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子どもたちのみるもの7


 二階からの階段を、足音を立てないように降りる。

さっきまでいた二階をつい見上げてしまうのは、私にも母性なんてものがあったってことだろうか。

夜も更けてきて、そろそろ店じまいなんて時間帯。

食堂に居残っている人も普段からこの時間帯にいる数人だけだったので、一度、二階に上がらせてもらったのだ。

たまに姉妹が変な時間まで寝付けずにいたり、逆に主にリチェの寝相がすごいことになっていてお腹を出した状態で熟睡していたり、なんてこともあったので、自然と二人の就寝時間から少し経った頃に見に行くのがお約束になっていた。


「寝たか?」

「うん。今日はお行儀よく寝ていたよ」

「そうか。夏でも腹出してると風邪ひくからなぁ」


 階段を降りたところにリドルフィがいた。壁に寄りかかってこちらを見上げている。

どうやら私を待っていたらしい。

私が階段を降り切れば、エスコートするみたいに食堂への扉を開いてくれた。

カウンター以外の照明を落とした店内におや、と私は目を瞬く。


「他の人たちは?」

「そろそろ寝ろって言って、帰した」


 そんな遅い時間だっただろうかと壁時計を確認する。いや、いつもならまだ何人か飲んでいるような時間帯だ。


「今日は早いね」

「そうだな。たまにはそんな日があってもいいだろう」

「そうね」


 明らかに彼自身が仕向けたのだろうけれど、そこには指摘せずに頷く。

座れと促されたのでカウンター近くの椅子に腰を下ろせば、彼はお茶を入れてくれた。渡されたカップを両手で持って湯気を顔に当てる。ハーブティーだ。香りからしてカモミールかな。

自分のカップもテーブルに置けば、リドルフィは私の隣に腰を下ろす。

ふー、と、息を吐きだした。


「……疲れた?」

「んー、そうだな。朝早かったしなぁ」

「だね。お疲れ様」

「そっちもだろ。グレンダもお疲れ様」


 カップのお茶をすする。優しいハーブの香りに癒される。少し蜂蜜が入っているのかほのかに甘い。この甘さは彼なりの労いなのだろう。


「……疲れてないか?」

「うん?」


 お疲れ様と言われた後なのに、もう一度訊かれて、彼の方を向く。

意図が分からなくて続きの言葉を待っていれば、言葉の代わりにいつもみたいに頭を撫でられた。


「何?」

「育児は疲れが蓄積するから、こまめに労うのも旦那の役目だって聞いた」

「誰から? ……あと、あなたは旦那じゃないでしょ」

「ハンナやミリム、ノーラ辺りの母親連中だな。……細かいことは気にするな」


 いきなり慣れぬ育児をすることになって、村の女性陣たちにはアドバイスを貰ったり、手を貸して貰ったり、と、かなり助けて貰っている。

彼女たちからすると新米母親もどきになった私が心配なのかもしれない。


「エマは世話を焼きたくても大概のことは一人でやっちゃうし、リチェもエマが気にして見てくれてるから、私自身は大したことをしてないんだけどねぇ……疲れているように見える?」

「んー、少し、な。それなりに楽しんでいそうだが、戸惑っているなぁと感じる時も結構ある」

「あぁ、それはそうかもだね」


 どこまで手を出すか、どこまで注意するか、つい口出ししてしまってから後で反省することもある。

それで先日も母業の先輩であるハンナに、少し相談に乗ってもらった。

彼女はこの村で一番初めに「お母さん」をして、ジョイスとリンの兄妹を育てきったからね。


「……ハンナに言われたよ。育児に絶対の正解はないから子どもの顔を見ながらやってくしかないって。お互い様なんだから周りに頼れるところは遠慮なく頼って、一人で親やろうとしなくていい、だって。……この年にしてまだまだ学ぶことは多いねぇ」


 カップを置いて先日のことを思い出す。

ぽやんとしていて斜め上の発言も多く、村一番のマイペースなハンナの柔らかい笑顔を思い出して、私は苦笑する。普段はおっとりしていてよく娘や息子に逆に世話を焼かれているハンナだが、その時はしっかり母親の顔をしていた。


「そうだなぁ。……だけど、そうだな、大丈夫じゃないか?」


 私の顔を見ながら、リドルフィが言う。


「さっき、ちゃんと母親っぽい顔になっていたからな」


 どうやら階段から降りてきた時のことを言っているらしい。優しい顔をしていた、なんて言われれば、私は肩を竦めてみせた。そんなことを正面切って言われてもなんだか照れるじゃないか。

つい、そっぽを向いたら、腕を引っ張られた。


「ちょっと……!?」

「騒ぐとチビたちが起きるぞ」


引っ張られてバランスを崩した私を上手に受け止めて、自分の膝に座らせてしまった壮年マッチョは、わざとらしく、しーっと右手を唇に当ててみせた。左手は転げないようにしっかり私の肩を抱いている。

仕方ないので私は小声で文句を言う。


「……なんなの、もう」

「労ってるだけさ」


 そう言って、彼はしれっとした顔でカップを傾ける。

抗うのも馬鹿らしくなって私は大人しく男の肩にもたれる。夏とは言え夜になればそれなりに涼しくなる。耳をすませばまだ少しだけだが秋の虫も鳴き始めている。そろそろ夏も終わりだ。

だからか、触れたところから伝わる体温は心地いい。安心する。


「あれだな。食堂をもっとデカく作るか、俺の家と繋げておくか、しておけばよかった」


 失敗した、とかしみじみ言う相手の手をぺちぺちと軽く叩く。


「……私は独身のはずなんだけども。なんで一緒に住むような話に」

「その方が何かと便利だろ」

「それは否定しないけれども……」


 今からでも増築か改築するかな、と大真面目に考え始めた男の無精ひげを引っ張る。流石に痛かったようで、いててと悲鳴が上がった。


「……あぁ、そうだ。グレンダ。すまんが明後日、王都に連れていくぞ」

「え?」

「召集がかかっている。流石に今回は断れなかった。諦めてついてきてくれ。王都内で終わるから日帰りの予定だ」

「……しょうがないね。明日、リンに手伝いを頼むよ」

「そうしてくれ。すまないな」

「あなたが謝ることではないでしょう?というか、私じゃなくリンに謝ってあげてちょうだい」


 こんな直前に言うのは、きっとギリギリまでごねまくってくれたからだろう。

最近は魔素溜まりの話を聞いていないから、アレの浄化ではなさそうだけど……何の用だろう。

 朝一出発で夜近くまでかかるはずだという話に、私はふと気が付く。

エマとリチェがうちに来てから、ほぼ一日別に過ごすことになるのは初めてだ。

リンに食堂に居てもらうから大丈夫だろうが、なんだかちょっと心配になる。そういうのも母性本能なのだろうか。


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