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来訪者19


 蒼き風が村の中を歩く姿を見るようになって、数日が経った。

村の人たちはというと、初めはその大きな体に驚き恐る恐る遠巻きにしていた。しかし、トゥーレをはじめ子どもたちが遠慮なく蒼き風に抱きついている様子に、もう一度驚き、ほんの数日のうちに村に大狼がいることに慣れてしまった。

リドルフィが直々に村の出入りを許可し、それを告知したのも大きい。

普通とは少しばかり違うこの村、モーゲンに住まう人々だ。準応力も高いし、何よりリドルフィへの信頼が厚い。

 蒼き風が来る少し前から村に滞在しているライナスもまた、村に馴染んできていた。

門番のラムザの家に居候し、もう何年も前に同じように足を負傷したラムザにアドバイスを貰いながらリハビリに精を出している。その一環なのか、村のあちこちに顔を出して、やれる範囲で収穫や家畜の世話などの手伝いなどもしているようだ。

そこで村人たちと交流したりしているからか、食事に来る時などに見ると以前より表情が明るくなったように感じた。良い傾向だね。


 そんなこんなで何日かが過ぎ、明日はとうとうジョイスとリリスの結婚式だ。

なんとか式の前に新居も出来上がった。

二人の新居はハンナたちの家のすぐそばだ。何かあった時にお互いすぐに頼れるようにとそこに決めたらしい。

いずれ増築するつもりで、今はこじんまり最小限でいいと言ったのはリリスの方だ。食堂に来た時にこっそり教えてくれたのだが、まだ自分の家のイメージがあまりなくて色々決められなかったんだそうな。リリスは冒険者家業が長くて、依頼を受けた先で宿に泊まったり、冒険者ギルドの宿舎を利用したりと、特定の自分の住まいを持たずに生きてきている。持ち物も最小限なので、自分の家と言われても困ってしまったのだと話していた。

確かにね。その気持ちは私も少しわかる。

モーゲンの村を作るまでは、私もリリスと同じように特定の家がない生活を十年近くしていたからね。

きっとリリスもこれから少しずつ自分のものを増やして、ジョイスと一緒に自分の家を作っていくのだろう。


「……グレンダ、大丈夫ですか?」

「今、話しかけないでちょうだい!」


 声をかけてきたのは雑貨屋のダグラスだ。カウンターの定位置に座って他の面々と一緒にお酒を飲んでいる。今日はカードゲームはしないことにしたらしくて、いつもの晩酌組はだらだらと雑談タイムだ。

子どもたちは二階に上がらせてかなり経ったからもう眠っているだろう。

晩酌組は勝手知ったるなんとかで、飲みたかったら自分で酒を注ぐだろうし、おかずの残りが出してあるから放っておける。

……で、私はと言うと教典をめくっておさらい中だ。

私は、食堂の店主兼、この村の司祭、だからね。冠婚葬祭は私の出番なのだけども……何気にこの村で結婚式をするのは初めてで。つまりは私が式を取り仕切るのも初めてなのだ。

ついでに言えば戦乱期には結婚式なんてほとんどなかったし、その後だって参列した式は数えるほど。戦乱期前になってしまうと私自身が子どもの頃になってしまうので記憶もあまり残っていない。

なのに、司祭として誓いの言葉などを贈るのは私なわけで……。

流石にそんなも大事な場面でメモを見ながら唱えるわけにもいかないので、再勉強中なのである。

何やら書類を確認しているリドルフィと同じテーブルで、ぶつぶつと小声で唱えながら暗記をする。

昔一度は覚えた文言なのに、あまりに長い年月縁がなかったからあちこち怪しい。


「しかし……とうとうジョイスも所帯を持つ、感慨深いですねぇ」

「ダグが村に来た頃は、ジョイスもまだグレンダぐらいの背丈だったしなぁ」

「ですねぇ」


 書類に飽きたのかリドルフィまで雑談に混ざり始めた。

考えてみたら村長なんだし、ついでに聖騎士として司祭関連の勉強も昔したのだから、リドルフィが司祭役をして誓いの言葉を唱えてもいいはずだ。

なのに、なぜ私だけ式の手順などを一から確認し直しているのか、と、恨めしい目で見たら笑われた。


「俺は乾杯の音頭があるからな。それに式はグレンダが仕切る方が皆喜ぶだろう」

「……」


 視線だけで私の心を読んで、的確に返すのはやめて欲しい。


「そうですね。こんな時でなければグレンダの法衣姿なんて村の皆は見る機会もあまりないですし」

「……最近、何かと着ていることが多い気がするんだけど」

「それはそれ、これはこれ、です。どこか胡散臭いリドさんより、綺麗な法衣姿のグレンダに誓う方が厳かな感じになってジョイスたちもきっと嬉しいですよ」

「ダグラスの言う通り。俺だと酒飲みの誓いになっちまうからな」

「……」


 ダグラスまで楽しそうに追い打ちをかけてくるし。リドルフィはリドルフィで言っていることがひどい。

私は一度、伸びをする。肩が凝った。

治癒の魔法や戦闘時に使うような呪文などは、今でも何も見なくても唱えることができるし、なんならアレンジしたり一部省略したり等もできる。

だが、いわゆる儀式のための文言とかは、知識としては頭に収まっていても実際に使う場面があまりに乏しかったから自信がない。似た部分を入れ違いそうだし、途中抜けが出たり、逆に勝手に増やしてしまったりしそうだ。

魔法と違ってそれで暴発するとか逆に発動しないなんて困ったことにはならないけれど、折角の祝いの席で間違えました、なんて無様なことはしたくない。


「リド、悪いんだけど、唱えてみるから確認して」


 どうやら書類仕事が終わったらしい壮年マッチョに教典を押し付ければ、わざわざダグラスがリドルフィの方へと寄っていって横から開いたページを覗いている。……ダグラスだけじゃなくて他の人たちまで集まってきた。ちょっと、見世物じゃないんだけども!


「よし、来い!」

「……」


 なんでそんな掛け声なのか。

みんなを追い払う前に促されて、私は諦めて祝いの言葉を暗唱し始める。

……余計な野次を飛ばす人たちのおかげで私は十回以上暗唱する羽目になり、そのおかげなのか、なんとか本番までに間違えずに長い祝いの言葉を言えるようになった。



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