来訪者1
朝晩は涼しくなっても昼間は相変わらず残暑がしぶとく居座り続けた。
しかし、それもここ数日でやっと秋らしくなってきた。
木々を揺らして吹く風はほんのり冷たさを含んで清々しいし、空は高く青い。
リンが毎日持ってきてくれる収穫物も、夏野菜から秋のものに段々変わってきた。
ここからはきっと早い。
一気に紅葉が始まって冷えていき、あっという間に雪が降り始め、冬が来る。
その前にできる限りの蓄えをするため、村の秋は何かと忙しい。
「グレンダさん、焼けたってー!」
「はーい」
キノコを処理していた私は、食堂の開けていた窓からの声に返事をする。
一昨日から数日かけてリドルフィとジョイスが村の周りの森を見て回っているのだが、その時に見つけたと言って大量にキノコを持ち帰ってくれたのだ。
この時期は、動物たちも冬籠りのためにいつもより人里近くまで降りてきたりする。
収穫間近な畑や果樹園を荒らされては困るから、様子を見て柵を強化し、罠にかけるなどして捕獲する。
狩った獣は大事に処理して冬の蓄えにさせてもらう。けして無駄な殺生はしない。それが森の隣に住まう私たちの生き方だ。
「ちょっとしたら行くよ。今、手が離せないー」
「はーい。」
ほどよいサイズに手で割いた大量のキノコとニンニクとハーブを、多めのオリーブオイルで炒め煮したものを、煮沸消毒しておいた大きめの瓶にオイルごと、どんどん詰め込んでいく。
こういう時はクチの大きな瓶が使いやすくていいね。鍋から一気に入れられるので楽だ。
売り物ではなく、冬に食堂で使う分なので小分けにする必要もない。昔から愛用している大きくてクチの内側に段差のない瓶いっぱいにキノコのオイル煮を詰め込めば、ぎゅーっと瓶の蓋を閉める。日持ちさせることを考えると、後でリドルフィ辺りにもう一度閉めてもらった方がいいかもしれない。
使っていた鍋やヘラなどをざかざかと洗い、周りを軽く片付けてから私はもう一度手を洗うと、足早に厨房を出る。
窓から乗り出して見れば、広場の一角に人が集まっている。子どもたちがきゃっきゃっと楽しそうにその周りで跳ねまわっている。
私はエプロンをしたまま食堂の扉を開けて外に出た。
「あ、きたきた!」
「グレンダさん、おっきいのあげるね!」
「いや、リドじゃあるまいし、普通の大きさので十分だよ」
「俺は二つ貰った!」
広場に落ち葉や枯れ枝を集めての焚き火を囲んで、何人もがもぐもぐと口を動かしている。
今シーズン最初のサツマイモを収穫したそうで、味見と称して焼き芋会だ。
娯楽も少ない小さな村だからね。こういう時は手の空いている人はみんな寄ってくる。
中心で焚火をツンツンしながら芋を掘り起こしているのはリンだ。エマも一緒に手伝っている。
二個貰ったと誇らしげに言う村長リドルフィは、ご機嫌な様子で皮ごと焼けた芋に齧りついていた。湯気が立っていてかなり熱そうなのに結構な勢いで食べている。口の中まで頑丈なんてこともあるんだね……。
「なんで、二つも持ってるの」
「きっとみんなが俺のことを好きだからだな」
なんとなく訊いてみたら、しょうもない返事が返ってきた。
モーゲンの皆はリドルフィのことを甘やかしすぎだよ。
誰もツッコミを入れやしないから、私がツッコミを入れておいた。物理的に、わき腹を小突いて。
「はい、グレンダさん!」
「ありがとう。それにしても、いっぱい焼いたみたいだねぇ」
横でわざとらしく痛がっている壮年マッチョは放っておいて、エマが持ってきてくれた焼き芋を受け取る。すぐに熱い芋に触らないで済むように粗めの麻布が巻いてあった。使いまわすから食べ終わった後は回収だそうだ。
片側の皮を軽く剥いて、その皮はまだくすぶっている焚き火にくべてしまう。こうしておけば枯葉と一緒に燃えてしまうからね。
黄金色の実が出てくれば、ふーふーと湯気を何度か吹いて一口齧ってみた。
「あつっ」
甘くて美味しいけど、かなり熱い。口に入れた芋もまだ熱くて行儀が悪いと思いつつも、口の中に入れたまま、はふはふと熱気を唇から逃がす。その様子を見ていたリドルフィが、にまにま笑いながら私が手に持っていた芋をするりと奪った。見たらさっき持っていた片方は食べ終わったようだ。早い。
「……ちょ、っと、なんで! とるの!」
「こっち食っとけ。少しは冷めてるから」
口の中の芋を中々呑み込めなくて、はふっ、はふっと熱せられた息を吐きつつ途切れ途切れになりながら文句を言ったら、リドルフィからさっきから持っていた方のまだ口を付けていない芋を渡された。
ジト目で見上げたら、壮年マッチョは気が付かない振りをして取り上げた方に齧りつく。
私は諦めて渡された方の芋の皮を剥いて、口を付ける。こっちはそこまで熱くない。まだしっかり温かいけど口から湯気が出てくるほどでもなく、食べるのにちょうどいい。
少し焦げた部分は香ばしく、中はほくほくとしている。甘みが強くとても美味しい。……悔しいけど、さっきは熱さばかり感じていて味は分からなかった。こっちの方が断然食べやすい。
「ありがと」
顔を見ずにお礼を言ったら、いつも通りに大きな手が頭を撫でてきた。
それを見ていたリンがにやにやしている。そんな目で見るんじゃないよっ。
何か言うともっと弄られそうだったから、私は黙って芋を食べた。
……猫舌な自分が恨めしい。
適温の焼き芋はとても美味しかった。
第5話本編開始です。
初っ端は……私が書きたくてうずうずしていた焼き芋の話からとなりました。(笑)




