子どもたちのみるもの19
「おばちゃんー、テーブル取りに来たぞー」
村全体で早めたお昼ごはんが終わって、少しした頃。
食堂にジョイスがやってきた。
厨房にいた私は、顔を上げる。
「あ、兄さん。もうそんな時間?」
「うん、そろそろ客も来始めてるな」
手伝いをしてくれていたリンが、兄を見つけて言った。
食器の数を数えてくれているエマに指示をいくつか出して、私は厨房から出る。
「こっちのテーブル四つをお願い。……あ、ちょっと待って、外出す前にひっくり返して靴下履かせよう」
「テーブルに靴下?」
「その方が後で楽だからね」
私は、ベンチに置いておいたテーブル用靴下を取り出す。
便宜上靴下なんて言ったが、小さな古布を袋状にして止めるための紐を付けてあるだけだ。
前にフォーストンに行った時にお店のテラス席のテーブルに履かせてあるのを見て、なるほどと思い、今日のために用意しておいたのだ。
外に出す時にテーブルに付けておいて、食堂に戻す時には外してやればいい。今までは中に入れる時に一つ一つの足を丁寧に拭かねばならなかったけれど、これならその手間が省けるはずだ。
ジョイスに手伝ってもらってテーブルの一つをひっくり返し、その四つの足に厚手の布で作った靴下を履かせていく。ジョイスは私が履かせているのを観察して、手早く他の三つのテーブルもひっくり返すと自分も一つずつ丁寧に靴下を付け始める。二人でやったおかげであっという間に終わった。
靴下を履いたテーブル四つを元に戻し、そのうちの一つをジョイスと一緒に運び出そうとしたらリンが声をかけてくれた。
「テーブル運ぶの、私やろうかー?」
「いや、ちょっと外の様子を見てきたいから私が運んでくるよ。それにリンは今、手離せないでしょ」
「確かに今、手がどろどろ! わかった。そしたらこのまま続けるね」
「うん、お願い」
この後揚げる、大量のからあげの準備をしているリンの手は本人の申告通りどろどろだ。
リンが一度洗ってからまた戻ってとするぐらいなら、私がさっさと運んだ方が早い。
「……おばちゃん、ぎっくり腰とかなったりしない?」
リンとの会話を聞いて、ぽそっと言ったジョイスを睨む。目を逸らされた。
「ほら、運ぶよ。動いて動いて」
「はいはい」
ジョイスを急き立てて、私はテーブルの片側を持ち上げる。
逆側を持ったジョイスが、器用にその状態で扉を開いて、後ろ向きに歩きながらテーブルを運んでいく。
私は前向きに歩けばいいだけなので、ちょっと楽をさせてもらった感じだ。
食堂から外に出ると、広場のあちこちにポールが立てられていて、その先端から張られたロープにランタンがいくつもくっついている。
あちこちに花飾りなども出ているし、普段他のところに置かれているベンチも広場に移されていた。
ダグラスが、店の前にワゴンを出してお土産物を並べ始めている。どうやら外部客に売るつもりらしい。ちらりと見たら農作物やチーズなどの酪農品、手芸品と一緒に私の作ったジャムなども置かれていた。ドライトマトの横にお試し価格でカエルの干し肉まで並んでいたのは見なかったことにする。……ハンナもダグラスも本当にカエル肉を本格的に売り出すつもりだったのか。
「この辺かな?」
「ジョイス、もうちょっとだけ真ん中寄りに」
「あいよ。……おばちゃん、ちょっと変なことを訊いてもいい?」
「うん?」
運んできたテーブルを広場の食堂近くに据える。ダグラスのワゴンからは少し離したところだ。近くに置くと売り物と、ご自由にお食べ下さいのご馳走が混ざって残念なことが起きそうだからね。
一つ目のテーブルを設置しながら、ジョイスにどうした?と視線を送る。
二つ目を取りに食堂に戻りながらジョイスが話し始めるのを待っていたけれど、中々話し出さない。そのまま待っていれば、食堂を出たところでぽそりと言った。
「……おばちゃんの目から見て、俺、少しは頼れる男になったと思う?」
意図が分からなくて、私は返事の代わりに何度か瞬いた。ジョイスはそれを見て苦笑する。
