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来訪者6


「うちに来てから数日経ったけれど、少しは慣れたかい?」


 夕食の営業時間もそろそろ終わり。

最後までのんびりしているラムザに付き合って、食堂に残っていたライナスに声をかけた。

ちなみに夜間は村の門は閉めてある。王都などとは違って、この村はそんな遅くまで出入りしたがる人もいないからね。夕暮れ時を過ぎたらしっかり施錠して、朝はみんなの朝食が終わったぐらいの時間に開門だ。農家や酪農家たちが早朝などに出入りしているのは村の奥の方の小さな門で、そちらは登録式の魔法が掛けてある。登録してある村人が一緒でないと出入りはできない。


「おかげさまで。……ここは静かで良いところですね」

「のんびりするにはうってつけでしょう?」

「えぇ」


 まだ残っている村人たちは酒を飲んでいるのに対し、ライナスはお茶を啜っている。飲まないのかと聞いたら、笑って断られた。どうやらそういう気分にはなれないようだ。

ダグラスとラムザは、他数人とテーブルでカードゲームをやっている。いつものように負けた者が酒代を驕るようだ。

リドルフィは、カウンターでジョッキ片手に今日ダグラスが王都から持ち帰ってきた書類を、難しい顔をして眺めている。……それは酒を飲みながらの確認でいいのかね。

ライナスはというと、そのリドルフィの二つ隣におさまってのんびりカードゲーム組を眺めていた。

同じテーブルにつかないのは、近寄るとゲームに巻き込まれるかららしい。賢明な判断だと思う。


「気に入ったならずっと居たらいいよ。これからの季節は美味しいものも多いからね」

「それは楽しみですね。今日の夕食も美味しかったですし」

「そう? ありがとう」


 口調が丁寧なのもあって、褒められると擽ったいね。

お礼にナッツを小皿に盛って出したら、壮年マッチョの方が反応した。じーっと私を見ていたので、無言のまま同じものを彼の前にも出してみる。


「いや、そうじゃないんだが……まぁいいや、ありがとう」


 違ったのか。なら返して貰おうかと手を出したら、すっと皿をよけられた。リドルフィはそのままポリポリ食べながらまた書類を読み始める。私は小さく肩を竦めた。


「仲いいですよね。リドさんとグレンダさん」


 その様子を見ていたライナスが、のんびりお茶を飲みながら言う。


「もう四十年ぐらいの腐れ縁だからね。……ヴェルデアリアに行った時、戦った廃墟があったでしょう、あそこにあった学校に一緒にいたのよ」

「あぁ、なるほど……」


 その言葉で色々ピンときたらしい。ライナスはしばらく何かを思い出しているようだった。

そういう時は放っておくに限る。一人で考えたい時もあるだろうからね。

私はそのまま厨房に戻り、洗い物をして明日の朝のために仕込みを始める。

 最近は、ボートンが惣菜パンも焼いてくれるようになったので、朝食の準備が格段に楽になった。卵料理とソーセージパンとかで十分ボリュームが出るからね。それにスープとサラダでも付ければ立派な朝食になる。

卵料理はエマに任せられるようになったし、急にあちこち分担できるようになってきたから、少し自分が楽し過ぎてやしないかと不安になってしまう。

ベーコンとサツマイモのミルクスープを仕込みながら、ふと時計を見上げればそれなりに時間が経っていた。


「そろそろ頃合いだよ。店閉めるから片付けてちょうだい」

「今夜は私の勝ちですね。ご馳走様です」

「え、後もう一勝負だけ……っ!」

「やれやれ、またか……」


 カードゲーム組が騒いでいるが、遠慮なくあちこちを片付け始める。彼らの都合に合わせているといつまでも終わらないからね。ラムザに至っては途中から突っ伏している。寝ているのかそれともこれ以上負けないために寝たふりをしているのか。


「グレンダさん、ご馳走様でした」

「いえいえ。また明日ね、ライナス。……悪いんだけどそこの寝ちゃってるの、連れて行ってしまって」

「了解です。……ラムザさん、そろそろ戻りますよ。起きて下さい」

「リド、書類はちゃんと持って帰ってちょうだい。こないだ置きっぱなしだった時があったよ」

「そうか、すまん」


 ほらほら片付けて、と、いるメンバーをせっついて送り出す。寒いからしっかり上着を着るように促したりしていると、なんだか大きな子供がいっぱいいるような気分になってちょっと複雑だ。

この時間まで残っていたのはみんな村の人たちだったから、勝負結果の酒代は月末にまとめて請求だ。あの分だと今夜もダグラスが勝ち逃げだろう。村のお財布も握っているモーゲンのお抱え商人は、さりげなく勝負ごとに滅法強い。いかさまはやってなさそうだが、その気になれば村人相手であれば、誰に勝たせるか等もある程度操作できるんじゃないかと私は思っている。……ので、私は絶対にダグラスとは勝負ごとはしない。


「あぁ、そうだ、リドさん、グレンダさん。明日って時間ありますか?」

「朝一なら空いてるな」

「明日は、リドはトゥーレの付き添いだね、私だけならいつも通りずっと食堂にいるけれども」


 食堂の正面の扉を開いてみんな追い出していれば、ラムザに腕を貸しているライナスが声をかけてきた。

リドルフィの言葉にあぁ、そうだと思い出す。明日はトゥーレが祝福を貰いに行く日だ。


「では、急ぎではないのですがちょっと聞きたいことがあって」

「すぐに終わる話なら、明日の朝食の後で。時間がかかりそうならまた後日だな」

「大して時間を取らせないで済むと思います」

「そしたら、朝食後に少しお茶の時間をとるかね」

「すみません、ありがとうございます」


 それではおやすみなさい、と礼儀正しく言って、ライナスは他の村人たちと一緒に帰って行く。

その様子をリドルフィと見送ってから、私は首を傾げた。


「……もしかして、ハンナにあれこれつつかれたとかかね」

「……ハンナ? もしかしてリンの婿候補云々か」

「そっとしとけって言ったんだけどねぇ……」


 もしその手の話だったらもう一度ハンナを止めねば。

帰って行くみんなの背がある程度見えなくなるまで見送っていたら……

ふ、と、遠くに獣の遠吠えが聞こえた気がした。体がピクッと震える。


「リド」

「あぁ、聞こえた。……まだ皆に知らせてないが、数日前に一度足跡も見ている」

「そう……」

「魔物ではなさそうだが、しばらく夜間の外出をとめることも検討だな」


 私は、こくりと頷いた。



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