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司祭の務め40


 市場は、今日も賑わっていた。

本当は午前の方が入荷も多く見応えがあるのだけど、贅沢は言わない。

私が王都まで来られるのはあまりないことだから、午後のちょっと落ち着いた今の時間帯だって十分楽しい。……とは言え、時間は限られている。

せいぜい見ることができるのは一つか二つ。

私は遠目に市場全体を見渡して、目当ての品を探す。私のすぐ横で、村で作っていない野菜などを売っていてとても気になるけれど、今は無視だ。そんな物を買おうとしたら、間違いなく店主と話し込んでかなり時間を使ってしまう。

落ち着いたとはいえ、それでも人が多い市場の敷地を私はぐんぐん歩く。

ここ数日の疲れが出ているのか、ちょっと歩いただけで息が上がりそうだ。でも、買い物が終わったら後は馬車でのんびり座っていられる。今は頑張ってしまおう。


 目当ての品を扱う店は、広い市場の中でも少し奥の方にあった。

食料品と違って、すぐに傷むものではないからね。

ところどころ人混みをかき分け進んだ先、色鮮やかなエリアに入れば、私は、ぱぱっと周りを見渡す。

売られているのは布や布を加工したもの。

買いに来たのはシーツや枕カバーだ。食堂に姉妹を受け入れるにあたって、部屋はよくリドルフィが泊っているところを使うことになるけれど、リネンは新しくしてあげたかったのだ。

いつもしっかり洗っているから壮年マッチョの加齢臭が残っているなんてことはないはずだけど、折角だし新しいものを使わせてあげたい。

今日はあまり選ぶ時間もないから、無難な感じに淡い色のものを手に取る。

リチェはまだおチビさんだし、子どもは大抵寝相が悪いもの。なら丈夫そうなものがいいかな。

畳んでおいてあるシーツを見ていたら、店主が寄ってきた。


「シーツを新調するんかい?」

「えぇ。できたらお揃いの枕カバーもあると嬉しい。子ども用だから可愛い色がいいのだけども」

「子ども用かー。そしたらこの辺かな。今の時期は汗かくだろうから洗い替えもあったら便利だろ。そしたらー……」

「お、シーツか。おねえさん、こっちにもあるぞ。見てってー」


私の前で、店主がごそごそと商品の山からいくつか引っ張り出して並べる。

近くの違う店の主まで反応して、商品を持って出てきた。


「シーツ二枚と枕カバー四枚。シーツはセミダブルのサイズので」


 そう、あのベッドはシングルサイズじゃない。ちゃんと言わねば、使えないものを買うところだった。

何、セミダブルだと!とかなぜか盛り上がっている店主たち。いつの間にか周り四カ所ぐらいの店の人が集まっている。……たしかに今は比較的暇な時間帯だろうし、リネンなんて、食材ほど売れるものではないのだろうけれど、商魂たくましいというかなんというか。

