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来訪者24


「な……っ!?」


 突然のことにびっくりしたデュアンが声を上げる。

バーンが、即座に自分より年下のデュアンを庇う位置で身構えた。

広場の真ん中の方にいた村人たちが何事かとこちらを向いている。

私は、攻撃してきた相手を視認して、思わず顔を歪めた。


「バーン、今すぐリドを呼んできてっ!! デュアン、みんなを教会へっ!!」


 私は鋭く指示を出す。

広場の中央を背に相手と向き合ったまま、前掛けを引きはがして法衣姿になり、両手を叩くようにして合わせる。口の中で唱えた呪文に反応して、ずるりと合わせた手の間に錫杖が具現化した。


「了解っ!」

「え、な、なに!?」

「全員、教会に避難させてっ!!」

「お、おぅ、わかったっ!」


 バーンが、何も聞かずに門へと走っていく。

デュアンは数拍分遅れたが、もう一度言えば慌てて走って行き、食堂から何事かと顔を出したエマたちに声をかけ、広場にいる人たちを誘導し始める。

 私は、このために教会を開けたままにしたくなったのかと、心の中で納得した。

あそこは強固な結界に守られた安全地帯だ。あの中に居たなら多少のことがあっても守ることができるはずだ。


「……」


 村には、今ならリドルフィもいる。ベテランの冒険者も何人かいる。

私が今しなければならないのは時間稼ぎだ。

戦えない人たちが教会内に避難するのと、リドルフィが駆けてつけてくれるのと。

両手に馴染む錫杖を握り直し、私は下唇を舐める。

正直、時間稼ぎするにしても相手が悪い。元々防御一辺倒な私だ。戦う相手としては相性が悪すぎる。

それでも、なんとかこちらに気を引きつけ続けなければならない。


 そして、何より。


「……ねぇ、まだ意識は残っているのかい?」


 長身の剣士に私は声をかける。

彼の立ち位置は、村の広場の端。

建物もなく門への道も阻害しないし、教会へ避難する人たちの導線も邪魔していない。

まだ発展途中の村だからこそある空き地を背にするような場所。

そして、狙ったのは私。今、この場にいる中で最も防御に優れていた私、だ。

まるで、自分を止めてくれ、と、言っているかのように。


「……」


 くぐもった唸りのような声。

本来は白目だったところが黒く染まっている。その目が、何かを訴えかけるようにゆっくりと伏せられた。私は、その様子を見て奥歯を噛みしめる。錫杖を握る手に力が入った。


「……カイル、いいかい、まだ諦めるんじゃないよ、まだだ、……まだ、だよ」


 名を呼べば、苦しげな唸りが返ってきた。




 カイルとの出逢いは、もう随分と昔のことになる。

モーゲンの村が出来てしばらくした頃。

この辺りも今より魔物も多く残っていて、その討伐をしていた冒険者の一人がカイルだった。

まだ二十歳にもなっていない彼はいわゆる駆け出し冒険者の一人で、剣の腕前は良いけれど、まだまだ物を知らない青年だった。

聞けば王都の出身で、家は代々騎士を輩出していたそれなりの名家。戦乱期も周りの大人に守られながら騎士を目指して鍛錬を続けていたのだという。

その彼がどんな理由があって騎士ではなく冒険者になったのかは、私は知らない。もしかしたらリドルフィは知っているかもだが、本人が語らないものを人から聞くのは趣味じゃない。

当時のカイルは……なんというか、荒んだ青年だった。

元々の造形も良く、食料の乏しかったあの時代に育ったにしてはしっかりと成長出来ていて体格も良い。家柄もあって話す口調は丁寧だし、仕草には気品があった。まるで絵物語に出てくる騎士をそのままにしたような、そんな青年だった。だが、今以上に話す内容は非常に辛口。おまけに自分の生死にまったくもって執着心がないようなそんな言動がたびたび見られた。自棄をおこしているような、投げやりで危なっかしい青年だった。

もっとも、あの頃は酷い時代がやっと終わったばかりだったから、おかしくなってしまっていた者はとても多かったのだけどね。


 そんな彼と私たちの関係が変わったのは、ある地域の魔素溜まりを浄化することになった時のこと。

今では随分少なくなった魔素溜まりだが戦乱期直後はあちこちにあって、戦いが終わった後も冒険者や騎士団はその処理に追われていた。そのまま放置しておくと魔物が溢れて来てしまうからね。

あの頃は私やリドルフィもよく依頼を受けて浄化や討伐を行っていて……その中には、先に依頼された者が失敗した案件も、よく含まれていた。

何度か一緒になったことのあるカイルと再会したのは、その失敗した案件で、だった。

先に浄化を行おうとした冒険者のパーティが依頼の難易度を見誤り、犠牲者を出しながらも魔素溜まり周辺の魔物は討伐出来たが浄化は失敗、司祭をはじめパーティの半数が帰らぬ人になった。チームの中で最年少だったカイルは他の者に庇われ負傷。そして、踏み入り過ぎた魔素溜まりに汚染されて黒化していた。

 援軍として赴いた私たちが現地についたのは半日遅れてのこと。たどり着いた私たちが見たのは地獄絵図としか言えないものだった。

私は、そのあまりに悲しい光景に、周りの制止を振り払って神樹の力を用い、奇跡を起こした――……。




 錫杖を構えたまま、ゆっくりと私は距離を詰める。

まだ、ギリギリ耐えている彼に話しかけ続けなければならない。

そのためには少しばかり離れすぎていた。

でも、距離を詰めるということは、彼の間合いへと入っていくということ。

さっきは距離があったこともありギリギリ守護盾を割り込ませることが出来たが、近づけば近づく分、厳しくなる。私は運動神経が良い方ではないし、もう一撃は今展開している盾で防げても、おそらくその次は無理だ。そして、カイルは本当に優秀な剣士だからその隙を、きっと、見逃さない。


「……カイル、なんだか昔を思い出すね。大丈夫だよ、まだ、なんとかなる。……私が、なんとかするからね」


 剣を持ちながらもだらりと力を抜いた姿勢で、次第に黒く染まりながら苦しそうに顔を歪めている青年に、私は必死に話しかけた。



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