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来訪者22


 参列者たちも退場した教会で、ふぅと息をついた。

結婚式はつつがなく終わった。

司祭が言わねばならない長い祝いの言葉も無事間違えずに言い終えたし、皆に見守られての二人の誓いや口付けも滞りなく。一部、冒険者でも柄が悪い連中も参列していたけれど、悪乗りして式に乱入するような馬鹿はやらかさなかった。

後は広場で乾杯し、用意したご馳走を皆で食べるだけだ。

 私は一度教会の中を見渡し、奥の祭壇側からベンチの影などに何か残っていないかを確認しながらゆっくり歩く。

そうして扉へと辿り着けば、一度振り返った。

祭壇の向こう、大きな窓ガラス。

その更に向こうで湖の水面が陽の光を跳ね返しきらきらと煌めいている。

何故その様子を見たいと思ったのかは、自分でもわからない。

でも、いつもと変わらない光景がそこに在ることを確認して、私は安心する。


「グレンダ! そろそろ乾杯みたいだぞ」


 いつまでも出てこないから、気にしてくれていたらしい。

イーブンがひょいと扉から顔を出した。


「あ、今行くよ!」


 私は慌ててそちらを向き歩き出す。

扉のところにいるイーブンに追いつけば、もう一度教会の中を振り返り、教会内に問題がないことを確かめた。

そして……扉を閉めようとして、手が止まる。


「ん? 閉めないのか?」

「うん。なんとなく、ね。……後で宴会が終わった頃に閉めに来るよ」

「ふむ。とりあえず、ほら。グラス」

「あぁ、ありがとう」


 乾杯用のグラスまで確保しておいてくれたらしい。いつもならその辺のフォローをしてくれるリドルフィは乾杯の音頭をとるのに広場の真ん中にいる。ダグラスも進行役で忙しそうだからね。多分どっちかがイーブンに頼んでおいてくれたのだろう。


「いい式だったな。あのひょろっこかったジョイスが所帯を持つか……」


 なんだかしみじみしちまう、なんてイーブンが言う。

ジョイスが師匠と呼ぶのはリドルフィだが、イーブンもジョイスにとっては先生みたいなものだ。戦闘の組み立て方をはじめ、村の運営のしかたや問題が起きた時に解決に導く方法など、考え方を叩きこんだのはリドルフィ。そしてジョイスの体型に合わせて弓や短剣の使い方、身軽さを活かしての戦闘法を教えこんだのがイーブンだ。


「弟子の方が先に嫁を貰ってしまったね」

「俺は嫁貰うような性質じゃないからなぁ」


 笑いながらイーブンが言う。

教会を後にして広場の真ん中まで来れば、皆の輪の隅に混ざる。


「家族っぽいものが恋しくなったらここに来ればいいしな。家庭料理も、息子みたいなのも、勝手知ったる部屋も全部揃っている」


 人の輪の真ん中、主役の二人の横で、村長のリドルフィがグラスを掲げる。

皆がリドルフィに倣って手にしたグラスを掲げた。


「では、二人の門出を祝って……」


 今日は流石にまともな挨拶をしていたようだ。他でもない弟子のハレの日だものね。主役の二人もだけど、リドルフィもとても嬉しそうな顔をしている。いや、リドルフィだけじゃなく村のみんな、だね。特に村のはじめの頃から居た何人かはちょっと涙ぐんでいたりする。


「乾杯!」

「乾杯!」「かんぱい!」「おめでとーー!」「幸せになれよ!」「乾杯っ!」


 リドルフィの声に皆の声が重なった。

ジョイスとリリスへの祝福の言葉が飛ぶ。

私も祝いの言葉を口にしてからグラスに唇を付ける。


「……イーブン、ジュースなんだけども」

「リドさんに言ってくれ。飲ませるなって言われたんだ」


 じと目で言えば、俺じゃないと肩を竦められた。

こんなめでたい席なのに、と文句を言いながらも私はジュースを飲む。飲ませるなとわざわざ言ったということは、式の前にこちらの恰好に気づいたように思ったのは、合っていたのだろう。

何の違和感だか分からないけれど、一応警戒してくれているということだ。ならば、リドルフィ自身の飲んでいるグラスの中身も酒ではなくジュースだ。


「イーブンのグラスの中身は?」

「一応酒ではないな」

「そう。すまないね。ありがとう。料理の方はしっかり食べて」

「おうよ」


 付き合いが長いのもあって、イーブンもまた何か察したのだろう。リドルフィ同様、飲むのも食べるのも好きなのを知っているから少しだけ申し訳ない気になる。

ご馳走は私が司祭役で動けなかったので、ボートンとエマが中心になってテーブルに並べてくれていた。もうちょっとしたら私も手伝いに行かねばね。


「何もなければいいんだけどね」

「ま、飲まなきゃ酒は残るんだから明日の楽しみが増えたって思えばいい」

「いい考え方だね」


 今のところ、あのよく分からない違和感はない。

このまま何事もなく終わればいいと思う。

友人に絡まれて照れて何かを言っているらしいリリスと、幸せそうなジョイスを少し離れたところで眺めながら、私はそっと祈った。



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