からも近く、だけど、山の近くということで少し寒かった。

深く豊かな森に抱かれて、静かで穏やかな場所。

『モーゲン』という名の場所なのだと、教えて貰った。

東から北にかけて山脈があって、この辺りで一番遅くに朝が来るのに、『モーゲン(あさ)』なの?

そう言ったら、彼は可笑しそうに笑った。

きっと、それだけ朝を待ち望んだ人たちがここに居たんだろう。

私は、その答えを気に入った。


 動けるようになった私は、彼について何度もモーゲンへと行った。

土魔法の使い手を連れて行って、村を作る場所に平らな土地を作ってもらった。

水魔法の使い手を連れて行って、川の流れる場所を少しずつずらしもした。

植物と仲のいいイリアスは、広場をつくるのにすでに生えている木に移動を促してくれた。

大きな魔法が得意なケレス爺は、村を作る場所の隣に大きな窪地を用意してくれた。

リドルフィが腕のいい職人を連れてきて、その真ん中に祭壇を用意してくれた。

純白ではなく乳白色の、木漏れ日のような優しい色合いの石を削り組み立てて作られた、小さな祭壇。

その真ん中に、私は聖杯を置いた。

見届けたのは、ほんの数人だけ。

予め作っておいた関を開けて、山からの清らかな水をその窪地へと流し込んだ。

いつか、来る日のために。


 祭壇の窪地は、ゆっくりと時間をかけて、丸く穏やか湖になった。


 村は、少しずつ出来ていった。

建物が立ち、ゆっくりゆっくり人も増えていった。

そこには、生きている者たちの時間があった。

忘れていた戦乱期の前のような、当たり前に明日が続いていく世界。

人の死は日常になく、皆が未来を見ていた。


 新しい命が生まれた。

子どもたちは笑いながら育っていく。

子どもたちにつられて気が付けば大人たちも笑っていた。

「明日は何をしよう?」

来週は、一か月後は、来年は……

未来の話を、当たり前のようにした。


 それは、神殿ではなく村を作っていたからこその、日常。


 村を立ち上げて、さらに何年か経って、村人が一人、星になった。

一番初めの頃から村に居た炭焼き小屋のダダン爺。

戦乱期に負った傷は彼の体を深いところを傷つけていた。

それでも、その死は穏やかなものだった。

ゆっくりと眠る時間が長くなり、皆が覚悟を終えた頃、そっと息を引き取った。

寿命で亡くなったのと似た、安らかな死に顔だった。

それは、戦乱期の前にあったのと同じ、死のかたち。

こうやって人は死ぬものだと、最後に教えてくれたような、そんな死に方だった。


 村の皆で空へと送り、喪に服した。

村を見渡せる丘の上に彼の墓を作った。

彼を知る人は今でも時々花を供えに行く。そこで応えのない会話をする。

命は、ぷつりと切れて終わるものではなくなった。

彼は自分の命を使って、そんな大事なことを私たちに戻してくれた。




 死は、万人に訪れる。


 それでも、優しい順番であって欲しい。

予兆も、そして、余韻もあって欲しい。

残される者も、残していく者も、その死を穏やかに受け入れられるように。




 私は、いつしか死が怖いと思えるようになっていた。

置いていかれるのは今も怖い。

それでも、自分の死も、怖い。


 守りたいものがたくさん増えた。

見届けたいものがたくさん増えた。

まだ、終わりたくない。終わらせたくなんてない。




 ……だけどね。

今でもやっぱり自分の死よりも、誰かの死の方が怖いんだ。

もう、見送る側になんてなりたくない。

愛しい人たちが、悲しみの中に死んでいくのなんて見たくない。

そんなことは、当たり前にあってはいけない。

あっては、いけないんだ。


 背中の神樹は育っていく。

イリアスが言っていたように、私も、もう残り少ない。

それが悲しくないと言えば嘘になるけれども。

それでも、救いでもあったんだ。


 次に逝くのは、自分だと思っていた。

身勝手に、私は、そう思っていたんだ――……。






ものすごく迷ったのですが、第5話ここで完結です。

次epから第6話に入ります。

ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございます。

完結まで多分あと2話分。どうぞ最後までお付き合いのほどよろしくお願いいたします。


本日同タイミングで番外編も出しております。

もし良ければそちらもどうぞ!


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