食堂のおばちゃん16
探索を始めて四日目。
昼下がりにイーブンとシェリーが帰ってきた。
探索隊は、森の奥まで探しに行くため、朝は早めに出掛け、日が傾くより少し前には帰ってくる。早朝から動いているし、暗くなってからの探索は危険だからね。
まだ直接被害がでているわけでもないので、対象を早く見つけることよりも、探索メンバーの安全の方が優先順位は上だ。それに元々、リドルフィは安全マージンを高めに設定する性質でもある。
そんなわけで探索隊のメンバーは、探索後、いつも午後のお茶の時間と夕飯時の合間ぐらいに帰ってきていたのだが、この日はイーブンたちはそれよりもかなり早い時間だった。
「……熊だな」
イーブンは食堂に帰ってくると、厨房で夜の仕込みをしていた私の顔を見て、ぼそりと言った。渋い顔をしている。どうやら厄介な相手を見つけてしまったらしい。
彼はあの日以来地図を広げたままのテーブルまでくると、どさりと荷物を床に置く。そのまま、椅子に腰を下ろした。
その後ろから入ってきたシェリーもかなり疲れた様子だ。
「……すみません、お水か何かいただけますか」
「あぁ、もちろん」
シェリーはそう言いながら、イーブンの斜め向かいの席に座る。
握りっぱなしだったらしい杖をテーブルに立てかければ、へしょりと机に懐きそうな様子。
目を閉じてゆっくり呼吸を繰り返す様子を見ながら、私はちょっと考えてレモンのはちみつ漬けの瓶を引っ張り出し、大きめのグラス二つにそれを薄く水に割ったものを用意する。
盆に乗せ厨房から出れば、脱力している二人の前にそれぞれグラスを置いた。
「ほら、とりあえず飲んで」
「……ありがとうございます」
「……助かる」
グラスを一気に呷るイーブン。
ちびちびと飲んで、甘い、と、少し嬉しげに笑むシェリー。
こん、と音を立ててグラスを置いたイーブンがまた椅子に背を預け、ふぅぅと息を吐いた。
「……熊、かい」
「あぁ、熊だ。それも馬鹿でっかくて頭が二つあった」
テーブルの横で訊いた私に、イーブンが苦い顔で言う。
その言葉にシェリーが、うんうんと頷いていた。聞いた私もイーブンと同じように苦い顔になる。
「……また、厄介な」
「あぁ。とりあえず二人じゃ無理だから気づかれる前に帰ってきた」
「あんなの、初めて見ました……」
ここ数日の探索で、普段ならこの辺りにいない小型の魔物とも何度か遭遇し討伐した、とは、聞いていた。しかし、探していた魔物はそれらとは段違いの大きさだったようだ。
大きいということはそれだけ力も強く、体力もある。
十分に戦える準備が整っていないのであれば、相手に見つかる前に逃げるのは正解だ。
シェリーたちの疲れっぷりを見る限り、その見つからずにというのも結構大変だったのだろう。きっと二人のことだ。出来るだけ多くの情報を得るために、ギリギリまで近づいて観察してから帰ってきたに違いない。
椅子に背を預け天井を仰ぐような姿勢でいた男弓師は、よっと掛け声をかけて体を起こすと、地図と向き合う。その様子を見て私はカウンターに置いてあったペンを取り、渡してやった。
イーブンはペンを受け取ると地図に書き込みを始める。
それをテーブルの逆側からシェリーがいくつか指摘をし、更に書込みを追加した。
「もう暫くしたらリドたちも帰ってくるよ。そしたら作戦会議だね」
「だな。討伐はー……明日、いや、明後日かもなぁ」
「少し、準備した方が良さそうですよね……」
あれだけデカいとある程度拓けた場所がないときついなぁ、とイーブンがこぼす。
前衛が十分に動き回れ、後衛が安全な位置から援護できるようにと考えると森の中は意外と戦いづらい。
場合によっては戦闘に適した場所に誘い出す必要があるだろう。
ぶつぶつと戦い方を考え始めたイーブンと、お疲れモードのシェリーを見て、私はパンパンと二回手を叩いた。
「とりあえず、宿に行って少し休んでおいで。言えば風呂も早めに沸かしてくれるから」
「……あぁ、そうだな」
お風呂という言葉に嬉しそうに笑む女魔法使いと、宿でひっくり返ってそのまま寝てしまいそうな男弓師を見やって、ほら、行っておいでと促す。
律義に自分で片付けようとするシェリーからグラスを受け取り、イーブンのグラスも回収すれば、私はまた厨房へと戻る。彼らを見送った後、私は夕食の仕込みを再開した。
4mクラスの魔物、何にするかなーと暫く考えていた作者でした。
ゲームとかだと結構大きいのがいるけれど、物語の中だと大きい魔物=ドラゴンなイメージ。
でもドラゴンはまだ今出てきてもなぁと悩んだ結果、森の中ということもあってヘラジカ系と熊系の2択でした。
その2種類なら倒した後に食べられそうなのもポイント。(そこ?)