来訪者3
その日の晩、食堂を閉めた後にリドルフィが残っていた。
私は明日の準備などをするのに厨房の方でごそごそやっていたので、皆が帰った後に彼が一人残っているのにしばらく気が付いていなかった。……防犯上それで大丈夫なのかという気もするけれど、こんなことをするのはリドルフィぐらいだから、まぁ大丈夫だろう。
「どうしたの?」
「少しだけ話をしていっていいか?」
「構わないけど長くなりそう?」
「若干、な」
「それなら、お茶を淹れるわ」
言って私は厨房に戻るとお湯を沸かし始める。魔法で一瞬のうちにお湯を出すことも出来なくはないのだけど、なんとなくちゃんと沸かしたお湯を使う方がお茶は美味しいような気がするのだ。ちょっとしたこだわり、というやつだね。
何かをしながらではなく、お茶を淹れるためだけに時間を使って、しっかり茶葉を蒸らす時間を計り丁寧にカップに注ぐ。
ふわっと柔らかな湯気が立ち上り、ハーブの優しい香りが厨房を満たす。
もう夜遅めの時間だからお茶と言いつつハーブティーだ。紅茶などだと眠れなくなってしまうこともあるから。ほんの少しだけ蜂蜜を垂らすのは風邪予防だ。
「リド、はい」
「美味しそうだ。ありがとう。……あぁ、そこの瓶、閉め直しといたぞ」
「あ、頼もうと思ってたんだった。ありがとう」
カウンター席に座っている彼に専用の大きめのカップを渡し、私も自分のカップをもって厨房を出る。
隣に座れば、昼間作っていた保存食の瓶の話をされた。
保存瓶のクチが大きいのは使いやすくて嬉しいのだが、その分、蓋も大きくて私の手だと閉めづらい。冬の間保たせるにはしっかり閉めないとだから、彼に頼もうと思っていたものだった。
「さて、グレンダ。さっきライナスの足に治癒をかけたと聞いた。……体調は?」
「あぁ。特に変わりはないよ。魔法も普通に使えたし、今も使えている」
「なら、それは良し」
予想していた質問だったので、私は特に間もおかず答える。
リドルフィはイリアスから私の状態を聞いている。普段と違う魔法を使えば気にして訊いてくるのはあれからお約束になっていた。
大丈夫だよ、と笑い、お茶のカップを傾ける。ふんわりと香りが鼻孔を擽り、喉を通ったお茶がじんわりと体を中から温めてくれる。
「……では、次だな。お前の見立ては?」
ふむ、と頷いたリドルフィはお茶には口を付けずに、次の質問をしてきた。
こちらも予想していたことだったから、答える言葉はすでに持っていた。
緩く首を横に振りながら、私は目を閉じる。先ほど見せてもらったライナスの足の状態を思い出して口を開く。
「……残念ながら。もう人が治せる時期を過ぎてしまっている。まだ残っていた炎症箇所には干渉できたから、神聖魔法で出来る限りのことはしておいたけれど。あの足で今までのように重騎士として戦うのは……」
「そうか」
「奇跡を、願うかい?」
「ダメだ」
「……分かった」
リドルフィの即答に、私は静かに頷いた。
多分、リドルフィもこのやり取りは想定範囲だったのだろう。大きな手がぽんぽんと私の背を叩く。私が、その決定を上手く呑み込めるように。
確認して、私に問わせて、否と即答する。そうすることでその決定の重みを半分背負ってくれているのだ。
「ライナスは当分うちに滞在する。その間ラムザに預けるつもりだ」
「うん、それがいいと思うよ」
この村が出来て以来、ずっと門番として村の警備を担ってくれているラムザは昔、ライナスと同じように片足を負傷している。彼自身の努力の結果、今では平地であれば言われなければ分からないぐらいに自然に歩けるようになった。元々の実力もあり、村の防衛の要をしっかりとこなしてくれている。それでも長時間歩き回ることや、高低差があるところは厳しい。ラムザ本人がいうには、踏ん張りがきかないのだという。戦闘も短時間が限度だ。
「ランドから、直々にライナスのことを頼まれた。……今後も考えて門番を二人に増やすことも検討するつもりだ」
そう言ってリドルフィは一口お茶を飲んだ。
「うん。……ライナス自身は?」
「まだ話してない。もうしばらく様子を見てから、だな」
「そっか。わかった」
聞けばライナスは騎士団の寄宿舎暮らしだったらしい。家族もいないので寄宿舎を出てしまうと行く当てはあまりない。
騎士は、その仕事柄怪我をして退役することも少なくはない。そして、そのまま団を抜けた後行方が分からなくなってしまう者もいるのだと聞く。特に真面目で不器用と言われるような者は、次の仕事に上手く馴染めず悲しい結果になってしまうこともあるんだそうだ。
退役せずに騎士団の事務方として残る道もあるが、そちらもまた、かつての仲間たちを間近に見ながら自分はもう戦えない事実と向き合わねばならない。それはそれでかなりしんどい思いをしそうだ。
……ライナスは、いい人だ。
出来ることなら、力になりたい。
ふと横を向いたら、リドルフィは真面目な顔で何かを考えているようだった。
「上手く、この村に馴染むといいね」
「あぁ」
私は、さっきして貰ったようにリドルフィの背中をぽんぽんと叩くのだった。