まぁ、おかげで自分では探さなくてもおススメがいくつも出てきた。


「女の子たちだからね。……それじゃ、これを頂こうかな」

「おー、お目が高い、まいど!」

「女の子かー、男の子だったらこれが絶対だと思ったんだけどなぁ」

「あちゃぁ、負けちまった」

「おねえさん、替えが必要になったら次はうちの買ってよ。まけるよ!」


 負けたって、勝負になっていたのかい。

別にそれで喧嘩する風でもなく、楽しく商売している様子にこっちもつい笑ってしまう。

オマケしてくれたのか、思っていたよりも安い値段を言われ、お礼を言いながらお金を払った。

楽しく良い買い物が出来た。



 市場での買い物が終わり、待ち合わせしていた門へと行けば、御者が交代していた。


「ダグ! 来てたのね」

「おかえり、グレンダ。知らせを受けていたからね、帰りを少し送らせて待っていたんだ。荷物を載せてしまいなよ」

「ありがとう」


 見慣れた髭の中年男が、御者席で、ほらほら、と、馬車の方を指差す。

さっきまで御者をしていてくれたイーブンは、馬車の横で立っていた。


「バトンタッチだ。ここまで乗ってきた馬車にあった荷物は積み直してある」

「ありがとう。……イーブンは?」

「ダグがいるし、俺はここまでだな。馴染みの店で一杯ひっかけて今日は早めに寝るさ」

「そう、この数日間、ありがとうね」

「その分しっかり報酬貰ってるから気にするな。また村にいく。早く元気になって美味いモノ作ってくれ」

「あぁ、そうだね。待ってるよ」


 イーブンは王都周辺を中心に活動している冒険者だ。ベテランの域に居るから引っ張りだこのようだけど、また村に行く、は、社交辞令ではない。本当に来てくれるのが分かっているから、私も頷く。


「そういえば、他の人たちは?」

「そろそろ来るだろ。……って、あぁ、ほら」


 目の良いイーブンが早速見つけたらしい。

私はどこ?と視線で示された方を見て、見つけた光景に思わず苦笑する。

リドルフィがリチェを肩車していて、その隣を少し心配するように見上げながらエマが歩いていた。イリアスがやれやれという風にのんびりその後ろについて来ている。

こちらを見つけたリチェが大きく手を振っている。私もここだよ、という風に手を振り返した。


「まるでお父さんかおじいちゃんね、あれだと」

「あながち間違ってないんじゃないか?」


 私は、にやにやしているイーブンの足を踏んでやった。




 そうして、ようやくモーゲンの村へと帰ってきた。

ほんの一週間ちょっとのはずなのに、ものすごく離れていた気分になるのは何故なんだろうね。

夕方だったのに手の空いていた村の人たちが広場で集まっていてくれて、たくさんおかえりと言って貰えた。

留守にしていた間、食堂を守っていてくれたリンは、「やっと帰ってきたー」と私に抱きついてから、「なんか痩せてるっ!?」と驚き、明日もう一日は食堂の手伝いをすると宣言していた。助かるけれど、畑の方は大丈夫なのだろうか。

そんな私たちの横では村長代理を務めていたジョイスが、リドルフィに村長の仕事が溜まっていると告げて嫌な顔をされていた。今回ばかりはちょっとだけリドルフィに同情する。