テーブルを運びながらジョイスが続ける。
「いや、さ。準備していて、ふと思い出して」
「うん?」
「一番初めに祭りをしようって話してた時にさ。うちの母さん、泣いてただろ」
言われて私も思い出した。
もう十年以上前のことだ。リドルフィがこの村で祭りをしようって言い出して、どんな祭りにするかなんて話をしていた時、星送りにしようってミリムが言い出し……ハンナが泣いていた。確かつられて私まで泣いた覚えがある。
「……俺、あの時以降、母さんが泣いてるのは見たことがないんだ」
確かに私も見た覚えがない。ちょっと抜けていて斜め上の発言も多いハンナだが、いつもふわふわと微笑んでいて、あの時以来、泣いたり怒ったりなんて姿は見ていない。悪戯した子供には、こらと叱るけど、それすらも柔らかな口調だ。
「あの時にさ。思ったんだよ。うちは女ばかりだから俺が頑張らなきゃな、って。……リンと違って俺は父さんのこと少しは覚えてるし、本当は父さん目標にしたらいいんだろうけど、ただまぁ、俺は師匠の背中見て育っちゃったからなぁ」
「……リドは自己主張が激しいからね」
「だな。……次期村長って言ってもらってるし、俺なりに頑張ってるつもりだけど、あの背中はデカ過ぎて追いつける気がしない。……母さんはあの通りだから頼られている実感はさっぱりないしさ。父さんの代わりまではいかなくとも、母さんがもう泣いても大丈夫だって思えるぐらいの男になりたいんだけども」
ジョイスが何を聞きたかったのかが、なんとなく分かった。
持ってきたテーブルをすでに置いていたテーブルの横にしっかりくっつけて置き、空いた手で、ぽんぽんと青年の背中を軽く叩いてやる。
「ジョイスは頼りになるいい男だよ、少なくとも私はそう思ってる」
「そう? お世辞じゃなく?」
「こんなこと、お世辞言ってどうするの。ハンナはね、今、泣かなくても大丈夫なぐらい幸せだから、あなたの前で泣いてないだけだよ」
お世辞なわけないでしょ、と笑えば、ジョイスもよく日焼けした顔をくしゃりとさせて笑った。
「それよりも、この村に縛り付けてしまってないかが私は気になるね。他に行ってみたいとかはないの?」
モーゲンはいい村だ。
だけど、小さくて、人も多くない。
「……俺は、この村が好きだよ。みんな穏やかで笑ってるし、実りも豊かで、頑張ったら頑張った分ちゃんと報われる。仕事とかで外に出してもらった時に他の街や村もちょっとは見たけど、やっぱりここが一番だって俺は思う」
ジョイスが広場を見渡して言う。広場には何人も村人たちが出て来ていて、あちこちで飾り付けや準備をしている。少し早めに来たらしい外部の人もちらほら歩いている。準備する方も楽しみにきた方も、どちらも楽しそうだ。
「そりゃ、王都に比べたら派手さはないけどさ。それこそ師匠の背中と同じで比較対象が違いすぎるよね」
最後のテーブルを危なげなく食堂から運び出しながら、ジョイスが肩を竦めてみせた。
確かにそれはどっちも比較対象が悪過ぎる。
「だから、おばちゃん、そこは心配しなくて大丈夫だよ。俺は好きでこの村を継ぐんだから」
「……わかったよ」
何かを諦めたりしていない、いい笑顔のジョイスに私は頷く。
要らない心配だったようだ。
予定していたテーブルを全部運び終われば、私はふぅと腰をのばし、息子みたいにも思っている青年にお疲れ様、と労いの言葉を掛けた。次はテーブルクロスを置いたテーブルにかけて、用意していた花瓶など飾った後に、料理をどんどん出さねば。
「あ、そうそう、おばちゃん」
食堂に戻りかけたところで呼び止められて、振り返る。
「俺、近いうちに嫁貰うからさ。その時は今日みたいにご馳走作ってくれよ」
「え?」
「やーっと口説き落としたんだ。この先もモーゲンは安泰だから安心してて」
それじゃ、と言うだけ言って走っていってしまった。
食堂前で取り残された私はびっくりしたまま一人佇む。
「……えぇぇぇぇ!?」
思わず叫んでしまって周りを驚かせたけれど、私は悪くないと思う。




