子どもたちのみるもの16
成り行きで、子どもたちと三人でお風呂に入った。
考えてみたら、食堂の仕事もあったから三人で一緒に入ったのは初めてだった。
引き取る前と同じようにエマがリチェと一緒に入って洗ってやっているのが当たり前になってしまっていて、一緒に入って私が洗ってあげるなんて思いつきもしてなかった。
しっかりお湯を張った湯船に交代で浸かりながら、二人の髪をしっかり洗ってあげた。背中の洗いっこをして、頭からお湯をかけてあげたらリチェがきゃっきゃと嬉しそうに笑った。エマが少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに笑っていた。
私の背中のあれは気にさせてしまうとよくないかなと、そこだけは目晦ましの魔法を使った。あれは、子どもがみるものじゃないから、ね。
出た後は、魔法を使って二人の長い髪を乾かして、寝るために緩く編んであげた。
三人並んで、部屋着姿で歯を磨いた。
そうしている間、二人はずっと嬉しそうで、私はなんだか幸せな気分になった。
さぁ、寝る時間だよ、と二人をベッドへと促せば、それすらも楽しそうに笑顔で。
リチェにせがまれて、三人で布団に入った。
リチェを真ん中に、川の字になって上掛けを掛ける。明かりを小さくして、子守唄を歌った。
……考えてみたら、誰かに子守唄を歌ってあげるのなんて何十年ぶりだろう。
歌詞を思い出せるか自信がなかったけれど、歌い出したらちゃんと覚えていた。
子どもの頃、母が歌ってくれ、私も妹たちにも歌ってあげた優しい旋律――……
どうやら、そのまま一緒に寝てしまっていたらしい。
ふっと目が覚めたら下の階からの微かな話声も聞こえなくなっていた。時計が見えないからよくわからないけれど、結構寝てしまったのかもしれない。
二人がよく眠っているのを確認して、私はそうっと布団から抜け出す。
私にくっついていたリチェが、ころんと寝がえりを打って姉にくっついた。
くっついてきた妹をエマが無意識に抱き寄せている。
その様子がなんだかとても愛しくて、私は起こさないように二人の頭を撫でてから、部屋を後にする。
階段を降りて食堂のある一階へと行く。
カウンター近くにだけ明かりがついている。
なんとなく予感がした通り、カウンターでリドルフィが一人のんびりグラスを傾けていた。
どうやら一度家に帰ったらしく、騎士服姿からいつものラフな格好に戻っている。
私を見つければ柔らかな笑みを向けて、こいこいと手招きした。
誘われて、私も彼の隣の席に腰を下ろす。
「寝たか?」
「うん」
時計を見上げれば、日付が変わるところだった。
お疲れ様、という言葉と共に大きな手が私の頭を撫でる。
ついさっきは私が撫でる側だったのに、今度は私が撫でられる側になっているのがちょっとおかしい。
「……これからは、もっと早くに帰らなきゃ、だねぇ」
「そうだな。……悪かった」
「ううん」
私自身に自覚が足らなかった。
成り行きだったとはいえ、自ら小さな子を引き取ったのだから、当然配慮しなきゃいけないところだったのに。仕事だと言われて以前と同じように出掛けてしまった。
ましてや二人は本当の親を亡くしている。父親の方は出先で亡くなったと聞いている。
帰ってくると信じて疑わなかった存在が帰ってこなかった。そんな絶望をあの二人は知っているのだ。
「……親って大変なんだね」
伝えたい気持ちがあるのに、上手く言葉を見つけられなくて、口から出ていたのは、そんな拙い言葉だった。
大人だけで生きていたそれまでと同じつもりで動くことなんて出来ない。
自分の都合だけで生きていられた時とは全く違う。
エマがある程度大きくなっていて妹のリチェの面倒を見てしまっていたから、あの子たちが聞き分けが良かったから、そんな大事なことに気が付かずに来てしまっていたのだと、今更気が付いた。
