来訪者5
そう、もうすぐジョイスたちの結婚式なのだ。
星送りの頃に皆に公表され、村の女性陣総出で迎え入れる花嫁用の村の衣装に刺しゅうを施した。
順番に各家を衣装が巡っていく関係で時間はかかったが、おかげでとても良いものが出来上がった。
後は当日までに花嫁衣裳が出来上がれば準備は終わりだ。
普通なら結婚式当日に花嫁が着る白い花嫁衣装は、両家の母親やそれに代わる者が協力して作る。
しかし、ジョイスの花嫁は残念ながら戦乱期に両親を亡くしていて、身寄りらしい身寄りがいない。
相談の結果、ジョイスの母親のハンナを中心として花嫁本人と、これから家族になるミリムとリンの四人で作ることになった。
ハンナたち一家が村に来てから長い付き合いなので手伝うかと私も訊いたが……ハンナと花嫁が張り切っているので手伝わなくても大丈夫らしい。
「……で、リリス。ここに居て大丈夫なのかい?」
食堂のカウンターテーブルに懐いている女冒険者にお茶を出してやりながら、一応訊いてみる。
ふるふるとその頭が横に振られるのを眺めてから、その背中を軽く叩いてやった。
「私、ここまで自分が不器用だと思ってなかったの……」
短剣を器用に扱い、罠や探索にも秀でた優秀な冒険者のリリスだ。確かに手先は器用な部類だと私も含め皆認識していて……多分、本人もその自覚があったのだろう。
しかし、どうやら裁縫については別だったらしい。しおしおと言う様子に私は隣に腰を下ろして彼女の手を取る。
予想通りあちこち針を刺してしまったらしい小さな赤い点をいくつか見つければ、そんなこともあるよと慰め言葉の後に、呪文を唱えた。
ふんわりと私の手が光り、リリスの小さな傷を癒していく。
「……ありがと」
「どういたしまして」
「……グレンダさん、私で本当に大丈夫なのかなー……」
そう、ジョイスの結婚相手は、熊退治の時から村に何度も顔を出してくれているリリスだ。
歳が比較的近いことや、気が合ったことから交際に至り、ジョイスの方からプロポーズしたらしい。よくよく聞いたら、ジョイスが私に教えてくれた時にはまだだったらしく、あの日の夜に結婚を申し込んだのだそうだ。この先もこの星送りを一緒に過ごそう、と。確かにあの光景はロマンチックだし、その言葉も素敵だと思うけれど……ジョイス、そういうのは二人の秘密にしておいた方がいいんじゃないかね。私どころか、多分、村のほとんどの者がそのことを知っている。
「何を今更」
「だって、縫い物も出来ない女だよー……」
「はいはい」
傷を治し終えれば、さっさと私は席を立つ。夕飯の仕込みをしなきゃだからね。それに料理しながらでも話は聞ける。
「料理もそんなにできる訳じゃないし、私の方が随分年上だしー……」
「ジョイスはそういうとこ、気にしてないだろ?」
「うん、そうだけども……」
「なら、そこは気にしなくていいんじゃないかい?」
「うー……」
「ドレスもハンナたちが大丈夫って言ってくれたんでしょ?」
「それはそうなんだけども……」
これはあれかね。マリッジブルー。結婚前に不安になるお約束のやつ。
普段の明るくて元気なリリスが、萎れてうじうじしているのは見ていてちょっとおかしくて、微笑ましい。
きっと本人からしたら大問題なのだろうけれど、ぼやいている内容も言っては悪いがお約束そのままだ。
料理しつつ、ついつい笑いながら宥める言葉をかけていれば、顔を上げたリリスが私をじとーっと見ていた。
「……そもそもね、私より先にお嫁に行かなきゃいけない人がいると思う!」
「え。誰? ……リンはまだ若いし、流石にハンナはもう結婚しないと思うよ?」
他に共通の知り合いで独身の女性はと考える。村の中は、独り者男は多いけど、女性陣はほとんど家庭持ちだ。すでに相方が他界している人もいるが、皆、再婚を望んでいるとは思えない。
夏の討伐の時に一緒だったシェリーはどうだろう。そういえば既婚かどうかは話に出なかった。リリスの冒険者仲間で私も知っている女性はそんなに多くない。イリアスにはリリスもここで会っているけど、彼女は結婚するようには見えない……あの性格だし、エルフだからね……。
「……」
本気で誰のことを言っているのか分からなくて考え込んでいたら、ため息をつかれた。何故?
「えーっと?」
「まぁいいや。んー、んーー……」
また何か唸っている。今度は何を言い出すんだろうと手は動かしつつ待っていたら、リリスはすくっと立ち上がった。よし、と、気合を入れるような掛け声。その状態でお茶の残りをくいっと飲み干した。
「グレンダさん、私、当日のご馳走用に鹿かイノシシでも狩ってくる! 捌いて持ってくるから料理して!」
「えっ」
「お茶ありがとう、行ってくるわ!」
「リリス、ちょっとっ!?」
思い立ったら即行動。若いってすごいなーなんて思いかけて、慌てて呼び止めるも、扉を開けて出ていってしまった。
……結婚式に振る舞う料理の肉を、自分で調達してくる花嫁。なくはないだろうか、どうなんだろう。それって、本来は花婿がやることなのではなかろうか。
「グレンダ、今、リリスがすごい勢いで走って行ったけど……」
ちょうどやってきたダグラスに問われて、私は肩を竦める。
「ご馳走用の鹿を捕まえてくるって……。止める間もなく行っちゃったのよ」
「あぁ……」
私とダグラスは困った顔で笑い合うことになった。




