来訪者20
ジョイスとリリスの結婚式は、良く晴れた秋の日の昼過ぎから開催された。
みんなで午前中に仕事を片付けてから準備をし、軽い食事をしてからまずは式を挙げて、その後は早めの夕食を兼ねた宴会になる。式を挙げるところ以外は他の祭りと同じような感じだ。
村では初めて開催となる結婚式。この先は今回の式がお見本になるのかもしれないね。
宴会がある以上ご馳走はつきもので……。つまり、今日の私は、料理に司祭にとやることいっぱいだ。
前日からあれこれ仕込み、朝からフル回転で料理をどんどん作っていく。
今回はいつもと違ってリンの手伝いがない。彼女も新郎の家族として、今日はやることがいっぱいだからね。
その代わりにエマが一生懸命に手伝ってくれている。
まだ一人では任せられない部分も多いけれど、下拵えや食器の準備などは十分すぎるほどの戦力だ。
宿屋のタニアが手伝いを申し出てくれたのだけど、宿も今日は忙しいはずだから気持ちだけ頂いてお断りした。リリスの冒険者仲間などが参列するためにここモーゲンまで来てくれるから、今夜は宿も満室になるはずだ。
代わりに料理の一部は、パン屋のボートンにお願いすることにした。
パイ包みの中の具をこちらで作って、鍋をエマにもって行ってもらい、パイに包んで焼く部分をボートンが担当したり、とかね。
星送りの時も外部客がそこそこの人数が来ていたが、今回もジョイスの見立てでは似た人数になりそうだ。
残念ながら、戦乱期以降、結婚式を挙げる者はあまり多くない。
今ちょうど適齢期の人たちは、最も人口が少なくなっている世代なのもあって、そもそも結婚する人が多くないのだ。
そんな中で開催される結婚式だ。リリスも冒険者家業が長かったからそれなりに知り合いがいるし、ジョイスも王都にも知り合いがいる。
どちらも付き合っていて気持ちの良い若者だ。祝いたいという人は多い。
「グレンダさん! グレンダさんもそろそろ食べないと!」
ボートンから預かった惣菜パンとあったかいお茶を、軽食として配り歩いていたエマに声をかけられて、私は我に返る。
料理の準備もそろそろ仕上げ。大きなボウルに温野菜のサラダをどっさり盛り付けながら慌てて訊く。
「エマ、今、何時?」
返ってきた言葉に、うわ、と声を上げつつサラダを仕上げれば、私は急いで手を洗って厨房を出る。
そんな私にパンとお茶のカップを渡し、エマは言う。
「残りは後で使うお皿用意したりだよね。こないだのお祭りの時と同じ感じで。私、やっておきます!」
「エマはもう食べたのかい?」
「うん。さっきリチェと一緒に。リチェはまたノーラさんたちとお花を摘みに行ってます!」
「そう、そしたら任せてもいいかい?」
「はい!」
エマには事前に私が司祭として結婚式を取り仕切ることも伝えてある。
だからか今日は本当にあちこちでフォローしてくれて……。なんだろう、頑張らなきゃという意思に加えて、何か期待しているっぽい気配も感じる。気のせいかね。
エマに促されてカウンターの席に座り、祈りを捧げれば簡単な食事を始める。
渡されたのはしっかり甘くしてあるミルクティに、葉物野菜とハーブ、チーズを挟んだ惣菜パンという組み合わせで、パンは今朝早めの時間にボートンが焼いてくれたものだ。
しっかり焼しめてあるおかげで噛み応えがあり、パン一個だけでも満足感がある。
ハーブやチーズの加減も絶妙でとても美味しい。
「エマ、一人でやりきれなさそうだったら誰にでもいいから言うんだよ。広場に居る人ならきっと手伝ってくれるからね」
もぐもぐと食べながら、お皿の用意を始めた少女に言う。
「はい! でも、多分、大丈夫。まだ時間あるし。私はもう着替えた後だし」
そう言って、エマはくるんとその場で回ってみせた。
着ているのは星送りの時にエマとリチェに送った村のお揃いの衣装だ。
白いブラウスに深緑のベストとスカート、クリーム色の前掛け。
たくさん入ったお花の刺繍がエマにとても似合っている。
嬉しそうに着ている様子に、こちらも嬉しくなる。
「そう? ……あれ、エマ、少し背が伸びた?」
星送りの時には踝まであったはずスカートの裾が、今はもうちょっと上になっている。
「え、そうかな?」
「うん。ちょっとだけどスカートが短くなってる。終わったら裾を出しておこうね。……これからもっと背が伸びるのかもしれないね」
「だと良いなぁ。デュアンに追いつくかな?」
「どうだろうねぇ。でもしっかり食べていればきっともっと伸びるよ」
エマが嬉しそうに笑っている。
出逢った時、実際の年よりもその体形から幼く見えたエマも、最近はよく食べているからか少しふっくらしてきている。きっと背だってそんなにしないうちに私を追い越すかもしれない。
パンをしっかり食べ終え、お茶も最後の一滴まで飲み干した私は、食後の祈りを捧げてから、よし、と立ち上がった。
「それじゃぁ、私はちょっと着替えたりしてくるよ」
「あ、カップとお皿洗うからおいといてくださーい」
「ありがとう。エマ、後をお願いね」
お皿を洗いに厨房に入ろうとしたら止められた。
なんだか致せり尽くせりだね。ちょっとくすぐったい気分になりながら、私はお礼を言って二階へと上がることにした。