しがみついてきた温もり、無条件の信頼、笑いかけるだけで嬉しそうな様子。
それなりに親代わりをしてきたつもりでいたけれど、全然自覚が足りてなかったのだと突き付けられた。
私は、目を閉じる。
じわっと目元が熱くなって、心を満たした何かが溢れ出しそうだった。
私の頭を撫でていた手が肩を引き寄せ、私は男の肩に頭を預ける。
「……ゆっくり歩いて行こう」
「うん……」
ごく当たり前のように、自分のこととして話す相手に、私も素直に頷く。
確かにこれは、一人じゃ、無理だ。
一人でなんて背負いきれない。
たくさんの人に助けてもらって、支えてもらって、一緒に育てていく覚悟が必要なんだろう。
上手く出来た時、出来なかった時、分かち合う相手が必要で、私にその相手がいるならこの人以外に考えられない。
「……やっぱり、この食堂と俺の家の合体計画でもたてるか」
「ん。」
「パン工房の次あたりか。冬に建て替えは厳しいから早くても来年の春だな」
「結構先になるね」
「……その前に、指輪をはめてもらわねばならんな」
「それはまた別の話でしょ」
「いや、多分、同じ方向の話で、最重要なところだと思うぞ」
そうかな?と私が言えば、そうだ、とリドルフィが答える。
その話題にそのままのると、何か言ってはいけないことを言ってしまいそうで、私は一度唇を閉じた。
その代わり、少し考えてから男の肩に頭を預けたまま、私は思ったことをそのまま口にする。
「……私にあの子たちを引き取る資格なんてあったのかな」
「もううちの子にしてしまったんだから、そこは悩むな」
「でも……」
続けようとすれば、遮られた。
「昔、言っていただろう?」
「ん?」
「いつか戦いが終わって平和になったら、結婚してお母さんになってみたい、子どもが走り回るのを見ながら洗濯物を干して、好き嫌いはダメだよって言いながら、家族にあったかいごはんを作って毎日お腹いっぱい食べさせてやるんだって」
「……そんなこと、言ったっけ?」
「あぁ。自分がやってもらったみたいに、毎晩絵本を読んでやるんだって」
言われて、思い出した。
毎日生きるのに必死になるしかなかった頃、確かに言った。
仲間の骸すら弔うことが出来ずに、ただ足掻き続けた日々の中でぽろりと出た言葉。
あの頃自分の中で幸せの象徴にもなっていた、実家での母や父、妹たちとの想い出。
もう帰れない時間を取り戻したくて言った、そんな、言葉。
「順番はめちゃくちゃになったけれどな」
結婚する前に子どもが居て。ついでに言えばそれより更に前に家族のような村の仲間たちに温かい食事を作る方を先にやっていて……。
本当に順番がめちゃくちゃだ。
思い起こしてみたら、村を作ると言って私に教会だけでなく食堂の仕事まで与えたのはこの人だ。
当時は単に効率化を図るために、教会だけだと手が空く時間が多い私に食事係が必要だからと割り振られたのだと思っていた。
「……あなたはっ、本当に……っ!」
私は顔を両手で覆う。指の間から雫が零れていく。
分かりづらい、と、溢せば、すまんな、と謝られた。
謝らなければならないのは、全く気が付きもしなかった私の方なのに。
「後は、結婚するところを叶えれば完璧だな」
「……そこが、一番、むずかし、い、でしょ」
「相手はここに最高にいい男がいる」
「自分で、いい男って言い切るの?」
「実際そうだからな」
泣き笑いのまま、悪びれずに言う相手の胸を、ぽす、と、叩く。
「……後は、信じて待ってろ」
いつかと同じ言葉を言ってのける男に、私は問うた。
己の背で、大樹がざわりと主張した気がした。
「……なんで、そんな風に言えるの?」
「夢は、叶えるためにあるから、な」
リドルフィが言い切る。
目を閉じれば、ざわざわと私の中で揺れる不安を薙ぎ払う男の姿が見えた気がした。
放っておくと口説き続けるこのマッチョ、どうしましょう……




