モーゲンの星送り
少しだけ懐古シーンが入ります。
「祭りをしようか」
リドルフィがそう言ったのは、村が出来て三年目の春だった。
やっと出来上がった村を囲む柵。少しずつ豊かになっていく、季節の実り。村の家屋も少しずつ増えてきて、昨シーズンは初めて村として皆で冬越しをした。
村人は十一人。
村長のリドルフィと、狩人として常駐してくれているイーブン、門番のラムザ。
村の宿を切り盛りしてくれているパウロとタニア夫婦、炭焼き小屋のダダン爺。
それに農家のミリムとその娘親子のハンナ、ジョイスとリン。
そして、司祭兼料理人の私、だ。
建物はまだ五軒だけ。広場の前に食堂と宿、それに村長宅、少し離れたところにミリムたちの家と、森の入り口に炭焼き小屋。
イーブンとラムザはまだ当分リドルフィの家に居候だ。
一応は各自の家などに住んでいるものの、みんなそれぞれにやることが多くて、食事はみんなまとめて食堂で一緒に摂っている。
その日も、私が全員分のチーズオムレツを作って皆にお皿を回していた。全員にお皿が周り、私も席についたのを見計らって、リドルフィがそんなことを言い出したのだった。
「……祭り? どんな?」
「いいねぇ。お客さんが来たりするかな」
「いつ?」
「かあさん、まつりってなに?」
「出来たら収穫が落ち着いた頃がいいねぇ」
食事前のお祈りを皆で済ませ、食べながらそれぞれに言う。
祭りって何?なんて言っているのはリンだ。確かに、まだ六つになったばかりのリンは知らないだろう。
それどころか、戦乱期に育ったジョイスも知らないかもしれない。
「どんな祭りにするかは皆の意見を聞きたい。時期も相談だな。客は、王都の方で宣伝したら来るかもしれん」
私の横で朝からしっかり食べているリドルフィが、一つずつ律義に答えている。……が、なんとも大雑把な言葉だ。
「なんで、このタイミングでお祭り?」
「やっと最低限の村の形が出来てきたから、だな」
「ふーん?」
「この先、人も増えていく。どうせなら、ここが自分たちの村だって好きになれるようなモノを少しずつ増やしていきたくてな。後は俺が酒を飲みたい」
「最後のが一番の本音だろう?」
「酒か、いいな」
酒なんて単語が出た途端に、ダダン爺の目が輝いた。
しっかりツッコミを入れてくれたのはイーブン。彼はリドルフィとの縁も長いからか遠慮のない指摘をよくする。何も言わないがラムザもダダン爺の発言に頷いていたので、どうやら男性陣は酒を飲みたいらしい。
「ご馳走用意して、皆で食べるのは良いかもだね」
「その日はグレンダ一人に料理任せたら大変だから、私も手伝うわ」
「ハンナ、ありがとう」
「ごちそうをたべるほかには、なにするの?」
話を端的に拾って訊くリンに、大人たちが考え始める。踊ったり歌ったりするか、などはともかく、かくし芸をしようとか、暴露大会はどうだろうなどと、しょうもない話が出てきている。ジョイスはお祭りなら俺も酒飲んでいいのか、などと訊いてハンナにゲンコツを貰っていた。
食べながら考える面々に、この村最年長のミリムが、ぽそ、と言った。
「……星送り、は、どうだろう」
みんなの視線が彼女に集まった。
それにちょっとびっくりしたのか、ミリムは一度咳ばらいをし、お茶のカップを傾けてから続ける。
「やっと、落ち着いてきたからねぇ。……星になってしまった人たちにこっちは元気にやってるよ、って、知らせてやるのはどうだろね」
私は思わず黙った。
いや、私だけじゃなく、周りの皆も、だ。
ただ一人よく分かっていないリンだけが、唐突に会話をやめた大人たちの顔を見回している。
「……それ、いいな。やろう、星送り」
リドルフィが言った。
「うん、すごくいい。ミリムさん、ナイス!」
「そうしたら夏の終わりだな」
「午後からは仕事しないで済むように頑張って、早めの時間にみんなでご馳走だね」
「どうせなら、うち独自の感じも出したいね」
リドルフィの言葉をきっかけに、会話が戻る。ミリムを褒める者、開催時期や、やることについて話し始める者、それぞれに笑顔で……。
「ハンナ?」
「……ん、ご、ごめん」
私の隣の席でハンナが顔を覆った。彼女の綺麗な目からぽろぽろと涙が零れている。
びっくりしたリンが母親を覗き込み、その更に隣のジョイスが慌てて妹を止めている。
「かあさんないてる」
「しー、そういうのは言わないの」
「……そうね、星に、なってしまった人たちに、見てもらいたい、ね……」
彼女の何度か詰まりながらの言葉に、つられて私も視界が揺れ始めた。
嗚咽交じりになったハンナを横から抱きしめる。
彼女は、戦乱期のかなり初期に父親を、そして村に移り住んでくる少し前に夫を亡くしている。どちらも魔物からハンナたち家族を守るために戦って亡くなったそうだ。
村に来てからはミリムを手伝って畑を世話しながら、子供二人を笑顔で育てているけれど、家族を失った悲しみなど忘れられるわけがない。
そして、それはここに居る皆が、それぞれに形は違えど抱えている悲しみと同じだった。
私も家族を亡くしているし、大好きだった友人や知人も多く亡くした。戦いの中で目の前で亡くなっていくのを看取るしかなかったこともあった。
目を閉じれば、じわりと涙が滲んで頬を伝っていった。
「……そうだね。見てもらおう。ここで私たちは生きていくよって」
「あぁ」
「美味いもの食べて、幸せにやってるから安心しろって見せてやろう」
少し湿っぽくなってしまったけれど、モーゲン村の初めての祭りはそうやって星送りに決まった。
その後に、どうせならうちらしさが欲しいと言い出したハンナによって、なぜか村全員でおそろいの衣装を着ることになったり、普通とは違う形に星を送る案が出てきたりなど、色々あったけれど、泣いたのは初めだけで後は楽しくあれやこれやと決めていった。
……そんなモーゲン村の星送りも、今回が十六回目。
気が付けば、最初の頃は照れながら着ていた衣装も当たり前になったし、祭りもすっかり馴染んだ。
ご馳走を作る量も半端なく増えたけれどね。
さぁ、今年も頑張って用意しよう。
星になってしまった人たちに、こっちは元気にやっているよと安心してもらうために。




