来訪者8
「リドおじさん! グレンダおばちゃん! おはよー!」
「おっ! トゥーレ。元気だな!」
ライナスが帰って行って、少し後。元気な声と共にトゥーレが食堂に走ってきた。
それに少し遅れて父親のセアンと母親のノーラもやってくる。双子の妹たちはお留守番。ここまで連れてきてしまうと、「わたしたちもいっしょにいく!」と騒ぎになるからと早めの時間にノトスのところに預けたようだ。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「セアン、ノーラ。おめでとう」
「ありがとう、グレンダ」
「ついこないだまでオムツ履いていたのに、あっという間でびっくりよね」
親子そろって三人とも、今日はいつもよりちょっとおめかしだ。
ノーラは少し良いワンピースにストールを合わせているし、セアンも上着をしっかり着ている。トゥーレは、今日のためにノーラが用意したのだろう、ズボンと同じ布のチョッキを合わせている。中々可愛らしくも格好良い感じに仕上がっていた。うん、可愛いと頷けば、ノーラが誇らしげに笑っている。頑張って作ったんだものね。
「トゥーレ、いよいよ祝福だね。緊張しているかい?」
「ううん。たのしみなだけ!」
「そう。いいねぇ」
この子が夏の嵐の最中に行方不明になった時のことを思い出す。私はしゃがんでトゥーレと目の高さを同じにし、ぎゅーと抱きしめる。何、何?とトゥーレが擽ったそうに笑っている。あの時、本当に見つけることが出来て良かった。
私が何を考えたのか分かったのだろう、ノーラたちも急かすこともなく待っていてくれた。
「王都では迷子にならないように手を繋いでいるんだよ。村の何十倍も人が居るからね」
「うん、わかった!」
抱きしめていた少年を離して、念を押すように言えばいい返事が返ってきた。
つい愛おしくて頭をゆっくりゆっくり撫でる。どうやら髪もノーラが頑張って整えたみたいだからね、乱れないように優しく、だ。
「よし、それじゃ行くか。グレンダ、留守を頼む」
「はいはい。ジークたちに会ったらよろしく伝えて」
「わかった」
リドルフィが上着を持って立ち上がり、セアンたちも食堂を出ていく。私も見送るために扉から出れば、ダグラスが広場で馬車を用意して待っていた。彼はいつも通り商売に行くだけなので、恰好もいつも通りだが、それでもちょっと誇らしげだ。村の子の祝福だからね。
トゥーレが祝福を貰うのは村のみんなが知っていて、広場近くにいた手の空いている人たちがぱらぱらと見送りに出てきている。みんな心からトゥーレのことを喜んでいて、この場にいる全員がにこにこと笑顔だ。そんな光景はまだ人数の少ないこの村だからこそ、なのかもしれない。
「グレンダおばちゃん、いつもみんなにやるやつ、ぼくにもやってくれる?」
「うん、もちろんだよ。さぁ、馬車の横でお母さんと手を繋いでね」
トゥーレが言っているのは、出掛ける人にやっている祝福のまじないだね。
いつも見るだけで、掛けてもらう側になることはなかった少年はこのまじないも楽しみにしていたようだ。
トゥーレが母親と手を繋ぐのを待って、私は指先をぱっぱと払い、姿勢を正す。
「出掛けて行く者たちに光の加護を。我が友人たちに今日も良き風が吹きますように――……」
しっかり韻をふみながら、今見送る人たちに合わせてアレンジして謡うように唱える。
辺りにふわりと優しい風が吹いていった。トゥーレが辺りを見渡す。子どもは感覚が鋭いから多分まじないの風を感じたのだろう。
「いってらっしゃい。トゥーレ、素敵な祝福を貰っておいで」
「いってきまーす!」
馬車に乗りこみ、大きく手を振るトゥーレやその横で笑っているその両親に、私も笑顔で手を振って見送る。やっぱり子どもが育っていることをこうやって実感できるのは本当に嬉しいね。
今までに育つことが出来なかった子を、違う意味で見送らなければならなかったことも何度もあったから、つい感傷に浸ってしまう。
「グレンダさん、スポンジとパイ生地出来上がったら持ってそちらに行きますね!」
ちょっと滲んだ目尻を拭っていれば、パン屋のボートンが声をかけてきた。
私は慌てて目元を拭ってから、分かったと頷く。
「本当、ボートンが来てくれて助かったわ。私一人で用意するよりすごく楽だもの」
「むしろ、今まで一人で全部やってたのがすごいんですよ」
「前はもっと人数が少なかったからねぇ」
今夜はトゥーレのためにお祝いのご馳走を用意して、村のみんなで食べようって話になっている。
それもちょっとしたサプライズにする予定なので、まだ本人とその両親には内緒だ。
子どもたちに話すと、ぺらっと喋ってしまいそうなのでリチェや小さな子たちにも内緒にしてある。
今回の前の祝福はデュアンの時なのでもう随分と前の話だ。
今は年少の子たちが多いのでしばらくはこのお祝いが年に何度かある状態が続く。……そう思うと本当に嬉しい。
パン職人のボートンが作ってくれたスポンジにモーゲン産のクリームや果物をのせたケーキに、パイ生地包みやホワイトシチューなど、トゥーレの好きなものをいっぱい用意する予定だ。
ケーキのトッピングなどはボートンが手伝ってくれるそうなのでちょっと安心だ。
私は少年の喜ぶ顔を思い浮かべながら、うきうきと食堂に戻っていった。




