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子どもたちのみるもの22


 晩夏のまだゆっくりな日の入りの、少し前。

教会の夕方の鐘を合図に、祭りが始まった。

集まった村人や外部からの客が村の広場に集まり、その真ん中で村長のリドルフィが手に持ったグラスを掲げる。


「集まってくれた皆、ありがとう。ここモーゲンで星送りの祭りをするのも、これで十六回目になった。

この村に所縁のある星になった者たちも、そろそろこの祭りを覚えてくれたことだろう。もしかしたら今頃空から見ていてくれるかもしれん。……今夜は皆でめいいっぱい食べて飲んで楽しもう。そうして先に星になった者たちを安心させようじゃないか。今年も皆でこの日を迎えることができたことに感謝を。……献杯!」

「献杯!!!」


 毎度のことながら、あれこれ端折った大雑把な挨拶だ。

乾杯の言葉に集まった皆がグラスを持っている。子どもたちや酒が飲めぬ者には、村の果物を使ったジュース。飲める者には果実酒やエール、ワインなどで、思い思いに空にグラスを掲げた。

一気に飲み干す者、ちびりと舐めて満足する者、一口分飲んだらさっそく料理を取りにくる者。皆、思い思いに楽しみ始める。

 広場の一角からは音楽が流れ始めた。

先ほど見た吟遊詩人がリュートを演奏し始め、それに合わせて村人の一人がカスタネットやタンバリンを鳴らし始める。

曲に合わせて踊り始めたのもいるし、まずは腹ごしらえという人たちもそれなりに。


「エマ、ここは大丈夫だから行っておいで。リチェがそわそわしてるよ」


 初めの挨拶の時から、吟遊詩人の方を気にしていたリチェの様子に、私は二人を促す。

王都ならともかく、モーゲンのような小さな村には、吟遊詩人なんて芸人はこんな時でもない限りこない。

リチェも他の子どもたちも、耳慣れぬリュートの音が気になってしかたないのだ。


「いい?」

「あぁ、行っておいで。好きにしていいけど広場の中にいるんだよ。もうすぐ暗くなるからね」

「うん!」

「それじゃ、いってきます!」


 お揃いの衣装を着て、早速走っていく二人を見送る。

 白いブラウスに、深い森を思わせる緑色のベストにスカート、クリーム色の前掛け。

形はシンプルだが、ベストと前掛け、ブラウスには刺繍がたくさん施されている。落ち着いた色合いの刺繍は、村にも咲くいくつかの花を花束のように並べたものだ。

子どもたちの髪の毛には刺繍のモチーフになっている花を飾ってあり、とても可愛らしい。

十二歳になるエマは大人と同じ長いスカート、まだ祝福前のリチェはひざ丈のふんわりしたスカートだ。

モーゲンの村の女性の祭衣装。今日は村の女性陣はみんなこの格好だ。

人によってスカートの形や刺繍の入り方、ブラウスの形などが微妙に違うけれど、十六年前に村にいた女性……主に、ハンナとタニア、それに私であれこれ考えた末に決めた衣装である。

 村に人が増えるたびに、村にいた女性皆で少しずつ刺繍を施し用意してきた衣装だ。エマとリチェの衣装も、村の女性全員が少しずつ手伝ってくれたことを改めて教えれば、エマは祭りが始まる前に妹を連れて全員にお礼を言って回った。

そんな真面目で律義なところも、あの子の良いところだ。

 二人が走って行った先を見れば、リチェが他の子どもたちと一緒になって踊っていた。手を繋いでくるくる回ったり、音楽に合わせて適当なスキップを踏んだり。とても楽しそうだ。

エマはデュアンと一緒になって、それを眺めている。この数日ですっかり仲良くなったようだ。まだまだ子どもの少ないこの村に、あの子の同年代が一人でもいて良かったと思う。

ふと、広場の真ん中の方を見れば、踊っている人たちの中にジョイスが混ざっている。その隣で笑っている小柄な女性は……。


「グレンダ、嬉しそうね?」

「……あぁ、ハンナ。うん。おめでとう」


 横に寄ってきたジョイスの母親に、祝福の言葉を贈れば、私が何を見ていたのか分かったらしく、ふふっと笑った。


「やーっと、一つ肩の荷が下りたわ。あの人も見ていてくれるかしらねぇ」

「うん、きっと見てるよ」


 気づかない振りするの、結構大変だったのよ、なんて内緒話のように言う。

確かにこんな小さな村だ。頻繁に会っていれば気づくものもあるだろうし、ましてや、ハンナはジョイスの母親だ。息子の様子にピンとくるものはあったのだろう。

日が落ちて、空にいくつか星が瞬き始めている。それを見上げながら、ハンナが目を細める。


「そうしたら、きっとあそこで光ってるのがうちの人よ、びっくりして何度も瞬いてる」

「そうだね。……あれでジョイスは浮いた噂一つなかったからねぇ」


 そう、村の中は同年代が一人もいなかったせいもあるが、ジョイスはこの年まで色恋沙汰のいの字も聞いたことがなかったのだ。

リドルフィが気にして、王都によく連れだしたり、冒険者ギルドの仕事をさせてみたりと、同年代と出会う場を用意したりしていたものの、そもそもあの年代は極端に人数が少ない。その中でも気が合う人には巡り合えていなかったのだろう。

 本当によかった、と笑うハンナの目の端がきらりと光った。

夕方にジョイスが言っていたことを思い出して、私は苦笑する。嬉し涙なら流していたと、今度ジョイスに教えてやろうか。


「衣装、もう一枚縫わなきゃね」

「手伝うよ。今度移住してくるパン屋のも縫わなきゃだし、ね」

「そうだったわね。……次のお祭りは収穫祭よね。結構頑張らないと」

「だねぇ」


 パン屋さんは男の人よね、なんて訊くハンナに、私も頷く。パン職人は何度も村に足を運んでくれているが、ハンナはまだ会ったことがないらしい。確かにハンナは普段は畑にいるから、彼が来るタイミングが合わないのだろう。小柄な人だよと教えたら、良かったと胸をなでおろしていた。確かにリドみたいな体形の人の服は縫う量も多くて大変だ。

 ちなみに、村の男性も村の祭り衣装を着ている。白いシャツに深緑のベスト、クリーム色のズボンだ。ベストには女物と同じように細かな刺繍が入っている。こちらは葉をモチーフにしたもので花の数は少なめだ。


「……私も踊ってこようかな」

「うん、行っておいでよ。せっかくだから息子とも踊っておいで」


 行ってくるわ、とハンナがのんびり言い、私は送り出した。

やがて、そこにミリムを連れたリンまで混ざって、ジョイスの婚約者も含め五人、輪になって踊り始める。

パン工房の次はジョイスの新居作ることになるのかもしれないね。


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