食堂のおばちゃん14
しばらくして、昼食時の少し前。
予定通り、先に探索に出ていたジョイスたちが帰ってきた。
「ふぅー、森を出ると暑いや」
「おかえり、その分だと東側は問題なさそうだね」
「うん、師匠たち、きた?」
「あぁ。リドは今、一度家に帰ってる。イーブンとシェリーは宿に荷物置きに行ったよ。そろそろこっちに戻ってくるはず」
「了解。……あ、おばちゃん、手出して、手!」
「……ん?」
そう言って彼が渡してきたのは、ハンカチに包まれた黒イチゴ。
この時期に森の茂みに生る、赤黒い果実だ。
ぷつぷつと小さな種がたくさん集まった形をしていて、甘酸っぱい。
両手いっぱい分渡されて。私は、あらまぁ、と声がこぼれた。
「おばちゃん好きだろ。黒イチゴ。たくさんなってたから摘んできた」
「一つ味見したけど、めっちゃ甘かったよ!」
リリスの明るい声がジョイスの言葉を後押しする。
この村は美味しいものが多い、なんて言うリリスに、横でカイルが、うんうんと頷いていた。
たしかに、村で育てているもの以外にも村の周りは自然の恵みが溢れている。
森には黒イチゴをはじめとした食用できる植物やキノコが多数自生しているし、川にはよく育った魚が豊富にいる。
それらはどれも産地やその近くでしか食べられないものがほとんどだ。そして、旬のほんの一時のみのそれらの恵みは、どれもとても美味しい。
「黒イチゴがなってた茂みは村のすぐそばだったから、さっさと討伐終わらせてチビたちに収穫して貰おうぜ」
「あー、それはいいね。食べながらの収穫なら大喜びでやってくれそうだ」
村の年少組がわきゃわきゃと賑やかに黒イチゴを摘む様子は、想像するととても微笑ましいものだった。美味しいものとちびっ子、どちらも幸せな光景だね。
村の子どもたちは、小さいうちから畑仕事や放牧などを遊びの一部として手伝って育つ。そうすることで仕事や、あぶないことなども覚え、村の一員として大きくなっていくのだ。
多分、うちに限らず農村などではよくある光景だろうね。
「暑いし、これのシロップでかき氷とかしたら美味しそう……」
「あ、それは絶対美味しいな」
「たくさん採れたら作ってみようか」
「やった!」
黒イチゴをハンカチごと受け取り、とりあえずは適当な皿にそのまま盛る。
今日は村の酪農家が朝、ヨーグルトを届けてくれていた。夕食の時にそのヨーグルトに黒イチゴを添えて出してみよう。みんなに喜ばれそうだ。
どうやら甘いものが好きらしいリリスは、黒イチゴシロップのかき氷を食べるまでこの村に居るなんて宣言している。
その横で穏やかに笑っているカイルも、実は隠れ甘党なのを私は知っている。多分、口に出して言っていないが彼もかき氷を楽しみにしていそうだ。
この後もそこそこ大変な探索と、対象に遭遇したら討伐戦が待っているのに、冒険者二人の表情は明るい。
その様子を眺めていれば……ジョイスと目が合った。
何も言わずに、にぱーっと子どもの頃と同じような笑みをこちらに向けていて。
「何?」
「いやー、俺いいことしたなって!」
「はいはい、ありがとう。……ほら、昼は早めに食べるんでしょ? 準備手伝ってちょうだい」
「うぃっす」
ついぶっきらぼうな物言いになってしまったのは、少し照れ臭かったからだ。許して欲しい。
どうせ私が笑ってたから、ジョイスはいいことしたなんて言ってたのだろう。
普段どうにも笑うタイミングを逃してしまいがちだからか、何十年も腐れ縁やっているリドルフィには笑うたびにからかわれ、その様子を見て育ったジョイスも時々からかってくる。
本当に困ったものだ。
割としつこく弄りに来る師匠に比べ、弟子はどちらかというと、ふとした時に笑わせようとしてくるぐらいなのが救いか。
反抗期の悪ガキをやってた頃も知っている子がやってくることなので、こちらもつい素直に受け取ってしまったりするのだけども。
どうせすぐに来るだろうリドルフィやイーブン、シェリーの分も含め、探索隊六人分の少し早めの昼食をジョイスに手伝ってもらいながらテーブルに並べる。
今日の昼は、野菜と厚切りベーコンのオープンサンドと、ヤマモモのジュースだ。
リドルフィは軽めにと言っていたが、彼の場合は普段の食事量が二人前近いので一人前で出せば軽めになるだろう。
大きめに焼いたカンパーニュをスライスしてレタス、焼いたナスと厚切りベーコン、トマトなどの生野菜で作ったソースをどんと盛った。
「おぉ、美味しそう」なんて言っているカイルの声にちょっと満足する。
食べてくれる人がいるっていうのは幸せなことだね。
黒イチゴ=ブラックベリーなイメージで書いてます。
そろそろ季節ですね!
私事ですが、ちょっと入院したり等の関係で更新頻度が2週間ほどまばらになります。
できるだけ予約投稿等も使って間があかないようにしますがご容赦くださいませ。
この先もどうぞよろしくお願いいたします。