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来訪者10


 その日は、夕焼けの頃合いから宴会になった。

主役はまだ小さな男の子だからね。村のちびっ子たちも一緒に祝うから、大人主体のお祝いごとと違ってあまり遅い時間まではできない。

……何より、子どもたちがご馳走の匂いに気が付いて騒ぎだしてしまったから、あまり待たせることもできなかった。

あの後、私とボートンは、エマやリンに手伝ってもらいながら、大急ぎで料理やデザートを仕上げた。その間にセアンたちが村の皆を呼びに行き、ダグラスは買い付けてきた品の片付け等を早めに終わらせた。

やっとテーブルの準備が出来た頃には子どもたちは大喜びではしゃぎ回り、大人たちはなんとかなったと汗を拭き苦笑している、なんて状態だった。

 今日の主役のトゥーレはというと、お祝いの席の間ずっと嬉しそうだった。

こんな風に自分を中心に祝われるのなんて滅多にないことだからね。

村人にもっと少なかった頃は一人一人の誕生日も村全体で祝っていたけれど、村人が二十人を超えたぐらいの時にみんなで話し合ってやめになった。理由は確か三人ほど誕生日が固まっていて連日宴会をすることになってしまい、ならば各月ごとにまとめるか、なんてことになったのだ。

そんなわけで、それ以降は誰か一人が主役!なんてお祝いの席は六歳の祝福を貰った時と結婚式ぐらいだ。


 たくさん用意したご馳走も食べ終わり、はしゃいで賑やかだった子どもたちが欠伸をし始めた頃、祝いの席もお開きになった。

空も暗くなった後だったし、ちょうど良い頃合いだろう。

せっかく早い時間に夕食も終わったのだし、大人たちも今日は早く寝たらいいと、今日は食堂も早めに閉めることになった。皿洗いなどの片付けもみんなでやればあっという間だ。

 村のみんながぱらぱらと家に帰って行くのを、トゥーレが両親と一緒にありがとうの言葉と共に見送っている。ちなみに妹の双子はちょっと前に力尽きて、セアンとノーラに一人ずつ抱っこされていた。

そうこうしているうちに、残っているのはうちの姉妹、リドルフィ、セアン一家だけになった。

やっと一息つけるような、そんな時。……ふっと何か予感がして、私は空を見上げる。

その少し後。昨夜と同じ、獣の遠吠えが聞こえた。

それまでの会話がぴたりと止まり、外に居たセアンたちとリドルフィ、私は顔を見合わせる。


「……村にはすぐには入れん。先に帰った連中も大丈夫だ」


 この村の外壁は、単なる物理的な柵だけでなく、定期的に結界石を重ね置いて私がまじないをかけている特別製だ。

以前のようにイノシシか何かが何度も突撃したり穴を掘ったりすると脆くはなるけれど、大型の魔物とかでもなければそう簡単には破れない。

さっきの遠吠えは他の人たちにも聞こえただろうから、きっとみんな、足早に家へと帰ったはずだ。


「……よんでる」


 ノーラのスカートを掴んだままじーっと耳を澄ませていたトゥーレが、ぽつと言った。


「え?」

「あいにきて、って」


 小さな声とその内容に、思わず訊き返す。

大人たちはまた顔を見合わせることになった。


「トゥーレ、もしかしてあの遠吠えのこと?」

「うん」

「トゥーレに会いにきてって言ってるの?」

「うん」


 小さな頭がこくりと大きく頷く。

 辺りはもう暗い。

聞こえているのは狼か何か、犬系の獣の遠吠えらしきもの。

普通に考えたらその声の主に今から会いに行こうなんて選択肢はない。

でも……


「じぶんはそっちにいけないから、あいにきて、って」


 トゥーレが言う言葉に嘘があるようにも思えない。


「……もしかして、夏に迷子になった時、トゥーレを守ってた子だったりとか」


 嵐の前、もう雨風がひどくなっていた時に果樹園で気絶していたトゥーレを守っていた銀色の獣。

聞こえた遠吠えからふっと思い出した私は考え込む。もし声の主があの獣だったなら、会いに行っても大丈夫な気がするのだ。

それに、こちらには今、リドルフィも私もいる。もし聞こえている声が罠か何かだったとしても、私たち二人が揃っていれば大抵のことは何とかできるはずだ。

そんな考えがリドルフィには伝わったらしく、しばらく考えてから、よし、と口を開く。


「セアン、ノーラ、俺とグレンダでトゥーレを連れて、呼んでる何かを確かめてこようと思う。トゥーレは、ことが終わったらそちらに送って行く」

「……」

「危なくは、ないのですか?」

「大丈夫だ。いざという時に備えてグレンダも連れて行く」


 黙ったまま考え込むセアンと、心配そうに問うノーラ。そりゃそうだよね。こんな暗くなった後に我が子を村の外に出すなんて心配にならない訳がない。


「かあさん、だいじょうぶだよ、すごく、やさしいこえだもの」

「……そう、なの?」

「うん!」


 母親の不安げな様子に、リドルフィではなく息子のトゥーレが言い切った。

迷いもなく、きっぱりとした口調に、セアンが、わかった、と頷く。


「……ノーラ、とりあえず帰ってこの子たちを寝かそう。リドさん、わかりました。トゥーレをお願いします。……トゥーレ、リドさんたちの言うことをしっかり聞くこと。こういうのは今回だけだよ。夜の森はとても危ない。呼んでいる何かにも、夜は会いに来られても行けないって伝えなさい」

「わかった」


 父親の目を見て、トゥーレがしっかりと頷いた。


「グレンダ、ちょっと剣だけ取ってくる」

「了解。ノーラ、心配かもだけど信じて待っていて。必ず元気な状態で戻すからね」

「……グレンダ、うん。お願いします」


 リドルフィが装備を取りに行く間、私も一度食堂の中に戻ってエマたちに事情を話した。

リチェはもうおねむだし、エマも今日は少し疲れたようだ。

二人には上に上がって寝るように伝える。ぎゅーっと抱きしめてから子供部屋へと送った。

子どもだけで残すのは心配ではあったけれど、エマはもう大きいしリチェの世話にも慣れている。私がしっかり施錠した後に更に結界を張っていけば外からの危険はほぼない。大丈夫だろう。

念のため、何かあったら隣のダグラスに頼れとエマには伝えておいた。

 二階に行ったついでに靴を履き替えて、とってきた外套を羽織って戻ればちょうどリドルフィも戻ってきたところだった。

手甲を付け、長剣を帯びている。上着も厚手の物に替えてきていた。

私もリドルフィもいざとなれば動ける格好になってきたのを見て、ノーラが少し笑う。


「……トゥーレ、モーゲンの子で良かったね。そうじゃなかったら、どんなにあなたが呼ばれてる、会いに行きたいって言っていても、きっと誰も連れてってあげられなかったもの」

「リドさん、グレンダさん、トゥーレをお願いします」


 セアンがもう一度私たちに頭を下げた。

リドルフィが、大丈夫だ、という風にしっかりと頷いた。



エピタイトルは「来訪者」なのに、3回に2回ぐらいの確率で「訪問者」と書いてしまって予約投稿中に気が付いて直してます。意味合いはほぼ同じだけど、音の響き的に後者だとセールスっぽく聞こえるのは何故なんでしょうね……(汗)

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