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来訪者15


 村の門へと戻る道を辿る間、リドルフィはずっと無言のまま私の手を握っていた。

小さな明かりはあるものの暗くて私が転びそうだからというのもあるだろう。だが、どちらかというと一時でも離したくないから繋いでいると言った方がしっくりくるような、そんな手のつなぎ方だった。

いつもならこちらの歩調に合わせてくれるが、何か考えことでもしているようで手を繋がれたままの私は小走りになる。……かなり体格差があるからね、リドルフィの歩調に合わせるとどうしてもそうなってしまう。

 暗い中そうやって歩くのは中々に大変ではあったのだけど、私は少し笑ってしまった。

懐かしい、と、思ってしまったのだ。

今でこそ私の歩調を熟知し、一緒にいる時には当たり前のようにこちらに合わせてくれるのが常になっているが、昔のリドルフィはもっと大雑把だった。思い立って自分の歩調で歩いて行ってしまうのを慌てて追いかけるのはよくあることで、こちらが息を切らす頃にやっと気が付いて謝り、その後は自分の歩調で歩くために私を抱えあげる、そんな感じだった。

今ほど過保護になったのは……私が、神樹をこの身に宿してからだ。


「……リド、ちょっと! 待ってちょうだい!」


 村の勝手口の小さい門をそのままの勢いで通り抜けようとした男を、私は呼び止める。

強い口調にするつもりはなかったのだけど、普段運動なんて碌にしていないのにずっと小走りだったからね、どうしても勢いよく言う感じになってしまう。

私の声に我に返ったらしく、リドルフィは門の前でやっと立ち止まった。

繋いだ手に引っ張られる感じになっていた私は、振り返った男の胸にぼふっと飛び込む形になった。


「……あー……すまん……」


 やっと立ち止まることが出来た私は、ふぅと息を吐く。

肩で息をしていたら、背中をさすられた。


「……謝らなくていいんだけどね。ちょっと懐かしかったし。でもこれ以上は無理」


 急ぐなら先に行ってちょうだいと言えば、絶対置いて行かないと言い切られた。別に責めているつもりじゃなかったのだけども。バツが悪そうな顔で見下ろしてくる相手に苦笑する。


「どうせ、さっきの言葉についてずっと考えてたんでしょ?」

「あぁ」


 蒼き風が教えてくれたのは、神樹を背負い枯らすまで育てた後も生き延びた巫女の話だった。

……と言っても、長き時間の間に言葉は削れ、貰えたのはほんの僅かな情報のみ。

それでも私たちにとっては大きく意味のあるもので……リドルフィは何度も本当かと問い確かめていた。

当事者である私よりも真剣にその情報を吟味しているようで、ありがたいと思う反面、私は若干置いてけぼりを食らっているような有様だった。そう、まさに今さっき物理的に置いて行かれそうになっていたのと同じような感じに。


「聞いたことを忘れる前にメモしたりとかは、後で一緒にやろう。……それ以外で今急がなきゃな理由は?」

「特にないな。……すまん」

「いいよ。それだけ真剣に考えてくれているってことでしょ。ありがとう」


 やっと息が整ってきた私は、片手を伸ばす。俯き加減にこちらを見ている男の頭を撫でてみる。身長差があるからとてもやりづらい。

洗いっぱなしで大雑把にしか手入れしていない髪は毛が太くて少し硬い。ゆっくり撫でていたらその手を取られた。そのまま手のひらに頬を寄せられる。


「小さいな」


 ふっと笑われて、私は眉を顰めてみせる。


「リドが大き過ぎるのよ。私は普通サイズ」


 そうだなと相槌を打って、しばらく私を見つめていた男は手を離し、一度屈むといつもみたいに私を片腕に抱き上げた。


「これで目線があった」

「文字通り力技ね」

「自分の力で叶えられるものは叶える主義だからな」


 目線があった私の目を覗き込むようにして、しばらくこちらの様子を見ていた後、リドルフィは小さく息を吐きだす。その様子に、あぁ、バレたなと私は観念した。


「ほら、話せ」


 分かっているという口調に、私は肩を竦める。


「笑い飛ばしたり、逆に怒ったりしない?」

「内容による」

「あなたに怒られるのは嫌なのだけども」

「なら、抱き上げている間は怒らない」


 その状態では私に逃げ場がなくなるから。

慈悲深いのかそう言って促す相手にやれやれと私は首を横に振った。多分そんなやり取りもまた、こちらがこれから言い出す内容をある程度察しているからこそなのだろう。

男は私を抱き上げたまま歩き出す。


「……なんていうか、ね。本当にいいのだろうか、と思ってしまったのよ」


 子どもみたいに運ばれながら、私は、ぽつと言った。


「あなたはずっと信じて待ってろって言ってたけれど……二十年、もうずっと私自身も枯れてしまうしかないと覚悟し続けてきたから、ね」

「あぁ」


 ゆっくりと言葉を選びながら話す私に、短く促す相槌だけが返ってくる。


「ここに来て、もしかしたら、なんて話が出てきてもどうしていいか分からない……」


 抱き上げた私を支える手が、ぽんぽんと私の背中を叩いた。

自分でも何を言っているのだろうとも思う。それでも多分、今のは本音で。そう、困惑しているのだろう、私は。

今の生活が続けばいいと願いながら、先を考えることをやめてしまっていたから。

それは自分には望めないものだとあの時から自分に言い聞かせ続けてしまったから。

唐突にまだ道はあると示されて、まだその道を辿ることができるかもわからないのに困惑している。

この先も生きていたい、と、願っていいのか、自分で分からない。


「……私は、本当に死ななくてもいいの?」


 口にすると、とても愚かな言葉に聞こえた。

自分の生き死にすら自分で決められぬ、そんな情けなく他力本願のような……縋る言葉に、リドルフィは小さく息を吐く。しかたないなという風に。苦笑交じりの吐息はやっぱりいつもと同じで優しい響きだった。


「そこで……そんなところで躓く辺りがお前なんだろうな」

「……面倒くさくてごめん」

「知ってるからいい。大丈夫だ」


 食堂の建物の前まで歩いてきたリドルフィは立ち止まる。

それまで前を向いて歩いていた男は、そこで私を見た。

真直ぐに、揺らがず、強い視線は昔から変わらない。


「……何度だって言ってやる。死なせない。……だから、お前は信じて待ってろ」


 いつもと同じ言葉に。

視界が、揺れた。

そう認識した直後に、ぶあっと滲んでまともに見えなくなる。

上手く受け止めきれなくて溢れた何かが雫となってぼたぼたと落ちる。ひぐっと喉が鳴った。息のしかたが分からなくなって何度も何度もしゃくり上げる。

リドルフィは、子どもみたいにその涙の意味も理解しきれぬまま泣く私を、いつまでも抱き留め背をさすっていた。




……なんとか年末年始も休まず更新できました。

支えてくれた全ての方に感謝を。


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