つれてきたエマとリチェも皆から歓迎されて……主に女性陣から可愛い可愛いと持て囃されていた。

ハンナが、リンの子どもの頃の服がまだあるから明日持ってくるなんて言ってくれていた。二人の今着ている服はかなり着古されたものだし、お下がりがあるのは助かるね。

ちなみにイリアスは顔馴染みに簡単に挨拶した後、さっさと宿に行ってしまった。疲れたから寝る、だそうだ。


 それにしても、神聖魔法の使い手としての仕事をすると疲れてしまうね。

任務という意味では無事終わらせられたけれど、私は本当に司祭としての務めを果たせたのだろうか。

神殿で久しぶりに呼ばれた肩書を思い出し、少し暗い気持ちになる。

「聖女」。

昔、確かに、私はそう呼ばれていた。

今でもその肩書を知っている者はいるが、表向きには司祭として名乗っている。

今回の任務だって司祭の一人として請け負った形だ。

でも、司祭のエルノやジークハルトと一緒に行動したからこそ、絶対的な違いを自覚せずにはいられなかった。彼らにも意識させてしまっただろう。

司祭のようで、司祭とは呼べぬ何か。

人の枠から微妙にはみ出てしまった者。それが私、だ。

ある意味リドルフィもまた特異な存在ではあるけれど、彼の力は彼自身が努力して手に入れ維持しているもの。私の受け入れざるを得なかった力とはまた別だ。

 ……そろそろ覚悟しなければならない。

イリアスの心配ぶりは、彼女が私にどれだけの時間が残されているかを察してしまったからだ。

確かに、そんなタイミングで子どもを引き取ってきたなんていったら、怒りたくもなるだろうね。

分かってはいる。分かってはいるけれど……出会ってしまったものは仕方ないんだよ、と、私は自分に言い聞かせた。



 食堂で今日はリンが作ってくれた夕食を皆でとった後、エマとリチェの二人を二階の予備の部屋へと案内した。

もちろん、王都で買ってきた新しいシーツなどを持って、だ。


「ここが今日から二人の部屋だよ。好きに使っていいからね」

「あ、ありがとうございます」

「ここ、おねえちゃんとリチェのおへやなの?」

「そうだよ。今日からここがリチェたちのおうちだ」


 わぁ、と喜んでそのままベッドに飛び込んでみる妹。それを慌ててとめる姉。

私も敢えてここはちょっと怖い顔をしてみせる。最初は大事だからね。


「こら、跳ねまわるのとかは外で、だよ。ここの下は食堂。お客さんの頭の上だからね。バタバタしてると全部下に聞こえてしまうよ」

「あ…… ごめんなさい」


 リチェは、言われて我に返ったらしい。もぞもぞとベッドから降りて、ぺこんと頭を下げる。


「うん。ちゃんと謝れてえらいね。これからは気を付けて。……って、エマまでそんな顔しないの」

「でも……」


 大丈夫だから、と少女の頭を撫でる。そしたら妹の方も撫でてという風に寄ってきた。

ちょっと迷ったけれど私は二人まとめて、ぎゅーと抱きしめた。きゃっきゃと喜ぶリチェ、どうしていいか分からずにいるエマ、どっちの背中もぽんぽんと叩いてやる。


「いいかい。私はあなたたちのお母さんにはなれないけれど、これから家族になるつもりだよ。必要なことはダメって言うし、時には叱ったりもするかもだけど、でもそれは一緒に過ごす上でお互いに気持ちよく一緒にいるためだ。……私も、二人への教え方を覚えていくから、エマもリチェも一つずつここでの生き方を覚えていっておくれ。今まで赤の他人だったからね。お互いが努力しなきゃ家族にはなれないんだ」


 ゆっくり言い聞かせる言葉に、エマがうん、うん、と小さく頷く。リチェはまだよく分かってなさそうだけど、頑張る!と請け合ってくれた。


「さぁ、今日はもうおやすみ。疲れているだろうからね。ゆっくり寝ておくれ。朝は早いからね。お寝坊してたら叩き起こしに来るよ」

「リチェ、おきれるもん!」

「そうかい? お日様が上る前かもしれないよ?」

「えぇぇぇぇ」


 いい反応をしてくれる幼子に、ついついからかってしまった。

抱きしめる手を離せば、もう一度一人ずつ頭を撫でて、おやすみ、と言い、部屋を出た。

あの調子だとまだしばらくは寝付けないかもしれないが、そっとしておこう。


 私は、裁縫箱と市場で買った布を持って階段を降りる。

この後は大人の時間。食堂はまだもうしばらく開いたままだ。今日はまだリンが切り盛りしてくれるので、私はみんなと話しながらちょっとだけ縫い物をしよう。

二人分の小さなエプロン。夜更かしだと言われるかもしれないが、これだけは譲れない。明日の朝二人につけてやるのだ。料理人にはエプロンが必要だからね。


 翌朝、起き出してきた二人にお揃いのエプロンをあげたら、またエマに泣かれてしまった。

泣き虫だね。昔の誰かみたいに。

頑張って耐えてきた分しっかり泣いたり笑ったりして甘え方を覚えていけばいい。

これからは一緒にいるのだから。




やーっと帰宅……!おばちゃんより私が早く帰りたくなってました(汗)

オマケのエピソードがいくつかありますが、これで3話目本編終了です。

長丁場にお付き合い頂きありがとうございました。


4話目はおばちゃんに沢山料理させたいところ……!

もし良ければ引き続きよろしくお願いします。

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