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子どもたちのみるもの12


 大扉をすり抜ける時には、つい目を閉じてしまう。

多分、ここを通ったことがある人は皆そうしてしまったのではないだろうか。

見た目は硬い扉なのだから。

でも、実際に通るとなると、水から上がってくる時のような不思議な感覚を味わうことになる。

それも粘度のある水だ。さらさらの普通の水ではない。


「……」


 錫杖を床につき、それを支えに、息を吐いた。腰を折り、体全部を使って呼吸する。

繰り返しになってしまうが、魔素溜まりの中にいるのと同様、本来、人が居てはいけないあの場所は、心身ともにかなり負荷がかかる。

神樹の森は体に関して言えば、逆に僅かなりとも若返らされてしまうのでダメージは受けてはいない。むしろ回復させられているようなものだが、それでも出てくると、なぜかひどい倦怠感を覚える。

多分、森と外界とのギャップに体が付いていけないのだろう。


 ずっと待機していたリドルフィが、聖杯に似た装飾の瓶の蓋を開ける。

私は若干ふらつきながらそこに近寄り、錫杖に纏わせてきた聖水を瓶へと移した。

リドルフィが丁寧に瓶に蓋をし、私は錫杖に両手を滑らせ具現化を解いて……。


「おかえり。ご苦労だった」

「ただいま」


 やっと言葉を交わす。

力の抜けた私の体を、男が抱き留めた。


「……見た目、変わったりしていない?」

「あぁ。少しだけ今まで以上に美人になったぐらいだな」

「そういう冗談はいいから」

「冗談ではないんだがなぁ」


 もう動きたくない、と、腕をだらんと落としたまま相手に体を預ける。広い胸に片頬を当てていれば規則正しい鼓動が直に伝わってきた。こちらが脱力していてもしっかり両手で抱き留めてくれているのに安心して、そのまましばらくその鼓動と体温に浸る。

先ほどまで居たところとは違う、この世界で本来あるべき形の命の気配。リドルフィの鼓動を意味もなく数えることで、やっとこちら側に戻ってきたという安堵に包まれる。


「……今はいつ? どれぐらい経った?」

「昼少し過ぎだな。四時間ぐらいだ」

「……そう」


 中と外では時間の流れが違う。あそこは、神の領域だから。

気を付けないと、出てきた時に年単位の月日が経ってしまった、なんてことになりかねない。


「食べられるなら、食事を一緒にどうだと誘われているがどうする?」

「……んー、王宮内ってことよね?」

「そうだな」

「少し休んだ後なら。昼過ぎってことはもう先方は昼食をとった後じゃないの?」

「そうだな。だから、お茶か夕食だろう」

「我儘を言っていいなら、お茶の方がいいな。ディナーは魅力的だけどお偉方との食事は気持ちが疲れそう」

「承知した」


 扉の前で抱き留められた姿勢のままゆるゆると話していれば、段々足が冷えてきた。

聖衣のワンピースで包まれている体はともかく、素足で床を踏んでいる足は、当然接地面から体温を奪われていく。もぞりと身じろぎすれば、察しの良いリドルフィが私を抱き上げた。

そのまま、先ほどまで自分が座っていたソファに私を運び座らせると、靴下とブーツを持ってくる。

跪いてそれを履かせようとする相手を、私は慌てて止めて自分で靴下を履く。


「それぐらいやらせれば良いのに」

「……私はお貴族様じゃないから、そういうのは遠慮するよ」

「俺は楽しいんだがなぁ」


 私がそそくさと履く様子が面白いらしく、また笑っている。

私はそのままオーバースカートをワンピースの上に付け、上着を着こむ。机に置いていた細かな所持品を正しい場所に戻し、最後に宵闇色のローブを身に着けた。


「休めるよう手配してある。……歩けるか?」

「腕を貸してくれるなら」

「残念。運んでやろうと思ったのに」

「そんな風に目立つのはいや」


 そんな何気ないやり取りも、きっとこの人のことだから意図してやってくれているのだろう。

扉の向こう側で張り詰めていた気持ちが、ゆっくりと解きほぐされて行く。気持ちや心がこちら側へと戻ってくる。

本当に、これだから離れられない。


「では、お嬢さん、参りましょうか」

「……お嬢さんなんて歳ではないよ」


 差し出された手を、ぺちと軽く叩いてから、己の手を預ける。

それに大げさに目を丸くして見せてから、余裕たっぷりの笑みを浮かべ男は重ねた私の手を包み込むように握った。

来た時と同じようにごく自然に腕に導かれて、私は手を絡める。


「いつも思うのだけど」

「ん?」

「それだけ慣れてるってことは、普段からどこかでやってるの? 王都に来た時とか」

「まさか。お前だけだ、俺がエスコートするのは」

「……本当かしらねぇ」

「本当だ」


 その顔は信じてないだろう、と言われて私は小さく肩を竦める。

だってね。

そこで本当に私だけだなんて認めてしまうと、なんだか本当にこの人は自分のものだと錯覚してしまいそうじゃないか。

そういう甘いのはなくていい。

私の前にいる時だけ、その腕を貸してくれたらそれで十分なのだと思うようにしているのに……。



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