子どもたちのみるもの26
手ぶらで広場へと戻れば、ちょうど頃合いだったらしい。
広場の真ん中ではジョイスが村人や外部からきた人たちに説明を始めていた。
私はその様子を眺めながら、料理のテーブルの方へと向かう。
セアンやノトスたちが、この後のために広場中央以外のランタンの明かりを消して歩いている。私が向かった辺りは、テーブルに置かれた小さなランプの明かりだけになっていた。
「おかえり。料理食べさせてもらったぞ。美味かった」
「ただいま。食べられたようで良かった」
テーブルの横にいた大きな影が言う。見れば、残っていた料理が粗方なくなっていた。もしかしてこの人が残っていた料理を全部食べたんだろうか。結構な量あったようにも思うけれど、リドルフィならやりかねない。
こちらがきょろきょろと周りを伺えば、あっちだ、と広場の中央を示された。
目を凝らすと、皆に混ざって彼のお方が何食わぬ顔でジョイスの説明を聞いている。周りも正体に気が付いている様子はなく、ごく自然に紛れ込まれておられた。
「……」
「星送りが終わったら帰られるそうだ」
「リドは見送りに行くの?」
「いや、いらんと言われた。お前は祭りの方にいろと」
「そう」
確かに、この後はジョイスが進行役だけど、祭りの主催はここに居た方がいいだろう。
こんなところでのんびりしているけれど、リドルフィはこの村の長なのだから。
「十五回……いや、十六回目、だっけ?」
「十六回目、だな」
「随分、人が増えたね」
「あぁ」
広場の真ん中にふわふわと小さな光が灯り始める。
祭りの参加者たちが、ジョイスの説明に合わせて灯しているのだ。
使っているのはごく普通の生活魔法、子どもでも一番初めに使いこなせるようになる、明かりの魔法だ。この国の住民たちのほぼ全員が使える、本当にたわいのない魔法。
それを、広場にいる人たちが皆、自分の掌の上に灯している。
祝福前の子どもたちを除く村人全員に、外から祭りに遊びに来た客も合わせて……八十ぐらいだろうか。
蛍の光ほどの小さな明かりが、広場の真ん中で揺らめいている。
「最初はたった十個だったのにね」
「あぁ」
一回目の星送りの時は、その時いた村人だけだった。
あの時、リンは祝福を貰ったばかりで明かりの魔法もまだ習得前だった。
それ以外の者たち全員で、全部で十個。
自分もやりたいのに上手く出来ないとあの時不貞腐れたリンも、今ではすっかり大人だ。
反抗期中で何かにつけて突っかかってきたりしたジョイスは、仲間想いの優しい青年になった。しかも今度結婚するのだという。……私も、リドルフィも、歳をとったわけだ。
広場の小さな明かりの群れが、ちょっと大きめに灯されたジョイスの明かりに先導されて移動し始める。
私たちのいる料理のテーブルの前を通って、広場の東側、村の小さな教会の横を通って、湖の方へと。
見ていたらリチェが私に気が付いて手を振ってくれた。横を歩くエマに手を引かれている。まだ明かりも自分で付けられないちびっ子たちは、まとまって列の先頭の方だ。周りに世話役の大人たちがついて先を促したりしているが、歩きながらくるくる回ってみたり、じゃれてみたりと、はしゃいでいてなかなか進まない。普段こんな遅い時間帯に外になんていないからね。お祭りの楽しい雰囲気が残っているのと、周りに大人がたくさんいるからか、暗いのが怖いと泣く子もいなさそうだ。
「あの子たちには、どんな風に見えているんだろうねぇ」
自分があれぐらいの年だった頃、世界はもっときらきらしていたように思う。
他愛のないことがとても嬉しくて、予定があればそれだけで楽しみでドキドキと胸が高鳴った。初めての経験は今よりもずっと印象深くて、出来るようになったことはどんな小さなことでも誇らしかった。
怖いこと嫌なことがなかったわけではないけれど、それを差し引いても毎日が楽しかった。
世界は素敵なもので満ち溢れていて、とても優しく、綺麗だった。
「どんな風だろうな」
低い声が返ってくる。いつもと同じようにぽんぽんと頭を撫でられた。
やがて村人たちの列が途切れれば、また暗がりの中に二人になった。
「俺らもいこう」
「えぇ」
すいと目の前に手が差し出される。重ねれば王宮に行った時と同じように自然な仕草で彼の腕に導かれた。誰も見ていないから、私は素直に彼の腕に手を絡める。
明かりを灯していない真っ暗な中を歩くことになったが、行く先に皆の明かりが灯っている。そして、横にしっかりと支えてくれる人が居るから不安は全くなかった。
教会の裏手、湖の近くに着けば、リドルフィは皆から少し離れたところで立ち止まった。
皆を見守る位置。その場所を選ぶ様子に、らしいな、と、私は思う。
私はその隣で一緒に佇む。
湖のほとりにいるジョイスの声がする。子どもたちと一緒にカウントダウンを始めた。
わざと大きな数から始めているところがジョイスらしい。周りを楽しませようと頑張っているんだね。
やがて、大人たちの声も混ざり始める。
「三、二、一、ゼロ!!」
皆の掌の上にあった小さな光が、ふわふわと漂い始めた。
湖の方へ漂い出て空へと昇っていく――……。
水面に映った光も相まって幻想的な光景に、歓声をあげる者、ため息をつく者、ただ見上げる者。
皆、同じ方を向き、同じ光景を見つめている……。
この光景も、私たちが思うよりもずっと鮮明に、きらきらと輝きをもって、あの子たちの中に残っていくのだろう。
「遠い昔に逝ってしまった人たちも、あそこから見ていてくれるかしらね」
「あぁ、きっと」
私は星送りの光を見つめながら、軽く首を横に倒す。
支えてくれる男に寄りかかるようにすれば、彼は腕を回して肩を抱いてくれた。
人は、逝ってしまった人を蘇らせることは出来ない。
失われてしまった過去がつらいからと、時間を巻き戻すことも出来はしない。
それは、神の領域だから。
人が出来るのは、いなくなってしまった人たちを忘れずにいることだけ。
ふと、初めて蘇生の魔法を願った時のことを思い出す。
きらきらと素敵なものでいっぱいだった世界が、あの日を境に色を失った。
あれから三十年以上が過ぎ、その間には様々なことがあった。
悲しいこともたくさんあった。それ以上に悔しいこともたくさんあった。
時が過ぎたことで、関わった人々の死を乗り越えられたかと言われたら、それはきっと否、だ。今も心の底に沈み、ふとした瞬間に浮かび上がってくる。
それでも、生きていくしかない。
「……来年もみんなで見られると良いね」
「良いね、じゃなく、見られるようにするんだ」
「本当、あなたは強気よね」
「お前に弱気になる暇なんて与えてやらん。安心してついてこい」
きっと彼らの死は乗り越えるものではなくて。
私たちはその悲しみすらも抱いていくしかないのだろう。
そして、悲しみを知っているからこそ、後に続く者にその悲しみを与えまいと、人は強くなれるのだ。
願わくば、あの子たちが見る世界が、いつまでもきらきらと輝いていてくれますように。
そんなことを思いながら、湖上をゆらゆらと揺れながら空へと昇りやがて消えていく光を、私はずっと見つめていた




